第8話⭐︎小さな幸せ




「ただいま戻りました!遅くなりましたカムイさん」

そう言いながら眼鏡を外し、バタバタとキッチンで手を洗ってエプロンをかけた


「おかえりセイラ

今日は大きな魚が釣れたから血抜きをしてさばいておいた

あとはセイラの魔法をかけてまた絶品ムニエルをお願いしたい」

そう優しく微笑むカムイと呼ばれる男は、セイラの帰宅をお腹を空かせて待っていた


彼はハンターの仕事をしており、兵士の様に大きくたくましい身体つきをしているのに、優しい空気を纏う紳士であった。端正な顔立ちやライトブラウンの瞳の色は異国情緒溢れ、どこか王族のような所作や振る舞いはいつもセイラをときめかせた


「魔法だなんて…た、ただ焼いただけなんです」

セイラは自分の質素な料理を凄く褒められた気がして恥ずかしくなった


「十分に素敵な魔法だ」

そう微笑むとカムイは捌いてある大きな魚を冷暗室フリッジから取り出してくれた



ー§§§ー



「今日のメニューはカムイさんの釣ってくれた魚のバジルバタームニエルと、昨日商店に行った時にひいらぎさんに頂いた鶏肉をトマト煮込みにしてみました

それとこれも柊さんからの頂き物で…」

そう言って彼女は何か見たこともない茶色い枯れ木の様な塊を出してきた

俺が不思議そうに見つめるとおずおずと口を開く


「あの…見た目が凄い不思議なのですがとても美味しいらしいのです

昔、柊さんの田舎で白米のお供としてよく食べられていた物らしく…久々に魚屋さんで見かけたのでどうしてもカムイさんに食べて欲しくて、久しく腕を振るったみたいでして…」


「そうなのか。

あの婆さんがそこまで言うなら是非いただこう

しかし魚にしては見た目がとても変わっているな」

そう言いながらひと口食べると驚いた

茶色い小枝の様な魚は少し鼻に生姜が抜ける優しい味で、最後にあとを引く旨味はすぐにもう一度味わいたくなった

そんな俺を見て彼女はほほ笑む


「いかなごという魚の“くぎ煮”という食べ物らしいです

日持ちも良いらしく沢山頂いたのです

カムイさんに絶対食べさせてくれと凄い勢いで懇願されました」

そう言いながら婆さんの迫力を思い出したのかセイラはクスクス笑っていた




カムイとセイラはこうして二人でいる毎日が幸せで仕方なかった

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