第8話三日間いろいろあったようです。

「お兄様、これ美味しいです。」


 私がそう言うと兄は満足そうに微笑んだ。

 数日何も食べていない胃がびっくりしないようにと兄がデイジーに野菜のポタージュを作らせていたのだ。デイジーは料理も出来る有能な侍女だ。

 ポタージュを飲み干すと好物であるレモンソルベも出され完食した。私の空腹の胃は満たされていった。都合の良い事に食べ終わる頃には事故の記憶を取り戻していた。


 するとトーマスが面会に訪れた。


 デイジーは私が部屋を出た後すぐに、私と同じ学年であるトーマスに様子を見に行くように依頼したらしい。


 私がルチアーナ様からの手紙を机の上に開いたまま部屋を出た為、トーマスは迷うことなく実習エリア3階の踊り場へと向かった。しかし駆け付けた時には私とルチアーナ様は2階踊り場の床の上に倒れていたのだった。


「ア、アイリーシャ様、申し訳ありませんでした。」


 トーマスは頭を深々と下げ拳を握りしめていた。


「トーマス顔を上げてよ。あなたのおかげで助かったのよ。出血が酷くもう少し発見が遅かったら、大変な事になる所だったと助力師の方がおっしゃっていたと聞いたわ。」


 トーマスはまだ顔を下げたままだ。


「トーマスありがとう。」


 私は心からお礼を告げると、トーマスはようやく顔を上げて顔をくしゃくしゃにさせながら頷いた。


 トーマスもデイジーも何も悪くない、悪くないのだ…

 悪いのはルチアーナ様を唆し、踊り場から私とルチアーナ様を突き飛ばしたフードを被った女である。

 彼女から明らかに悪意を感じた。そう言えばあの声どこかで聞いた気がする。何か思い出しそうになった時に、ドアをノックする音が聞こえた。


 今度はレオナルド様が面会に訪れたのだ。


「用件を済ましたら、すぐに帰るからな。」


 顔色は変えていないが、何かに驚いている様だ。私の包帯の数だろうか?少し言葉が詰まった様子だったのでどうした物かと思えば、自分の国にはケガの治療に効果の高いポーションがある為使ってほしいとの事だった。

 レオナルド様は少し不器用だ。誰かに優しくする事を気恥ずかしいと感じているのだろう。


 私はそのポーションをありがたく頂くことにした。とにかくまだまだ身体の色々な部分が痛いからだ。


 ポーションを私に渡すとレオナルド様は早々に部屋を出て行った。


 私はもらったポーションを早速飲もうとしたが、兄が止めに入った。

 デイジーに毒味してもらい兄からようやく許可が下りた。

 私はポーションを一気に飲み干した。

 飲んだ先から身体が温かくなり痛みが和らいだ。


≪これ効くかも!≫


 私とルチアーナ様は特別棟にある療養施設で助力師に傷の手当てをしてもらった。

 助力師とは病気やケガの痛みを和らげたり、進行を一時的に食い止めたりする魔術師の事だ。傷や病気を治す事が出来るわけではない。

 また治癒師と呼ばれる傷や病気を治す事の出来る魔術師はこの国に数える程しかいない為、簡単に呼ぶ事が出来ない。


≪でもこのポーション飲んだら早く治りそうだわ。≫


 私が意識を失っていた間に色々な事があったらしい。


 ルチアーナ様のケガは幸いにも軽く、翌日のパーティーには顔を出す事が出来たそうだ。

 私がクッション代わりになった事もあるが、魔道具の指輪を付けていた事が大きかったのだろう。


 高位貴族の令嬢ほど危険に晒される可能性がある。マグリット公爵が万が一に備えルチアーナ様の為護身用の魔道具を作らせていたようだ。

 護身用の魔道具は質の良い物から気休め程度の物まである。ルチアーナ様は階段から転倒したにも関わらずかすり傷程度で済んでいるのだ。魔道具は十分に役目を果たしたと言えるだろう。


 今回の事件を起こした犯人がすでに捕まっていた。同じクラスのミラ・アンダーソンで男爵家の娘だ。私とルチアーナ様を階段から突き飛ばした実行犯であり、ルチアーナ様を言葉巧みに欺いた罪に問われた。爵位を剥奪される事となり手続きが終わり次第、投獄される予定らしい。


 私はルチアーナ様の横でいつも偉そうにしていた令嬢の顔を思い出した。


≪彼女だったのね…でも彼女に何かメリットはあったのかしら?≫


 ちらりと兄の方を見ると、心配は要らないといつものように頭を撫でられた。


 またポーレット侯爵家からマグリット公爵家に婚約の解消を正式に申し出るとの事だった。ルチアーナ様とは話を済ませてあるとの事だ。

 兄が動揺している様子は見当たらない。

 洞察力に優れた兄はルチアーナ様の気持ちに気付いていたのかもしれない。

 私は少しの間兄を独り占めできるのかと思うと嬉しくなった。


「ところでお兄様、この魔道具はいったい何ですの?」


 私は自分の指にはめられている指輪を見ながら疑問を投げかけた。

 てっきり護身用の魔道具と思っていたのだが、このようなケガを負ったのだから明らかに違いますよね?


「アハハ、そりゃあ困ったな…」などといいながら兄は目を泳がせた。

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