第12話魔道具の件について(前編)

 私は兄の右隣を陣取りデイジー特製のアップルパイを口に運んだ。

 上品に振舞おうと途中まで思ってはいたのだがあまりの美味しさに頬が緩み片手にフォークを持ったまま両手で頬を覆った。

 

 その様子を横目で見ていた兄はその行動を咎めることもなく「すっかり元気になった様で安心したよ」と微笑んだ。


「ご心配をおかけしました。」私はぺこりと頭を下げた。


 兄は二度ほど首を縦に振ると、私の指にはめられている魔道具に視線を移した。


「その指輪の魔道具は緑の精霊がアリスにと特別に作ってくれたものなのだよ。」


ですか?」


 何かあったかしら?昔の記憶を必死に手繰り寄せようとした。


「アリス、それは止めなさい。」


 私は考え事をする時に眉間にしわを寄せる癖がある。それもかなり目を細めていて人相が悪くなるらしい。

 その表情はお父様にそっくりなのだとか。しかし女の子なのだからそんな顔しちゃだめよとお母様と兄に何度も注意をされているのだった。

 またやらかしてしまったので、私は情けないとしょんぼりした顔で兄を見つめた。


「そうやって感情を露わにするのは、私の前だけにしてくれるとありがたい。」


「そうですよね。淑女らしくないですものね。」


「あ、うん。ちょっとずれてるけど仕方ないか。」


 そう言いながら兄は私の頬に優しく触れた。さきほど大泣きしていたので目が腫れていのだろう。私の目の前に手をかざし目元を冷やしてくれたのだ。


≪あぁヒンヤリして気持ちいい≫


 しかし何がずれているのだろうか?そもそも私が立派な淑女になる事を期待していないと言う事だろうか?そういえば思い出した記憶によると兄と私は血の繋がりがないかもしれない?使用人の話だから信憑性にかけるのかも?もしかして兄が知らない可能性もある。まずは記憶の事は伝えることにしよう。


「あの…6歳以前の記憶が戻ったんです。」


「…そうか。」


 少し返答に間はあったものの兄の表情に変化はない。焦る様子もないと言う事は、もう少し聞いても大丈夫だろうか?


「じ、実は私とお兄様が血…」言葉を遮るよう兄が私の口元に人差し指を近づけその指先が私の唇に優しく触れたのだった。


《キャッ》心の中で声が出た。


「気にすることではないよ。」兄はとてもにこやかに言った。


 兄にこんな風に唇に触れられたのは初めての事だった。昔はおやすみのキスや感謝のキスは頬や口にもしたことはあるがそれも随分と前の話だ。


 《いつもと何か違うような?》


 兄が私の頭や頬に触れるのは日常的なことだが唇にはどうも耐性はない。そのせいか顔はもちろん耳まで赤くなってしまった。

 

 前世では一人っ子だった為か”お兄ちゃん”いうの存在に強い憧れを抱いていた。すでに前世で叶わなかった夢が一つ叶っている。

 しかもめちゃくちゃ美男子だし私をすごく大事にしてくれている。前世は短命だった私に神様がくれたご褒美かもしれない。


 それなのに欠けていた記憶が戻り気持ちが整理されていないせいなの?心臓の音が煩い。

 変に意識しすぎて今までのように出来ないのは困る!私はアルベルトおにいさまが大好きなんですから!


 これはただ経験不足からくる動揺であると自分に言いきかせ落ち着きを取り戻そうと必死になった。

 

《きっと前世むかし今世いまも恋と呼ぶには躊躇うほどの経験しかないからよ!》


 それに今回の件でルチアーナ様とは婚約解消すると聞いた。だが兄は侯爵家の跡取りですぐに新しい婚約者が決まるであろう。

 兄弟であれどもいつまでも兄にべったりといかない。あと少しの間くらい今まで通り仲の良い兄弟のままでいてもいいはずだ。

 今は深く考えるのは止めておこうと兄の顔をちらりと見た。

 

 兄は「アリスは一人で赤くなったり青くなったりと忙しいね。」といつもの変わらない優しい笑顔で魔道具の話の続きを話し始めた。


「精霊が人間に魔道具をくれるなんて、なかなか聞かない話だからね。父上も驚いていたよ。」


「そうですよね。」私も初めて聞いた気がする。


「まず緑の精霊に忠告されたよ。アリスは希少とされる癒し、浄化、魅了の3つの魔法を操ることが可能だと。しかしまだ幼いこともあり魔力制御さえ上手く出来ておらず、身体にかなり負担がかかっているとね。小さい頃のアリスは元気なのに急に熱を出たりしてすぐ寝込んでいただろ?」


「はい、小さい頃は病気ではないのに何故かいきなり熱が出ていた覚えはあります。だから私が癒し魔法の使い手だからケガを治せたのですね。」


「私がここにいるのはアリスのおかげだよ。」


優しく微笑みかける兄の美しいエメラルドグリーン双眸に見惚れそうになる。


《この美しいエメラルドを失うなんてあり得ない》


「いいえ、お兄様は私にとってかけがえのない存在です。」


「ありがとうアリスにそんなこと言ってもらえるなんて嬉しいよ。私もアリスには出来ればずっと傍にいて欲しいと思っているよ。」


「私もそう思います。」


《お兄様の人たらしもう告白みたいだし…》


「癒しと浄化そして魅了の魔法はただ魔力が高いだけで使える訳ではないのは知ってるだろ?ごくわずかな人間だけに生まれながらに授けられた非凡な魔法だ。それ故に魔法の利用価値はかなり高い。またその希少な魔法をアリス自身が使えることを理解していなかったし、私や父上に母上はアリスに癒しだけはなく浄化と魅了という魔法の力まであるとは知らなかったんだ。」


「私も記憶は戻りましたが、浄化と魅了は知りませんでした。」


「特に魅了の魔法は厄介らしいからね。」


「魅了は確かに危険と言われていますよね。悪用すれば国一つ簡単に滅びると…」


「その通りだよ。それに小さな器に膨大な魔力量を持っているため身体に負担がかかっていた事も危険だった。さらには稀有な魔力目当てにアリスが危険な目に合うかもしれない。だからアリスの3つの魔法の力を指輪の中に封じ込めたんだ。」


 この指輪は12歳の誕生日に贈られたものだった。12歳と言えば??


「ア——————ッ」


 思わずとんでもなく大きな声を上げてしまったが、隣の部屋にいるデイジーが慌てて駆け付ける様子はなかった。


「あ、お兄様も遮音壁の魔法使えたんですね。」


 兄ったら私の知らないうちにいろいろな魔法が増えていっているわね。少し悔しい気もするが、頼れる兄がいて良かったとも思う。


「思い出したかな?アリスが別邸の庭をジャングルにしてしまった時だよ。」


 私は12歳の誕生日を迎える数日前にお父様にこっぴどく怒られた事を思い出したのだ。あの時のお父様が本当に怖くて魔王に見えた。思い出すと背筋が凍りそうである。本当に怖かったので都合よく記憶に蓋をしていたのだろう。兄は笑いながら私に告げた。


「私もあの時の父上は忘れられないよ。」


そうですよね。私と違い普段から優秀な兄が怒られるような事は滅多にない。しかしあの時は一緒に怒られたもの。

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