第14話 受けた恩

「レグノス君、今から銀色狼を倒しに行くよ」

「えっ、今から」

「昨日受けた依頼票は持っているかい」

「ああ、この鞄の中にあるけど……俺の実力じゃ……」


 二人は今のところ依頼を失敗している状態だ。このままだと報酬を受け取れず、評価も下がってしまう。ランク落ちするかもしれない。

 レミシャはまだ動けないだろうし、今後、治療費も必要になるだろう。元々リビティナはここでお金を稼ぐつもりだった。自分用の依頼を受けて、ついでに銀色狼を倒せばいい。


「さっさと荷馬車を用意して、冒険者ギルドに行ってくれるかい」


 驚き戸惑っているレグノスに指示を飛ばして、荷馬車を用意させる。リビティナは冒険者ギルドでDランクの依頼をいくつか受け、城門を抜けた所でレグノスに言う。


「君はこの城門近くで待っていてくれるかい」

「俺も少しぐらいなら手伝える。連れて行ってくれ」

「君は昨日からお姉さんの事で一睡もしてないんじゃないのかい? そんな君を連れて行って怪我でもさせたら、レミシャに怒られてしまうよ」


 門番の居るここなら、少々居眠りしても安全だろう。それでも付いて行くと言うレグノスを説き伏せる。


「狩りが終わったら、森から狼煙を上げるよ。そしたら荷馬車で来てくれるかい。ボク一人じゃ獲物を運べないんだ。これも大事な仕事なんだからね」


 渋々従うレグノスを置いて急いで森へと向かう。今はまだお昼前だけど、早めに終わらせて、レミシャの元へ返してあげたい。

 森に入ったリビティナは背中の翼を出して、木々の間を縫うように飛びながら銀色狼を探す。森の奥、銀色狼が翼を持つ黒い物体を瞳に映した次の瞬間、首が落ち血を噴き出していた。一体何が起こったのか認識する暇もなかっただろう。


 銀色狼を森の端まで運んで、他の獣に取られないように木の上に隠す。次はリビティナが受けた依頼の普通狼と鹿を狩れば終わりだ。ちゃんと魔獣じゃない獣だと確認してから倒していく。狼六匹に鹿が二頭、なんだかこっちの方が数も多くて手間だなと感じる。


「それにしてもボクの住んでいる森は、魔獣ばかりの森だったんだね」


 この森で見かける鹿やイノシシは小さなものばかりだ。リビティナが今まで見てきた獣だと思っていたのは、魔法は使ってこなかったけど魔力を身体強化に使っていた魔獣なんだろう。明らかに大きさや動きの速さが違っていた。


 ともあれ依頼分の獣は狩ることができた。森を出て狼煙を上げると、すぐにレグノスの乗った荷馬車が来てくれた。


「さあ、とっとと獲物を乗せてくれるかい」

「こんなにも……ああ、俺が積み込むよ。リビティナは休んでいてくれ」


 レグノスと一緒に冒険者ギルドまで獲物を運び込み、ギルドの引き取りカウンターで依頼票を提出する。


「お前、この銀色狼の切り口は……」


 担当職員のティグラスが、レグノスの横で何食わぬ顔で立つリビティナに目をやりながら怒鳴りつける。


「いいか、坊主。こんなことは今回限りだ! 今度からは自分の実力に合った依頼を受けろよ!」

「はい、分かりました!!」


 レグノスは直立不動の姿勢から、深々と頭を下げた。一応パーティーを組んで共同でならランクが上の依頼を受けてもいい事になっている。まあ、許してやってくれ。

 依頼達成のハンコが押された依頼票を受付カウンターに持って行って、無事報酬をもらう事ができた。これで一件落着だね。


「リビティナには世話になりっぱなしだ。俺の報酬を全部受け取ってくれ」

「そのお金は、お姉さんのために使ってくれないか。すぐ仕事に復帰する事もできないだろうしね」

「それなら今晩の夕食を俺の家で食べていってくれよ。姉貴も喜ぶしさ」


 それならとレグノスの下宿に行き、レミシャのベッドの横で一緒に楽しい食事をする。


「リビティナ。この恩は俺の一生をかけても返す。本当にありがとう」


 下宿の玄関先まで見送りに出た所で、レグノスにそう言われた。リビティナは夜空を眺めながら少し考えを巡らせる。


「レグノス君。君はヴァンパイアと言うのを知っているかい」

「おとぎ話に出てくる、血を吸うモンスターの事だろう」

「そのヴァンパイアは、マウネル山の山腹で眷属になってくれる人を待っているそうだ」

「前はそこには仙人がいると言っていた話だな……」

「レグノス君に頼みたいことがある。ヴァンパイアの眷属になりたいと言う人を探してくれないかな」

「まあ、別にそれぐらいなら……でもなんでリビティナがそんな事を……」


 リビティナは静かに仮面を取ってその素顔をレグノスに見せる。


「すまないね。こんな化け物の頼み事を聞いてもらって」


 金色の瞳の奥が赤く光るリビティナの目を見て、息を呑み後ずさるレグノス。


「すると姉貴は眷属に……」

「いいや、それは無いよ。君のお姉さんは以前のままだ」

「そ、それなら俺を眷属にしてくれないか、眷属になったら力がもらえるんだろう」

「眷属になったからと言って強くなれる訳じゃない。だけど、この町で暮らすことが出来なくなってしまうだろうね。ボクのこの顔を見れば分かるだろう」


 明らかに獣人とは異質の顔と体。眷属になった者も異質の存在になるのだろう。


「君はお姉さんを置いてボクの元に来れるかい。たった二人だけの姉弟なんだ。お姉さんを大切にしてやってくれ。だから君は噂を流してくれるだけでいいよ。そのうち本当に眷属になりたいと言う人も出て来るだろうからね」

「……分かったよ。俺は君の事を化け物だなんて思わない。こんな心優しい化け物がいるものか。その顔も中々可愛いじゃないか」

「そう言ってくれると助かるよ。それじゃ、ボクは山に帰るよ」


 リビティナはリュックを背負って、黒い翼を広げた。

 常人ではない力を見せたリビティナは、もうこの町に入る事はできない。今は良くても、次は化け物として迫害されるかも知れないからだ。

 今後、レミシャとレグノス姉弟にも会う事はないだろう。せっかく初めて獣人と友達になれて、眷属にまでなると言ってくれたのに……。


 ――やはりボクは、あの山で眷属になりたい人を待っていた方がいいんだろうね。


 この世界にとって異物である自分が、人と関わると世界自体を壊してしまうかも知れない。あの洞窟で暮らすこと、それが誰にとっても一番いい事なんだろう。


 リビティナは、地面を蹴って夜空に舞い上がり、見送るレグノスに手を振りながら軽々と城壁を越えて北へと向かって帰って行った。




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【あとがき】

 お読みいただき、ありがとうございます。

 今回で第1章は終了となります。

 次回からは 第2章 最果ての森編 です。お楽しみに。


 ハート応援や星レビューなど頂けるとありがたいです。

 今後ともよろしくお願いいたします。

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