第11話 風の魔術

 朝、全身が気怠けだるく、リビティナはベッドから起き上がるのも大変だった。昨日はレミシャ姉弟と夜遅くまで話し込んで、まだお酒が残っているような感じだ。


 朝一番に、銀色狼を倒した風の魔術を見せる約束をしている。そろそろ準備しないと……。


 この町の朝は早い。日が昇ると同時に獣人達は起き出し、その一時間後にはみんな仕事をするそうだ。町では日の出に鐘が鳴り、二時間後に二回目の鐘、その二時間後のお昼にも鐘が鳴って時を知らせるらしい。


 この世界の一日は十六時間。リビティナの感覚だと一日は前の世界と同じ二十四時間なので、ここの一時間が前の世界の一時間半という事になる。


 日の出の鐘はとっくに鳴っている。荷物をまとめて階段を降りて、リビティナは朝食を急いで摂ってチェックアウトの手続きを終え西門へと向かった。


「おはよう、リビティナちゃん。ごめんなさいね、こんな朝早くに」

「いや、いいよ。こちらも買い物があるからね」


 城門で待っていた二人に挨拶をする。昨日色々と話をしてレミシャとは仲良くなって、リビティナの事をちゃん呼びしている。

 獣人の年齢はリビティナには分からないけど、態度からレミシャは二十歳前後だろう、見た目で言うと三人のなかでリビティナが一番年下に見える。


 早速城門の外に出て、人のいない森近くでリビティナの魔術を見せる事になった。


「ところでレグノス君も魔法は使えるのかい」

「いや、俺は生活魔法程度だ。冒険者としての魔術は姉貴に任せている」


 それなら、レミシャだけにコーチすればいいんだね。


「それじゃ見ていてくれ。風よ……手に……ウィンドカッター!」


 リビティナの放った風の魔術がカーブを描き、人の胴体程もある木を切り倒す。しかしその刃の形は目で見る事はできず、今度はレミシャが自分の魔術を使ってみる。


「たぶん、これだと思うんだけど……」


 レミシャが撃った風の魔術が木に命中し傷を付けたけど、切り倒す事はできなかった。


「そうじゃなくてね。弓型に曲がった形で先端をもっと鋭くするんだよ」

「おい、おい。リビティナは、今の風魔術の形が見えたのかよ!」


 隣りで弟のレグノスが驚いているけど、ヴァンパイアの目には風を切る空気の流れを見る事ができる。


「魔術の熟練者なら、風も目で見えるって言うけど、私には見えないわね」

「それなら、水魔法だと分かりやすいかな。……ヴァツカッター」


 詠唱を行い、手から溢れた水が弓型の刃となって、直線的に木に向かって飛んでいく。先ほどの切れ味はないけど、木を軽々と切り裂く。


「二属性で同じ技を……。い、いえ、参考になったわ。ありがとう」


 少し練習をしたいと言う二人を残して、リビティナは昨夜教えてもらった、町の金具屋へと向かう。


 この町には金属製品を売っているお店が何軒もあるらしい。鉄鍋や食器などを売る生活用品店。矢じりや武器、鉄鎧などを売る武器屋や防具店。鉄のくわや農機具を売っているお店も道沿いに建ち並ぶ。


 しかしこの世界では金属製品は高価で、貴族でもない限り金属製の食器は買わないそうだ。冒険者も自分が使う武器や防具は、良く良く吟味して選ぶらしい。

 そんなお店の中の建具屋さんにリビティナは入っていく。


「ほう、自分で作った扉用の蝶番ちょうつがいが欲しいと……扉の大きさはどれくらいだね」


 扉の重さにより種類や大きさが変わるようで。店主に洞窟の入り口に取り付けるつもりの扉の大きさと厚みを手で示す。


「それだけの大きさとなると、この金具だな。これならその扉の重さに耐えられるだろう」


 見せてもらったのは、黒い塗装で掌ほどの金具。確かにこれなら十分だろう。両側に付ける四個の蝶番と取り付ける釘、それと金属製ではないけど扉に付ける取っ手なども一緒に買っておこう。


「ところでその扉は、玄関用……外扉かい。金具は錆びないようになっているが、扉は防水用のペンキなどを塗るのかい」

「木の樹液を塗り固めようと思ってたんだけどね」

「樹液だと黒くなるな。できればちゃんとしたペンキの方が綺麗だし、長持ちすると思うよ」


 なるほど。折角作るんだったら綺麗な色にしたいよね。

 どんな色にしようかと思い描きながら、金物屋さんに教えてもらったペンキ店に行ってみる。


「赤や黄色なんかもあるんだね」

「はい、当店では各種取り揃えていますよ」


 油ワニスと呼ばれているペンキで、樹脂と顔料を加熱して乾性油に溶かした物らしく、防水効果は抜群らしい。色も各種あるとは言うものの、後は白色と黒色があるぐらいかな。


「全体は赤色で、アクセントとして黄色と緑色もくれるかな」


 目立つように扉は赤色を基調にして、草花の彫刻に色を塗ろう。扉の大きさに合う分量を見積もってもらったけど、なんとか予算内に収まりそうだ。刷毛はおまけで付けてくれると言っている。


 後は木の表面を滑らかにするサンドペーパーだけど、そんなものは無いと言われた。代わりに白い石を持ってきてくれた。職人さんが使う道具で、これで木を擦って滑らかにするらしい。職人さんの道具だから高いのかと思ったけど、すごく安い。何種類か違う形の物を買っておこう。


 必要な物を全て買って、重くなったリュックを背中に担いで店を後にする。蝶番の金物が意外と高く、ペンキと合わせると持っていたお金のほとんどを使ってしまった。


 ――せっかく町に居るんだから、もうちょっと稼いでから帰ろうかな。


 この町とも今日でお別れだ。次に来る事も考えて、お金は蓄えていた方がいいだろう。稼ぐなら冒険者ギルドが一番だね。

 依頼を受けるため冒険者ギルドへ向かったけど、何やら騒がしい。


「何かあったのかい?」

「Dランクの冒険者が、銀色狼を倒そうとして怪我して帰って来たんだと」

「二人だけで、Dになったばかりの奴が無理するからだよ。バカな奴らだ」


 二人、Dランク! 嫌な予感がして奥へ向かう。そこには床に置かれた木の板に血だらけのレミシャが横たわっていた。

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