第2章 最果ての森

第15話 扉、完成

「なかなかいい扉ができたじゃないか」


 リビティナは、洞窟の外から完成した扉を満足げに眺める。

 観音開きの二枚扉。全体は派手な赤色で良く目立っている。葉と花の彫刻には緑と黄色が使われ、いいアクセントになっているしね。

 取っ手のハンドルを持って押すと、大きな扉がスムーズに開いてくれる。


「うん、うん。苦労した甲斐があったよ。後はこの看板を扉の上に掲げるだけだね」


 両手を広げる程もある、大きな木の看板。こちらは緑色に塗られた木の板に『眷属のお店』と浮き彫りされた赤い文字がくっきりと書かれている。

 絵文字? 口に牙を生やしたヴァンパイアの絵を書くとお客さんが逃げちゃうからね、大陸の共通文字だけにしておいたよ。


 扉の上、岩をくり抜いた部分にその看板を入れ込んで、四隅を軽く叩き込めば外れることなく取り付けられた。


「よし、これでボクのお店は完成だ。後は眷属になってくれる人を待つだけだね」


 とは言え、早々に眷属になりたいという人は現れるはずもなく、一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎた。

 まあ、当たり前か。ここは魔獣が住む森に囲まれた山。その中腹とはいえ標高は千メートルを越えている。余程の覚悟を持った人じゃないと登ってこないだろうね。


「まあ、気長に待てばいいさ。ボクはここでの生活も気に入っているしね」


 それに 獣人の町に出て良く分ったよ。ボクの能力はあまりにも高すぎる 。同じ場所で暮らせばトラブルの元になるからね。恐れられるだけじゃなくボクの能力を利用しようとする者まで現れるだろう 。

 そんなややこしい事に巻き込まれるのは、勘弁してもらいたいよ。


 元より不死身の体、人がいなくても別に寂しい訳じゃない。のんびりと自分の好きなように生きられるここの生活もいいものだ。

 こういうのをスローライフと言うのだろうか。いや、ただの引き籠りかな? まあ、どっちでもいいや。


 お客さんが来ない間もリビティナは、登山道を整備したり、崖に落ちないように、道の端に柵を作ったりしていった。

 半年が過ぎ、八ヶ月が過ぎた頃、洞窟の前に雪が積もりだす。この惑星にも季節があるようだね。この分だと冬の間、ここに登ってくる人はいないだろう。


「こりゃ、開店休業状態になっちゃたね」


 白く降り積もる雪を見ながら、リビティナは一人つぶやく。それならいっその事、冬の間は眠っていればいいんじゃないかな?


 ヴァンパイアの体は一日中ずっと起きていることもできるし、反対にずっと眠っていることもできる。人が来ないなら省エネモードで眠っていても大丈夫だろう。もし人が来てドアを叩けば、その音ですぐに目覚める事ができるしね。


 ベッドには、フカフカの布団がある。大きなガチョウのような魔獣から取った柔らかい羽毛を、東の町で買ってきた布に詰めたものだ。


「こうやって、一日中寝て過ごすのもいいもんだね」


 書庫の本を枕元に持ってきて時折それを読みながら、リビティナは一日のほとんどを温かな布団に包まれて眠りについた。そして一ヶ月が過ぎた頃、扉を叩く音がした。


 叩くと言うより引っ掻くような音だ。リビティナは起き上がり、窓から外の様子を覗うと、扉の前に子熊が雪に埋もれて倒れている。

 扉を開けると、弱々しくクゥ~ンと鳴く。母熊とはぐれたか、兄弟との生存競争に敗れたのか一人こんな所まで来たのだろう。


「これも何かの縁かな。ボクの家のドアを最初に叩いたのが君だったんだからね。少しだけ力を貸してあげるよ」


 本来、野生動物は自然に任せるのが一番だ。それは、この森で生きる魔獣も同じこと。生存競争の中での出来事なんだからね。


 でも……そう思い、リビティナは死にかけている子熊を部屋の中へと運び入れた。

 床に乾いたタオルを敷いて、その上に寝かせ暖炉に火をつける。リビティナは子熊の体をタオルで拭いて、炎と風魔法を調整し温風で体毛を乾かす。


 子熊はもう体力が無いのか、暴れる事もなく大人しくしている。どこか怪我したところは無いかと体のあちこちを調べる。


「おや、君は男の子だね。それに魔獣の子供なのかな」


 小さいながらも、口元から牙が生えていて手足の爪が赤い。それでもテディベアのぬいぐるみのように、愛らしい黒い目と茶色の柔らかい毛がモフモフで手触りがすごくいい。頭の上の半円形の耳もすごく可愛らしい。


「できれば、助かってほしいけどね」


 かといって、獣人にしたようにヴァンパイアの血を与える訳にはいかないだろう。薬と毒は紙一重だ、子熊にどんな影響が出るか分からないからね。光魔法だけを全身に当てて、毛布を一枚掛けて静かに寝かせる。


「後は運を天に任せよう」


 器に水を入れて、食料となる木の実と乾し肉を口先に置いてリビティナは寝室へと戻る。


 ――翌朝。

 子熊が死んでいないことを願って、静かに部屋の中に入る。子熊はリビティナが入って来たのに気づいて、顔を少し上げてクゥ~ンと鳴いた。


「良かった、助かったんだね」


 死んでいたらどうしようと言う不安が反転して笑みがはじける。置いていた水も飲んでいるし、餌も食べてくれたようだ。よしよし、君はいい子だ。


 まだ安心はできないけど、昨日とは違いこちらを見つめる瞳には力が宿っているように思える。光魔法を全身に当てて、食糧庫から持ってきたドライフルーツを与えると夢中で食べてくれた。


「どうだい、しばらくここで暮らさないかい。ボクも冬の間は暇なんだよ。君はモフモフさんだし、一緒に居ると暖かそうだ」


 真冬でも洞窟内の気温は外気に比べ高い。冬の間、暖炉に火を入れずともこの洞窟内で過ごすことができるだろう。保存食も雪が積もる前に大量に作っているから心配ないしね。

 運よく助かった命だ、しばらくはその命を預かって育ててみようと決意する。


「それなら、名前を付けないとね。そ~だな……バァルーというのはどうだい」


 自分の名前だとこの子熊が理解したか分からないけど、クゥ~ンと甘えた声で鳴く。バァルーのすぐ横に座り頭と背中を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細める。

 結局リビティナはこの冬の間、魔獣のバァルーと洞窟で一緒に過ごすことになった。

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