第9話記憶の欠片

 兄に魔道具の件をしっかりと説明してもらうつもりだったが、絶妙なタイミングでルチアーナ様が治癒師を連れて訪れたのだった。


 治癒師の話によるとからルチアーナ様と私の傷を癒し小さな傷跡ひとつ残らぬ治療を施して欲しいと依頼を受けたと言う。治癒師に支払う謝礼金は相当な金額となるはずだが、既に十分に受け取っているとのことだった。


 ルチアーナ様は先に治療を終えていた様だが、あんな事があったばかりで少し疑い深くなっている。

 念の為、治癒師の身元を確認させてもらう事にした。身分証明書と治癒師の資格証明書が提示される。疑わしい所はひとつもなかった。


 〈って誰なのかしら?マグリット公爵家があえて名前を伏せているのかしら?〉


 サデュカル王国では、国の認めた資格もなく魔法を利用しお金を稼ぐ行為を禁じている。見つかれば重い罪に問われてしまう。

 主には知識もなく間違った魔法を使えば命に危険が及ぶからだ。過去には自分の魔力を過信して命を落とした者がたくさんいたと言う。魔法使いたちの命を守る為にこの国立魔法学校が設立されたと言っても過言ではない。


 逆に誰も害さずに法も犯さずに日常に用いられる魔法は自由に使っても問題はない。

 例えばお兄様が意識を失っていた私に身体や髪を魔法で清潔に保つ魔法は使っても許されるわけだ。

 3日間も湯あみをしていない私だが体はベタベタしておらず清潔に保たれている。


≪さすがお兄様気が利きますね!ありがとうございます。≫


 そろそろ治療の準備を始めましょうと治癒師が言うと、お兄様が治癒師に声をかけた。


「どなたか存じませんが、ある方のご厚意に感謝します。治癒師様どうかアイリーシャの治療をお願い致します。」


 兄は言い終えると丁寧に頭を下げた。


「承知しました。誠心誠意を持ってしっかりと治療させて頂きたいと思います。」


 治癒師も深々と頭を下げた。


 兄は治療の邪魔になるだろうと、ルチアーナ様と共に部屋を出て行った。


 部屋に残ったデイジーに私は言った。


「今の絶対に逃げたわよね?」


「お嬢様がその様に思われたのならば、間違いないかと思います。」


≪お兄様ったら、あとで覚えてらっしゃい!≫


 治療は思ったより早く終えることが出来た。ポーションを服用していた事が大きく作用したようだ。やはりあのポーションはかなり即効性があるようだ。高価なものに違いない。レオナルド様にお礼をしないと気が引けるので侯爵家に戻ったら何を贈るか考えるとしよう。


 治癒師は翌朝に様子を見に来るので、今日はこのまま安静にするようにと念を押して帰って行った。

 私は大人しくベッドで兄の帰りを待っていたが、瞼が重くなりいつの間にか眠りについていた。



 綺麗な向日葵と雲ひとつない澄んだ青空広がっていた。ここは自宅の庭園だ。


 その庭園にあるガゼボで小さなお兄様と小さな私が話をしていた。


≪これは夢?5~6歳頃の私?≫


 小さな兄が私に質問をしていた。


「アイリーシャなのにどうしてアリスなんだい?」


「お兄様には特別に教えてあげる。私のがアリスって言うからよ。」


 小さな私が得意気に答えた。


≪うわぁ。小さな私ってちょっと生意気そうね…≫


「わかったよ。これからはアイリーシャでなくアリスって呼ぶよ。二人だけの秘密が出来たね。誰にも言わないよ。僕約束するよ!」


 小さな兄はとても嬉しそうに笑っている。エメラルドグリーンの瞳が一層キラキラと輝いている。眩しすぎます。

 小さなお兄様が可愛すぎます!


 すると今度は場面が変わり小さな私はこっそりと身を潜めて使用人たちの会話を盗み聞きしているようだ。


「今は陛下の治療に手一杯で、侯爵家に治癒師を呼べないらいしのよ。」


「困ったわね。このままだと治療が間に合わなくなるんじゃない?」


「アルベルト様の目が治らなければ、侯爵家を継ぐのは難しいわね。」


「侯爵家の実子ではないですよね。どうされるのかしら。」


「侯爵家の後を継ぐ為に養子になったんでしょ?除籍かもよ?」


 小さな私はその言葉を聞くと、急いで小さな兄のいる部屋に向かった。


 そしてドアをノックし返事を聞かずに部屋に入って行った。


「誰だい?まさかアリス?泣いてるの?」


 小さな兄の目には包帯が巻かれている。

 目が見えていない。


「私はお兄様の嘘に怒ってるんです!泣いてなどいません。」


「口止めしてあったのに…ごめん。」


「そんな優しさなど要りません!」


「ごめん…」


「謝っちゃダメ。」


「…うん。」


「私ね実は夢でたくさんの人を治療したんだ。」

 

「えっ…夢?」


「だからね今から試してみるの。」


 そう言うと小さな私は小さな兄にゆっくりと近付き手をギュッと握りしめた。

 そして目を瞑りありったけの魔力を光を失った両眼に注ぎ込んだ。


 小さな私の身体は光を放ち、その光は二人を優しく包み込んだ。


 しばらくすると小さな兄は目の包帯を外し、とても驚いた様子で私に尋ねた。「これはどういう事なの?」


 私の魔法で小さな兄の目が見えるようになったのだ。


 《あぁ良かった》


 そこで私は目が覚めた。


 これは単なる夢ではない。私が失っていた過去の記憶の一部。


 そしてこの夢がトリガーとなりこれまで失っていた記憶を取り戻したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る