第6話パーティー前夜(後編)

 私は階段を上り3階の踊り場にようやく辿り着いた。

 ルチアーナ様と顔を合わせるや否やエスコートの件で苦情を言われると思っていたが、どういう訳かルチアーナ様はその場にしゃがみ込んでいた。


「ル、ルチアーナ様??大丈夫ですか?」


 私の声に気が付いたルチアーナ様は体をびくつかせて顔を上げた。私はルチアーナ様に歩み寄り手を差し伸べた。ルチアーナ様は私の手を取り弱々しく立ち上がった。


「アイリーシャ様っ…」


ルチアーナ様は私の両腕を掴むと話を始めた。


「ごっ、ごめんなさい。私はただウィルアムズ様をお慕いしているだけなのです…」


 私は困惑のあまりしばらく体が動かなかった。


 バックフェル公爵家とマグリット公爵家は建国以来続く名家として今もその名を轟かせている。

 初代公爵家の両当主が互いの家に歳の近い男児と女児が誕生した場合には婚姻を結ぼうと約束を交わした。

 しかし条件は満たされる事なく現公爵の代となったという。そしてバックフェル公爵家に男児のウィルアムズ、その翌年にマグリット公爵家に女児のルチアーナが誕生し婚約するまでに至ったという。


 ルチアーナが8歳になる頃には何処へ出掛けるにもウィルアムズがルチアーナをエスコートしたという。幼いながらも2人は人々の注目を集め、家柄、容姿、婚約者、あらゆる面で羨望の眼差しを受けた。

 しかし良好な婚約関係にもかかわらず、突如バックフェル公爵が婚約の解消を申し出たという。

 理由はルチアーナの魔力量がウィルアムズに比べて下回る為というものだった。


 この国では嫡男は魔力量の多い女性と結婚し子孫を残す事が最良であると考えられているからだ。しかしマグリット公爵は初代当主の約束を守りたい思いが強くあり、そう簡単に首を縦に振らず婚約は継続されたまま半年の月日が過ぎた。


 するとマグリット公爵令嬢がある殿方に一目惚れをし、バックフェル公爵令息との婚姻の解消を自ら望んだといい、両家合意の上に婚約解消をする運びとなった。


 その後ルチアーナの新しい婚約者となったのは、美男子で魔力も高いと有名だったポーレット侯爵家の令息アルベルトだった。彼こそがルチアーナの心を奪った相手なのだと誰もが疑わなかった。


 この話を私は使用人からお兄様の婚約前に聞きこの言葉通り素直に受け止めた。


 しかしこれはどこかしら真実と異なるということになる。


 《お兄様は知っているのだろうか?》


 私は先日のエントランスホールでの2人のやりとりを思い出した。

 ウィルアムズ様が膝を折り手を取った時、ルチアーナ様は僅かに頬を赤らめていた。そしてルチアーナ様は私が見たこともない優しい眼差しをウィルアムズ様に向けていた。

 私が違和感を感じたのは気のせいではなかったと言うことだ。


 明白な事実はルチアーナ様は今も変わらずウィルアムズ様を好いているということ。

 ならば何故私に幼稚な意地悪を仕掛けたのだろうか?


「ルチアーナ様、何故…」


 言い終わる前に、ルチアーナ様が言葉を返してきた。


「ち、違うのです。私はアイリーシャ様と仲良くしたかったのです。ですが、が…」


 噓を言っているようは思えず、私は相槌を打ち話を続けてもらうことにした。


 の筋書きによると、ルチアーナ様がアルベルトの妹である私に嫌がらせを行い、その事実を知ったアルベルトは婚約解消を申し出るはずだと、そしてアルベルトと婚約解消後に再びウィルアムズ様と婚約を結べると言い切ったそうだ。


《なんて浅はかな考えなのだろうか?しかしお兄様の性格を熟知しているとも言える。ただ婚約解消は簡単ではないし、ウィルアムズ様と再び婚約など容易く出来ることではないはずだ。》


 ルチアーナ様はの言われるがままに行動をしていたらしい。全てが筋書通りに上手く行くと信じた。

 しかし私はお兄様にルチアーナ様に嫌がらせされた事を伝えていなかった。そう簡単に物事が進まなかった。


 ルチアーナ様は公爵令嬢である。この国立魔法学校に入学するまでは、守られた環境の中で大切に育てられてきたが故に人を疑うという事を知らない。


 《ウィルアムズ様が誰かに唆されたと言っていたのは、本当だったのね。》


「だから自分で階段から落ちるようにと…」


「はい?」


 私は耳を疑わずにはいられなかった。


「アイリーシャ様が私を突き落とした事にすれば良いと…」


 私の腕を掴んでいるルチアーナ様の手がガタガタと震えだした。


「ルチアーナ様、大丈夫です。」


 そう言うとルチアーナ様は私に抱きついてきた。身長差がかなりあるので、姉がいたらこんな感じなのかと場違いな事を考えていた。するとルチアーナ様からふわりと漂うカモミールの香りが鼻をくすぐる。


 《ああ、ルチアーナ様いい匂いがするし…》


 そこへ階段から誰かが降りて来た。


「ひぃ…」


 ルチアーナ様の表情は恐怖におののいていた。

 目の前のにいるのがルチアーナ様が言っていたで間違いないだろう。

 しかしフード付きのマントを羽織り、フードで顔を隠すようにしている為、誰なのかよくかわからない。


「うざい…言う通りに動かないし、役立たずね。」


 は私達に詰め寄り、いきなりルチアーナ様を突き飛ばしたのだ。

 ルチアーナ様は向かい合っていた私にぶつかり私は体勢を崩した。


 「あっ…」


 私は咄嗟に階段の手摺を掴みその場に踏みとどまった。


「ルチアーナ様大丈夫ですかっ?!」


「は、はい。」


 本当は人の心配などしている場合ではない。私の体はルチアーナ様に比べかなり小さい。いくら少し身体を鍛えているとはいえ自分の体重とルチアーナ様の体重を片手で支えたのだ。腕と肩がしびれてとても痛い。


「2人とも邪魔だから。」


 は先程よりさらに強い力でルチアーナ様と私を突き飛ばした。


 今度は成す術もなく私達は階段から転がり落ちていった。


 《こんな事になるなら防御魔法、いいえ攻撃魔法を練習しておくんだったわ!》

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