第5話 魔法を覚えよう

 翌日。洞窟前の平らな場所に椅子を用意して、本を片手に座る。この本は、なんと魔法の事が書かれた書物。


 昨夜、洞窟内に別の部屋を見つけ中に入ると、そこは書庫になっていた。この世界の事が色々と書かれた古い本が、何冊も書棚に綺麗に並べられていた。

 幸いな事にこの世界の文字は読めるみたいで、その中にあったのがこの魔法の本。


 この森には魔法を使う獣……魔獣と呼んでもいい生き物が沢山いる。それに対抗するには、やはりこちらも魔法を使うのが一番だ。

 神様はヴァンパイアの能力として魔法が使えると言っていた。でも『魔法』と念じて返ってくる答えは、おとぎ話の魔法の事ばかり。実際にどのように習得するのか答えは無かった。相変わらず使えないガイダンス機能だよ。


 今日からは青空の元、ここで魔法が習得できるか試してみる。洞窟内だと失敗して爆発でもしたら大変だからね。


「なに、なに。魔法とは空気中にある魔素を取り込んで、体内にある魔力で魔法として発現させるものである……」


 この空気中にね~。目を凝らしても手を振っても、息を大きく吸っても魔素というものは感じられない。この世界独特の目に見えないものなんだろう。


 そして魔法として発現できるのは、火、水、風、土の四属性と光と闇。光は治癒作用があると書かれている。闇は精神に作用したり、その他分類できないものを差すようだ。

 簡単な魔法なら、この世界の人達は誰でも使えるらしい。でも発現する属性は生まれついたもので、全ての属性を使える人は稀だと書かれている。


「ボクは全属性が使えると神様は言っていたね」


 この魔法の本によると、属性をイメージしてその種類にあった魔力を、体内から手に集中させると書いてある。だけど、転生してきたリビティナにとっては、そもそも体内の魔力というのがよく分からない。


「体内からね~。まあ、物は試しだ。手に火の属性をイメージして……」


 しかし何も起きず、じっと手を見る。


「えい、えい」と手を振ってみたけどダメだった。

 この世界の人は赤ちゃんの頃から魔法が使えるから、魔力の感覚も自然と分かるのだろう。常識みたいなものだから本にも書いていない。


「そうだ。呪文みたいなものを唱えたらいいんじゃないかな」


 呪文の事は本に書いてないけど、まずは形からと言う言葉もある。椅子から立ち上がり左手に開いた魔法の本を持ち、半身に構えて右手を広げて前に突きだす。

 そして、あの魔獣が撃ってきたような火の玉を頭の中にイメージして……


「体内の小さき炎よ! この手に集いて炎の塊へと姿を変えよ。ファイヤーボール!!」


 突きだした右手から炎の塊が飛び出して、前方に飛んで行った。


「ヒャホォ~、ボクにもできたぞ~」


 まだ小さな炎の塊だったけど、ちゃんと魔法が使えたよ~。両手の拳を握って天に突き上げガッツポーズをする。

 おっとっと、大事な魔法の本まで空に向かって投げちゃったよ。


 でも、これはすごい事だぞ。魔法が使えるのが分かったのは大きな一歩になる。ヴァンパイアには無限の時間がある。その時間を使えば、もっとすごい魔法だって使い熟すことができるようになるさ。


 地面に落ちた魔法の本を拾って砂を払う。この本を頼りに、その後も練習をする日々が続いた。



 ある程度、魔法が使えるようになると、実戦で使いたくなるのは人情というものだろう。ここで実戦というと魔獣相手に魔法を使うという事。

 書庫に所蔵されている本の中には、魔獣図鑑のような物もある。魔獣の姿形が絵に描かれていて、どの辺りに生息しているか詳しく書かれていた。


「まずは、こいつかな」


 沼近くに生息する巨大なカエル、絵を見ると中型犬くらいの大きさのようだね。

 水魔法を撃ってきて、その肉は白く淡白で、から揚げにすると美味であると書かれている。


 ――えへへ、今晩はから揚げかぁ~。


 よだれを垂らしそうになりながら、空を飛んで池の近くに降り立つ。

 ここは森林中央付近にある湖にほど近い湿地帯。池の周りには背の高い草が生い茂り鬱蒼としている。その池のほとりにお目当ての巨大ガエルが三匹いた。


 リビティナは草に身を隠しながら様子を覗う。今回は少し離れた場所から、魔法攻撃だけで倒すつもりだ。


「よ~し。まずは火魔法で……体内の小さき炎よ、この手に集いて炎の塊へと姿を変えよ。ファイヤーボール!!」


 小さな声で練習した通りの呪文を唱えると、火球がカエルに向かって飛んでいく。当たったと思った瞬間カエルたちは池の中に飛び込み火魔法を防いだ。


 池から顔を出した二匹がこちらに向かって液体を口から吐いて来た。図鑑に書いていた水魔法か!! 放物線を描き飛んでくる魔法を弾き返そうとリビティナは腕を振ったけど、その液体は腕にまとわりついてくる。


「うわぁ~、何だこれ!」


 ドロドロの液体は腕で白い煙を上げる。鼻にツンとくる臭い、これは強酸性の液体。これで体を溶かしにきているのか!?


「ち、小さき水の雫よ、この手に集いて水の塊となりて~~」


 慌てたリビティナは早口で呪文を唱え、水魔法で体全体を洗い流す。

 池には目と頭の角だけを出したカエルがこちらに近づき、三方向からファイヤーボールを撃って来た。


「エェ~、なんで火魔法なの~」


 図鑑に書いてあったのと違うじゃんかと思いつつ、一つは防げたものの、二つが直撃する。目の前が真っ赤に染まり炎に包まれたけど、体は大丈夫なようだ。


「み、水の雫よ、この手に集まり氷となりて……え~っと、え~っと、矢となりてかの者を射抜け。アイスアロー!」


 氷の矢を打ち込むけど、別の方向から火球が飛んできた。詠唱している間に移動されてしまった? 狙いも付けず魔法が来る方向へと何本もの矢を放ったけど、手ごたえがない。

 三方向から、またさっきのネバネバの液体が飛んできた。これは避けないと! 沼地に足を取られながらも移動すると、その先にもいくつもの液体が放物線を描いて飛んできて白い煙を上げる。


「クソ! 何なんだよ、こいつら~」


 もう怒ったぞ! 立ち上がって捨て身の肉弾戦を仕掛けようとしたけど、池は水を打ったように静まり返っていた。既に巨大ガエル達は逃げ去った後で、湿地帯の遥か彼方に飛び跳ねる後ろ姿だけが見えた。


「あぁ~、今晩のから揚げが~」


 カエルの魔物は何種類もいて、連携してくるんだなと思い知らされた。もっと魔法の詠唱を短くしなきゃと反省しながら、トボトボと洞窟へ帰るリビティナだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る