警官二人

 佐藤家の玄関に、新しく男女の客人が訪れていた。一人は、常に寄せているせいか眉根のシワが目立つ、四十代の男。もう一人はまだ幼さの残る二十代の女。男はスーツだが、女はカジュアルな上下。


「二階にいらっしゃるそうです」


 スマホのメールを見ながら言った彼女を待たず、男は先に階段を上がる。靴を揃えていた女は、慌てて背中を追った。

 目的のドアを開けると、新しい葉巻を取り出していたリーラが振り返る。


「やあ、ゲンロウ君、マドカ君。玄関は開けといてくれたかね」

「閉めたに決まっているだろう」

「まだ人が来ると言ったじゃないか」

「大丈夫、開けておきました!」

「さすがマドカ君。ありがとう」


 飯沼 源郎げんろう、九条 円華まどか。彼らはこのなりだが警察官だ。特殊捜査官に属する警官の中、テンシ狩りを担当する者が少人数だが存在する。彼らがそのうちの二人だ。私服なのは、野次馬を集めないため。事件ではあるが大々的に動けば目立つ。


 源郎は散らかった部屋を見回し、普段から寄っているシワをさらに濃くさせた。散らばった木片のせいで、足の踏み場がない。下手に入ったら足の裏が血だらけになりそうだ。


「調査は綺麗にするまで待ちたまえ。マドカ君、メモの用意を頼むよ」

「はい」


 リーラが深く紫の煙を吐くと、源郎は眉根を寄せる。


「おい、室内だぞ」

「許してくれよ、こっちは戦闘終わりなんだ。さて……今回の件だが、ヤマザキリュウマの独断でない事が分かった」


 治験開催者である山崎竜真は、無免許医である事が判明した。使用していた病院は、偽装された免許証によって許されたとされている。そこまで分かっていて、なぜ尻尾を捕まえられていないか。それは、かろうじて捉えた関係者全員、記憶を失っているか、自死してしまうからだ。

 今回、彼らがそれに至る理由が明らかになった。竜真に協力しているのは、テンシ化に最も注力を注ぐ人物。全ての元凶と言うべき、一人の男だ。

 判明した理由は人形の存在。天使の人形は、ただの人間が操る事はできない。さらに主人の名を覚えていないとなれば、尚更だ。その男は、記憶を操作する力を持っているのが明らかになっている。


「必ず正体を掴んでやる」


 リーラは低く呟き、クッと口角を上げる。表情は笑顔だが、その場に居る全員が漏れる殺気に背筋を凍らせた。


「あ、あの、覚えていないなら、どうやって探すんですか? その……人形は壊れてしまっていますし」

「あぁ、面倒だから壊したんだ。覚えていないなら、いい」

「みる?」


 円華が首をかしげた時、トントントンと、階段を軽快に上がってくる一つの足音が聞こえた。誰だと振り返った源郎たちの後ろに立ったのは、薄汚れた人形を抱えた不思議な青年。

 円華は部外者が侵入したのかと焦った。しかし源郎は警戒するどころか、青年を一瞥すると、身を引くように部屋から一歩離れる。そこで円華は、リーラが玄関の鍵を開けておけと言った理由を理解した。

 青年は部屋を覗くと、少女のように丸い目を、懐っこそうに孤にする。


「リーラ、来たよ!」

「レイ君、待っていたよ。今回、キミにしてほしいお仕事は、二つある」

「頭二回撫でてくれる?」

「もちろん」

「じゃあいいよ!」


 れいは納得したのか、嬉しそうな笑顔で頷いた。さっそく部屋に入ろうとすると、リーラは手の平を見せて止める。


「お仕事一つ目は、部屋を綺麗にしてほしいんだ。ほら、このままでは、木の破片で怪我をしてしまうだろう?」


 たしか、リーラは部屋の調査は部屋が片付いてからだと言った。源郎がそれに反対しなかったから円華もなんとも思わなかったが、よく考えたらおかしい。どうして青年を待つ必要があったのだろうか。とてもじゃないが、破片は一人で集めるのは億劫な量だ。少し可哀想に思うほど。

 しかし麗は、それに嫌と言わない。それどころか彼は元気に頷くと、淡い茶色の目を半分まで閉じる。すると、風を無しに肩までの黒髪が泳いだ。


「えっ」


 円華は目の前の光景に、思わず声を漏らした。源郎に視線を向けられ、とっさに口を両手で押さえる。

 驚いたのも無理はない。そこら中に散らばっていた木片が、宙に浮いたのだ。そしてそれらは、パッとどこかへ姿を消した。


「どう?」

「ありがとう。完璧だ」


 麗はパタパタと部屋に入り、リーラに頭を撫でられて満足気だった。

 源郎は確かめるように、一度だけ左右を見て部屋に踏み込んだ。唖然としていた円華は、ハッと我に返って遅れて入る。


「あいつを見るのは初めてか」

「は、はい」


 円華は、この課に就いてまだ間もない。出会った事のあるテンシ狩りは、片手で数えられる程度だ。

 しかしリーラが気さくに話しかけるのを見れば、麗も狩人であるのは安易に理解できる。人の予想できない力を持つ彼女の部下とすると、魔法使いとかだろうか。


「超能力者だと」

「え、えぇ! 本当に?!」


 背後からの黄色い悲鳴に、麗はビクッと体を跳ねさせた。振り返ると、合わさった円華の目はキラキラと輝いている。瞳を瞬かせて首をかしげると、彼女は興奮気味に手を握ってきた。


「超能力って、物を動かしたり透視したりするやつですよね、すごいすごい!」

「僕すごい?」

「はい、とってもすごいです!」

「えへへ、やった」


 彼女のテンションの上がりように、リーラはカラカラ笑い、源郎はうんざりと言うようにため息を吐く。

 円華は、簡単に言えばオカルトマニアだ。不謹慎だが、事件が不気味であればあるほど興奮を覚える。だからこそ解決に懸命になるから、頼りにはなる。この職はきっと、彼女にとって天職だろう。


「ねえねえ、二つ目のお仕事は?」

「ああ、これがどこから来たか、視てほしいんだ」


 差し出した黒い手袋の上には、まるで骨のように真っ白な指の欠けらが一つ。天使の人形の指だ。

 人形の意識が覚えていないのなら、体に聞けばいい。麗は、物の持ち主を割り当てる事もできる。全ての元凶でなくとも、竜真の居場所くらいは掴めるだろう。

 麗は指を受け取ると迷わず口へ放り、そのままゴクンと飲み込んだ。閉じた目を開くと、まるでどこか遠くを見るように視線を転がす。


「…………隠した骨組み、人数は十五人程度、場所は、オウメ市タキガワ」


 まさか証拠とも呼べる物を食べると思っていなかったせいで、円華は呆気に取られていたが、すぐにメモ帳を取り出す。麗の口から漏れる単語は、先程の幼さとは無縁なほど機械のようだ。

 視えた全てを吐き終えたのか、彼は深く息をつく。その表情には、先程の片付け後よりも明らかな疲労の色が見える。


「レイ君、口をあーってしてごらん」

「? あー」


 言われた通り大きく口を開ける。リーラはレッグポーチをゴソゴソと漁ると、何かを彼の口へ入れた。舌の上でコロンと転がったのは、飴玉。麗は可愛らしい目をさらに丸くさせた。


「ご褒美だ。ありがとう、助かったよ」

「んふふ、どーいたひまひて」


 あどけない笑顔の中に、もう疲労は見えない。リーラは安心したように微笑み、麗が抱きしめる人形の鼻を、何故かツンと突いた。

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