第6話 洞窟の扉

 洞窟に住み始めて二ヶ月余り、ここでの生活にも慣れてきた。実戦で使える魔法も増えたお陰で、獣を狩るのも楽になった。


「そろそろお客さんが来てもいい頃だと思うんだけど……」


 お客さんというのは、神様が言っていたヴァンパイアの眷属になりたいと言う人。

 しかし今に至るまで一向に現れない。もしかしたらここが眷属になれる場所だと知らないんじゃないかな。


「そうだよね、ここってただの洞窟だし。来ても分からないよね」


 洞窟の前に立って改めて入り口を眺めてみたけど、ごつごつした岩肌の崖に開いた只の裂け目。中も真っ暗だし、人が来ても通り過ぎてしまうかも知れないね。


 ここは眷属になってもらうお店みたいなものだから、目立つように洞窟の入り口に扉を付けるのはどうだろう。入り口付近をよく見てみると、今は崩れているけど岩の一部に加工された跡がある。


「元々、扉があったのかもしれないね」


 崩れた岩をどけて加工された部分を見てみると、人が三人並んで通れるくらいの四角い形になる。これを補修して、木の扉を取り付けるのは可能なように見える。

 どうせ作るなら、可愛くて目立った扉がいい。それに看板も作らないとね。材料となる木なら、この森にいくらでもあるし。


「なに、なに。材木にするには、伐り出した木を十分に乾燥させて曲がらないようにしなければいけない……?」


 頭の中にあるガイダンス機能に『木の扉』と念じて得た答えによると、扉などに使う材木は自然乾燥させるのに一年以上必要だと言う。乾燥小屋を作って人工的に乾燥させたとしても一週間ぐらいの乾燥期間がいるらしい。


「よし、じゃあ木材乾燥用の丸太小屋を作るところから始めてみよう」


 時間は十分にある。どうせ作るならしっかりと長持ちする扉を作りたいしね。


 森で木を伐って来て、洞窟の前で適当な長さに切り揃える。小屋は丸太の形で積み上げるんだけど、皮や組み合わせる部分は手刀や爪を使って加工していく。ヴァンパイアの爪は自由に伸ばす事もでき、のこぎりや木を削る道具の代わりになる。

 この程度の太さの木なら、ヴァンパイアの力を使えばサクサクと加工できる。本来の力の使い方とは違っている気もするけど、まあいいや。


 丸二日をかけて、長さ六メートル程で人ひとりが入って作業できる、細長い丸太小屋が出来上がった。


 乾燥させる燃料は薪だろうけど、室内で直接火を付けると煙が充満して火が消えちゃうだろうね。せっかく作った小屋も燃えちゃうかもしれない。

 サウナ風呂みたいに岩を熱して、その熱で室内を乾燥させればいいんじゃないだろうか。


 小屋入り口の反対側に岩を積み上げて、室内に出っ張ったコの字型のかまどを作る。火を入れると岩が熱せられて、室内が乾燥する。かまど自体は外にあるから、火が消える事もないだろうし火力調整もしやすい。


 こんなのをDIYって言うんだっけ。なんだか楽しい。


 丸太小屋の中に扉の材料を運び込んで、岩を熱して室温を上げる。しばらくすると屋根の上から白い蒸気が上がってきた。

 丸太小屋の中はサウナと同じ八十度くらいかな。あまり温度を上げ過ぎてもダメだし、火を弱火にしてこのまま一晩ほったらかしておけばいいだろう。


 翌日。小屋の中を見たけど、それほど冷えていなくてまだ温かいままだった。またかまどに火を入れて室温を上げていく。

 そして一週間。扉と看板に使うための木材の乾燥ができた。


「後は岩に木枠を取り付けて、この扉を取り付ければ……」


 あれ、扉を取り付ける? 二枚の大きな扉を蝶番ちょうつがいで取り付けるつもりだったけど、 蝶番って金属製品だよね。『蝶番』と念じて出てくるのは金属製の物ばかり。

 金属なんてここで作る事はできないぞ。いつも使っている洞窟内の部屋の扉を見てみたけど、やはり金属製の蝶番が使われていた。


 これを外して使うか? いや、この大きさじゃあの扉は支えられないね。日本風の引き戸にする? あれこれ考えたけど金属製品を調達しようと決めた。そのためにはこの異世界の町に行く必要がある。


 どのみち、この周辺の地理を知っておかないといけないし、一度は町にも行っておいたほうがいいだろうね。確か書庫には地図が描かれたような本があったはずだ。


「これだね。神様の所で見た、この世界の大陸と同じ形だ」


 いびつなダイヤモンドの形をした大陸で、大きな半島や島々もあるようだね。大陸全体の地図とその詳細な地図が一冊の本になっている。

 今がどの季節か分からないけど、太陽の位置は少し低いから、多分ここは北方の位置になるんだろう。


 地図の北の方を見ていくと、赤く小さな丸い印が書き記されている。今いるこの場所のことかな? 大陸西部の北側、三方を山に囲まれた森。

 その北側にはまだ土地が続いていて、その先には海がある。詳細な地図によると、そこは港町なのか名前が記されている。南と東にも大きな町があるみたいで、名前が書いてある。


「よし、確かめてみるか」


 この山に吹きつける上昇気流を利用して、空高くまで登れば周りがよく見れるだろう。地図を頭に入れて外に出て、翼を広げ旋回しながら上昇していく。


 洞窟のある山の頂上付近まで上昇すると、地平線が丸みを帯びているのが分かる。山の北側にある山脈の向こう、微かに青い海が見えた。でもここからじゃ港町があるかまで確認する事はできなかった。

 この周辺の地形を見る限り、あの地図の赤い印はここだろうね。


「それにしても、ここは寒いね~」


 いつものボディスーツだけじゃ寒いのも当たり前か。

 この近くにこの山より高い山は無いから、少し遠くに行っても山を目印にすれば迷うことは無いだろう。ここから一番近い南の町を探しに行ってみよう。

 太陽の位置を確認して、急降下しながらスピードを上げて南へと向かう。


 こんな遠くまで来たのは初めてだ。森を抜けると平原が続いていて、時には草原の丘になり、また森になることもある。人の気配はなく緑ばかりの大地が続いていた。


 飛び続けて三十分程経っただろうか、地表に丸い形の人工物が見えてきた。


「おおっ、あれが町かな」


 高い位置から見ると、川沿いの平原に町らしき物とそこから延びる街道のような道が見えた。少し降りてみると、城壁に囲まれた町で多くの家の屋根、それにお屋敷のような大きな建物まであるぞ。

 あまり高度を下げると帰りが面倒だし、今日はこんなところでいいかとリビティナは洞窟へと引き返す。

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