第5話パーティー前夜(前編)

 学生寮の窓から外を眺めると花壇に向日葵の花がたくさん咲いていた。いつの間にか夏が始まっていたのだ。


 私は学校にも慣れ友人にも恵まれ順風満帆と言える学校生活を送っていた。しかしある日を境に友人達は別の令嬢に寄り添っていた。

 自分の力で交友関係を築いたと思っていたが、本当は侯爵令嬢だからこそ成り立っていただけで、侯爵家より身分の高い公爵家に乗り換えただけかもしれないと悪い考えに飲み込まれそうになった。


 本当は悲しくて、誰かに話しを聞いてもらいたい、慰めて欲しかった。


 けれど負けず嫌いな私は弱音を吐くことが許せなかった。私は傷付いていないし、一人でも大丈夫なのだと虚勢を張っていた。自分を誤魔化そうと必死になっていた。


 平穏な日々を送っていると言い聞かせて、ただ勉学に打ち込んだ。そんな私は心に余裕もなく季節を感じる事さえ難しかったのだろう。


 でも今回テストで首位を取ったのは、私の実力だ。3年生になればクラス替えも行われる。

今度は自信を持って友人が作れるはず。そう思えるようになった。


 〈向日葵っこんなに綺麗だったのね…〉


 明日は学年末行事であるサマーパーティーが開催される。

 そのパーティーが終われば夏期休暇に入り、兄と一緒に帰省する予定だ。


 サマーパーティは毎年学年末に行われる。主に異学年交流を深める為の催し物だが、卒業記念パーティーも兼ねている。


 パーティー当日に生徒達が着用する衣装は学校から支給される事となっている。衣装を用意できない等といった事が起こらないようにと配慮された措置である。


 衣装の手続きはとても簡単になっている。申請書に必要項目を記入し提出すれば、洋裁魔術師が3日程で衣装を作ってくれるのだ。


 あらかじめ用意されたデザインから選ぶのだが、女性用のドレスだけでも300種類程あり生地や色の種類も多数用意されている。

 洋裁魔術師が作る服は、面倒な採寸が必要ない。何故なら服を纏えば、自分の体のサイズに合わせて変化するのだ。一人で簡単に着ることが出来る優れものだ。


 洋裁魔術師の資格は5級から1級さらには特級まであり、女子生徒に人気のある資格の一つだ。


 私はシフォン生地を使用したスカイブルーのロングドレスを選んだ。肌の露出は控え目でベルト部分にはシルバーの装飾を施してある。


 1年の時にはトーマスがエスコート役をしてもらったが、今回のパーティーでは兄がエスコートしてくれる事になっている。

 本来なら兄のパートナーはルチアーナ様なのだが、婚約者がいない私に悪い虫が付かぬようにとお父様が手を回したらしい。

 

 もちろんマグリット公爵様にこの件についての了承を得ている。

学校行事のパーティーであり正式な社交の場ではない為、今回は目を瞑るとの事であった。


 私は侯爵令嬢という身分でありながら、婚約相手が存在しないのだ。

 18歳になるというのに身背はかなり低く、体の女性らしい部分の凹凸はささやかなるものだ。客観視して推定年齢12歳くらいだろう。


 それでも目鼻立ちは整っているし、決して不細工ではないはずだ。この身体の大きさがかなりの障害となっているのだろう。


 以前、レオナルド様に「お前は呪いが掛かってるんじゃないか?」と笑いながら言われた事を思い出したが、すぐさまその言葉を打ち消した。


 夕刻になった頃、私は一通の手紙を読んでいた。


 《アイリーシャ・ポーレット様

 無礼を承知で申し上げます。この手紙に目を通したら、誰にも口外せずに学年棟の実習エリア3階の踊り場にお越しくださいませ。

 ルチアーナ・マグリットより。》


 学校には本館と各学年の校舎と特別棟があり、各学年の校舎を学年棟と呼ぶ。本館に学年棟へ続く通路がある為、学年棟へ辿り着くには少し時間がかかってしまう。


「デイジー、この手紙からつい先程、預かったのよね?」


「左様でございます。アイリーシャ様。」


「ありがとう。少し遅い時間だけど、ちょっと出掛けてくるわ。」


「明日はパーティーです。早く休まれた方が良いかと思われますが…」


「それは十分理解しているわ。でもどうしても行かなければならないの。」


《きっとそうすれば明日のパーティーは思いっきり楽しめるんだから!》


「では、承知いたしました。」


 デイジーは少し渋い顔をしながらも承諾してくれた。


 私が誰に会いに行くか言わずともすぐに悟られてしまいますよ。

 ルチアーナ様はあまり思慮深い方でないと思っていたがここまでとは思わなかった。


 私は学年棟へ向かうため制服に着替え寮の部屋を出て行った。

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