本編
第1話パーティーは二日前でした。
「…ちゃん。これが終わったらきっと楽しいことが待ってるわよ。」
耳もとで優しく囁く女の人の声とギュッと力強く手を握られている感触を憶えている。
そして私は切に思う
今度こそ幸せになりたい
《んっ》
《アレ?》
《何のこと?》
誰だっけ?とても大切な人だった気がするのに、顔が見えそうな所で誰かの声が聞こえて現実に引き戻された。
その瞬間さっきのは夢だったのかとゆっくりとまぶたを開く。
「ア、アイリーシャ様、お嬢様大丈夫ですか?」
声の主は私の専属侍女のデイジーだった。つきっきりで世話をしてくれていたのだろう。髪の毛は少し乱れ、目の下には酷いくまができていた。そして彼女は私の手を握りしめていた。先ほどの手とは違うがとても安心する。
ん?さっきは夢よね??私は横になったまま話しかけた。
「デイジー、私って階段から過って転落したのかしら?誰かに押されたような気がしたんだけど…」
どうやら私は階段から転倒しケガをしたようだけれど、ケガをした前後の記憶が曖昧で思い出そうとすると頭がズキズキする。
デイジーは息を整え「アルベルト様をお呼びいたします。」と申し訳なさそうに部屋を出て行った。
きっと兄に口止めされているのだろう。
間違いなく誰かに押されたんだと聞かずと理解した。
私はアイリーシャ・ポーレット。ポーレット侯爵家の令嬢である。
現在は国立魔法学校の2年生で親元を離れて寮生活をしている。
1学年上で兄のアルベルトも同じ学校に通うため同じく寮生活だ。
この国の国立魔法学校は貴族や平民といった身分は関係なく魔力があれば通えることになっている。入学するためにはもちろんテストや面接もあり、ただ魔力があるだけでは簡単に通えないことになっている。
しかしこの国は平民の子どもにも教育する場を設けている為、努力次第では入学することも可能になってくる。
17歳を迎える年から5年間、学校で様々な魔法の資格を取得し卒業すれば魔法を使った仕事が保障されている。しかし卒業しても資格を取得していない場合は国の法律で魔法の仕事が許されないという決まりがある。
私の兄のアルベルト・ポーレットはとても優秀で3年生にもかかわらず自分に適合する魔法の資格を全て取得しているらしい。
しかも見目もとても麗しい。金髪にエメラルドグリーン色の瞳を持ちとても整った顔立ちをしている。ポーレット侯爵家の嫡男で、婚約者は同じ学校に通うマグリット公爵家令嬢である。しかも公爵様の方から是非うちの娘をと婚約を要求してきたのだ。
公爵令嬢には既に婚約者が居たにもかかわらず兄に一目惚れしたとかで、婚約破棄してすぐに新たな婚約を結んだとなるとあまり世間的にはよろしくない気もするのだが、身分的には断れませんよね。
うちは侯爵家であちらが公爵様ですから…
その公爵令嬢と私は特に接点もなく婚約式の時に一度挨拶をしたっきりだった。しかし学校に入学してからは同じ学年ということもあり、彼女と顔を合わせる機会が増えた。
ニ学年後期に入った頃急に私に対して小さな嫌がらせをしてきたのだ。
一度は兄に相談しようか迷いもしたが、それをすると自分の負けのような気がした。
学年末には学校盛大のイベントであるサマーパーティーが開かれる。その後は夏期休暇に入りようやく大好きな兄との時間が持てる。だから帰省後にでもその話をしてみようと考えていたところだった。
記憶が曖昧だが私が最後に会った人物は彼女だったはずだ。
やっぱり犯人はマグリット公爵令嬢に決まりかしら!と手を合わせた。
しかし何故だかしっくり来ない…
そこまでする理由がわからず思考を巡らせているとコンコンとドアを叩く音がした。
「アルベルトだ。アリス、入っても良いかな?」
「はい、お兄様お待ちしておりました。お入り下さい。」
「すまない。アリス…」
入室と同時に謝罪をされたが、事故の記憶がない私は返答しようがないので困った顔をしていると、兄がアリスは3日間も眠っていたのだから何かお腹に入れておいた方が良いから軽食を食べながら事件のことを話そうと言った。
「では、パーティーは二日前ですか?」
私がそう尋ねると兄はまた「すまない。」と再び謝ってきたのだ。
3日間も気を失っていたなんて、もうこれって悪い予感しかしませんけど!
《…っていうかもう夏期休暇に入ってますよね?》
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