第12話 治療1

「頼む! 誰でもいいから、姉貴を助けてくれよ」

「そうは言ってもな、この傷は相当深いぞ」

「このギルドで応急処置程度はできますけど、それ以上となると、お医者様を呼んでそれなりの治療費が掛かりますよ」


 床に寝かされているレミシャの周りで、ギルド職員数人が傷の様子を見ていて、その周りを野次馬の冒険者達が取り囲む。


 床でうめいているレミシャは傷口をタオルのような物で縛り上げられているけど、血で真っ赤に染まっている。レグノスが職員に縋りつくように必死になって助けを求めるけど、それに応える職員はいない。


「ここなら光魔法を使える者もいるんだろう。お願いだから姉貴を……姉貴を助けてくれよ」

「それは、冒険者に対する依頼になるぞ。そんな高額な依頼をお前ができるのか?」

「俺達も助けてやりたいとは思ってはいるが、こんな大怪我を治すには高度な技術と知識がいる。それには金が掛かるんだ。そんな事はお前にも分かるだろう」


 Dランクになったばかりの冒険者の懐具合など、ギルドであれば把握できるのだろう。治療に掛かる費用は出せないと踏んでいるようだ。その中、リビティナが前に歩み出る。


「少し見せてくれるかい」

「あなたは、昨日の巡礼者の方……医術の心得はあるのですか」


 女性職員に尋ねられたけど、記憶の無いリビティナには答える事はできなかった。

 しかしこの世界の光魔法なら使うことはできる。治療で使うのは初めてだけど、光魔法に治療効果がある事は魔法の本を読んで知っている。

 リビティナが手をかざし、詠唱を始めた。


「我が体内の小さき光よ、この手に集いてかの者を照らせ……」


 その途端、強い光が床に寝かされているレミシャの全身を覆う。その様子を見た職員や冒険者が一歩後ろに後ずさった。


「何という光だ。こんなに強く広範囲に。だが……」


 ギルド職員が呟く。そう、光魔法の治療効果にも限界がある。レミシャは銀色狼の風魔法を受けて、軽鎧ごと肩から背中、脇腹にかけて大きな裂傷を負っている。骨にまで達する傷で血が止まらない。左手の小指付近は骨まで断ち切られている状態だ。


「なるほど。ゲームのヒールのように傷がすぐに治ると言う訳じゃないようだね……」


 そう簡単にはいかないか。小さな傷は塞がったようだけど、背中の傷からの血は今も止まらない。このままではレミシャが死ぬのは確実だろう。


「リビティナ、リビティナ、お願いだ。姉貴を助けてくれ。姉貴は俺を庇ってこんなことになっちまったんだ……。俺は何でもするから」


 レグノスが涙ながらに、リビティナに頼み込む。少し考えていたリビティナがギルド職員に問い掛ける。


「特殊な治療をしたい。この周りをカーテンなどで囲ってくれないか」

「この患者を少し奥に移動したい。大丈夫か」

「下に敷いた板ごと移動させてくれるかな。静かに頼むよ」


 ギルド職員数人がかりでレミシャをギルドの奥へ、野次馬の冒険者から見えない位置に移動させカーテンの用意をしてくれる。


「レグノス君、よく聞いてくれ。お姉さんの傷は深い、命を助けるにはボクが知っている方法しかないと思う。だけど治るかは分からないし、治っても、後遺症が残り普段の生活ができない状態になるかもしれない」


 リビティナはヴァンパイアの血をレミシャに与えて、眷属にしようと考えた。でも神様は血を吸ったり、血を与えただけで眷属にできるものでは無いと言っていたし、それで傷が治る保証もない。


「このまま死を待つぐらいなら、君の……君の力を貸してくれ。何としてでも姉貴を助けたいんだ」


 この姉弟の両親は既に他界して、家族はこの二人だけだと昨夜聞いている。できれば助けてあげたい。

 カーテンで囲まれた中、リビティナとレグノス、それとどうしても同席したいとギルド職員の男性が一人立ち会う。


 リビティナは意を決してひざまずき、床に寝かされたレミシャの傷口に口をつけ血をすする。その様子を見たギルド職員が「うっ」と息を呑む声を聞いたけど、気にする事もなくリビティナは牙を突き刺し、レミシャにヴァンパイアの血を与えた。


 フードを被り仮面をつけた状態で行なっているので、上から見ているレグノス達には傷口を舐めているように見えただろう。だが異常な行動である事に変わりはない。

 このような事を他の者達に見せることはできないと理解してくれたようだ。それを背中の数ヵ所と手首に行なった後、やっとリビティナが顔を上げた。


「何か、手伝う事はあるか」

「いや、大丈夫だよ。後は光魔法で治療をしよう」


 ギルド職員が口元から垂れている血を拭うための布を、リビティナに手渡してくれた。

 そしてカーテンの外からでも分かる強い光が溢れ、それが十分程続いただろうか。光が消えてカーテンの中からギルド職員が外に出てきた。


「どうでしたか、主任!」

「ああ、あれは奇跡だな、傷が塞がったよ。あれなら命は助かるだろう」


 ギルドの職員達がほっとしたように顔を見合わせ、カーテンから出てきたリビティナの労をねぎらう。


 一緒にリビティナの治療を見ていたギルド職員が、疲れたように事務所内の同僚に問うた。


「あの者は、いったい何者なんだ……」

「昨日、この町に来たヴァンピーノ族の方だとしか聞いていませんが」

「初日に銀色狼を二匹倒したと言うのも、あの人なんだろう。聞いた事のない種族だな」

「それでも、あんな重傷者を治せたんですから、すごい種族の方なんですよ」

「多分あれは、そのヴァンピーノ族の秘術なんだろうな。あんな治療方法は初めて見たよ」


 今、自分が見た事が信じられないと、その職員は自分の机に深々と座る。この事を上司にどのように報告しようかと悩んでいるようだ。


 ギルドの職員達に手伝ってもらい治療の終えたレミシャを、借りた荷馬車に運び込む。姉が助かり泣き笑いの表情でレグノスが、自分達の住む下宿屋へと荷馬車を走らせた。

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