第7話 南の町へ

 南の町を発見して洞窟に帰って来たリビティナは、書庫に向かい地図を広げる。

 普通に飛んでいると高速道路の自動車並みの速度が出ているだろうから、町までは直線で約六十キロメートルといったところかな。

 大体の距離感が分かってきた。するとこの地図に描かれた陸地はすごく大きい事になる。


「大陸というだけのことはあるね」


 地図だとここは大陸西側の北部地域。北極がどこなのか書かれていないけど、南の先端の尖った地方は赤道を越えている感じだ。

 でも町などの文字が書かれている場所は西の方だけで、ヨーロッパ地方ぐらいの広さだろうか。後は未開の地ということかな。


 まあ、地図があって飛べるからと言って、こんな大きな大陸の端から端まで旅する気はさらさら無い。この洞窟でのんびりと過ごしている方がリビティナの性には合っている。

 扉の金具を手に入れないとダメだし、この近辺の状況だけは知りたいから、あの南の町には行くけどね。


 でも、その前にしておかないといけない事がある。


「この格好じゃ、いくら何でも恥ずかしすぎるよ~」


 ハイカットされた黒のボディスーツ。黒のソックスは膝上まであるけど、これじゃ痴女じゃないか。

 それに神様は、ボクの姿を見れば住民達がパニックを起こすだろうといっていたしね。


 この部屋のクローゼットには古い物だけど服や靴も用意されている。ゴスロリのようなドレスや村娘が着るような物まであった。これも神様の趣味なんだろう。

 なぜか男物の服もあったけど、これは必要ないね。


「こんなのじゃなくて、顔が隠せるような服はと……あった、あった。このローブでいいんじゃないかな」


 全身を覆う焦げ茶色の厚手の生地で、頭まですっぽりと覆う事のできるフード。どこかの魔術師さんのようなローブだ。それにこの服は背中から翼が出せるようになっているから、ヴァンパイア専用に作ってくれた物だろう。


 でもこれだけじゃ、顔が隠せない。と思っていたらクローゼットの床に仮面が置いてあるのを見つけた。

 口の尖った獣人が付けるものだろうか、目から下が突き出ていて緑と黒と赤色の縞模様のある仮面。付けてみると耳と額の所で固定され、顔全体を覆い被ぶすことができる。


――なにか宗教儀式の仮面なのかな。


 でも、ちゃんと目も見えるし、しゃべる事もできる。

 多少変に見られるかも知れないけど、素顔よりましだ。後は手に毛皮のグローブを付けたら獣人に見えるだろう。靴も今履いている黒光りのレザーブーツじゃなくて、かかとの低い革のブーツを履いて行こう。

 クローゼットの扉の裏にある姿見に自身を映して確かめる。これなら町に行っても大丈夫かな。


 寝室の机の上にあったジュエリーケースの中には、銀貨などのお金も何枚か入っていた。これも持って行こう。他にも水袋や役に立ちそうな物をクローゼットの中にあったリュックに積め込んでいく。


 これだけ準備すれば大丈夫だろうと、リビティナは翌朝早くに洞窟を飛び立った。


 目的の場所は分かっている、昨日よりも速いスピードで飛んで行く。相当なスピードが出ているけど、リビティナの服や髪がバタつくことはない。魔力によって目の前の空気が切り裂かれている。どうも無意識で行なわれているようで最近までリビティナ自身も気が付かなかった。


 三十分もかからずに町の上空まで到達したリビティナだったが、どうやって町の中に入ったものかと悩む。

 城門の前には列ができていて、何やら検査を受けているようだったし、城壁の上には兵士らしき人物が立って見張りをしている。


「あの壁際のお屋敷。その横にある林に上空から突っ込んでみようかな」


 鳥が落ちて来たみたいにすれば、気付かれずに街中に入れそうに思う。リビティナは城壁に兵士が居ない事を確認して、クルクルと回転しながら林の中に突っ込んでいった。バサッと音がしたけど気付かれずに済んだみたいだ。


「よし、よし。さあ、街中を探検だ」


 金具の購入が目的だけど、せっかく町に入ることができたんだ。見知らぬ異世界の町をじっくりと見てみたい。林の端は自分の身長以上の塀があったけど、それを軽々と飛び越えて外に出る。


 この高い位置からだと、岩とレンガでできた建物が建ち並ぶ街並みが見て取れる。それなりの建築技術はあるみたいだね。中世のヨーロッパと言ったところだろうか。


 しばらく観光気分で坂道を下って行くと、街の通りに出た。そこは当然だけど獣人達が歩いている。革の鎧を着て、剣を腰に差している獣人もいる。あの神様の部屋で見た光景を目の当たりにする。


 最初はおっかなびっくりで道の端を歩いていたけど、誰もリビティナを気にする素振りを見せない。それどころか自分を見て手を合わせてお辞儀する人までいた。


「この仮面のお陰かな」


 やはりこの仮面には宗教的な意味があるんだろう。街を歩くのにも慣れてきて、そろそろお金を使って何か買い物をしてみようと思う。

 お金が使えない事には話にならない。ここは少し勇気を出して頑張らないと……。


 とは言え、建物の中にあるお店は入りづらい。そのまま歩いて行った先に、市場のような露店が並んだ場所があった。木の板の上に並べられた商品の前には、銀二枚とか銅五枚と書かれた木の板が置かれている。これが商品の値段なんだろう。


「この果物が欲しんだけど、これで買えるかな」


 少しびくびくしながら、手持ちの銀貨を一枚差し出す。


「巡礼の方かね、これは相当古い銀貨のようだね。この国じゃ使えないな」

「どこかで両替してくれる所はないのかな」

「城門の所で両替しているはずだが、門を通る時にしてもらわなかったのかい」

「ああ、忘れていたんだよ。じゃあ、城門に行ってみるよ。ありがとね」


 ダメじゃん神様~、このお金使えないよ~。ちゃんとアップデートしておいてよ~。


 とはいえ、両替のために城門に行って何かと調べられるのも嫌だな~。でもさっきの人は自分の事を巡礼者だと言っていたよね、それなら調べられないのかもしれない……でも不安だな~。トラブルは起こしたくないしな~。


 少し離れたお店でおみやげ物を売っている露店があった。店に並んでいる商品とよく似た獣の牙をリュックの中にいれてある、これと物々交換ならどうだろう。店主の女の人に聞いてみる。


「そうだね。この牙にどれだけの価値があるか、私じゃ分からないね。冒険者ギルドなら、こういう物を扱っているからそこに持ち込んでみたらどうだい」


 冒険者ギルド! ファンタジーっぽい言葉が聞けたぞ。その場所を教えてもらい早速行ってみよう。

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