第54話【僕はきっと旅に出る】


強烈な落雷を受けて燃え上がったクレイスだったが、その恐るべき執念により生存能力が底上げされ、しぶとく再生を繰り返していた。

このまま時間を稼がれればやがて炎の発する黒煙が雲を呼び、大雨を降らすだろう。


「そんな…まだ生きてる…」


焼ける体を激しく震わせながらも倒れることのない歪な世界樹に、康は恐怖を覚えた。


「…早くあれを止めないと。誰か…」


コルアは戦場を見渡すも目に飛び込んでくるのは、横たわるモアやダイタス、ドラゴンゾンビの群れに打ち落とされるアスレイ達の悲惨な様相。

康の肩に乗るエリエスですらも魔力を使いきったことにより憔悴し、とてもではないが戦える状態ではない。


「もうひと押しで倒せるってのに…!」


炎を纏うクレイスが弱りきっているのは誰の目にも明白だった。

あともう一発雷を落とすことができたなら、あるいはドラゴンの炎を浴びせたり、強い衝撃を与えれば確実に倒せるだろう。


しかしそんな中で頼れる者はもういない。

強者はことごとく各々の役割を果たして力尽き、もはやこの戦場に立っているのは何の力も持たぬ昌也達だけ。


「このままじゃ世界が…」


「くそっ!こんな時に何もできねーなんて…」


「………あ…」


コルアと昌也が打ちひしがれる中で、康だけはトラックに手を置いて、突然何かに気が付いたように動きが止まった。


「…どうしたの、康?」


康の異変をいち早く察したエリエスが弱々しく尋ねる。


「あいつを倒す方法が一つだけある…」


「おっさん、まさか…」


康の導き出した答えに、薄々勘づいた昌也の顔色が変わる。

コルアとリセは首を傾げているが、それは口に出すこともはばかられる、最悪の決断だった。


「このトラックをあいつにぶつけて爆発させれば、きっと倒せる」


「確かに、それならきっと勝てます!でもどうやってあそこまで…」


言いながらコルアもその事実に気付いて声が小さくなる。


「それってもしかして…」


「僕が運転してあそこまで行く」


強い瞳でそう言い放つ康に、しばらく誰も言葉を発することができなかった。

しかし昌也が喉につっかえた言葉を無理矢理押し出す。


「…そんなの駄目だ。おっさん一人にそんな役目押し付けらんねーよ!」


「トラックを運転できるのは僕だけだ。だからこれは僕の役目なんだよ」


「何か他の方法を考えましょう。きっと何かあるはず…」


エリエスの提案に首を横に振る康。


「ううん、もう時間がない。僕は行くよ」


そう言って康は肩に乗るエリエスを優しい手付きでそっと握って地面に下ろした。

そして皆と向き合い、声を震わせて泣きそうになりながら最期のお別れを言う。


「みんな…本当にありがとう」


康はそれだけ言うと逃げるようにして運転席に乗り込んだ。

本当はもっと伝えたいことが沢山あった。

でもそれを全て言葉にするには時間が足りないし、何より口に出す勇気が持てなかった。

本当は別れたくなどないのに、その事実と向き合うのが怖かったのだ。


座席に座ってハンドルを握り、一度目を閉じる。

大きく深呼吸し、死という暗闇に仲間達の笑顔を浮かべてどうにか恐怖を打ち消すと、康は意を決してアクセルに足を置いた。


するとその直後、ガチャッ!と隣から音がした。


「…え?」


振り向くと、昌也やコルア、エリエスがなに食わぬ顔でトラックの中に入ってきたではないか。


「ちょっと!?すぐに出発するから降りてよ!」


思いもよらない事態に動揺を隠せない康はオロオロと視線を泳がせる。

それに対して皆はいたって平然とした様子でシートベルトの着用を始めた。


「一人で英雄になろうなんてずるいぞ、おっさん」


「そうそう。ここまできて良いとこどりは許しませんよ」


「都合が悪くなったら私達を捨てようだなんて、酷い男ね」


こうも皆から責められるとまるで自分が悪いような気さえしてくるが、康は冷静になってブンブンと首を横に振る。


「いやいやいや!トラックは一人いれば動かせるんだから、そんなの無駄死にだよ!?」


そんな康の肩に、再びエリエスが飛び乗った。


「無駄なんかじゃないわ。みんなで一緒に旅立てるんだもの」


「ほら、時間がねーんだから早く行こうぜ!」


昌也に急かされ、康は感極まってぼろぼろ流れる涙を拭いながら震える声を絞り出す。


「馬鹿だよみんな…僕なんかのために…」


泣き崩れる康に笑顔を見せた後、ここでコルアがふとトラックの外に降りた。


安心させるべきは康だけではない。

どうすればいいのか分からず、その場に佇むリセにも声をかける必要があった。


「…今からみんなで悪者をやっつけてくるから、リセは安全なところに逃げてくれる?」


「………」


リセの前にしゃがみこみ、優しく言葉をかけるコルア。

彼女はというと状況をよく分かっていないのか、それとも納得がいってないのか、ぬいぐるみを抱き締めたまま無言でコルアを見つめる。


「悪者がいなくなっても、世界をまとめる人がいないとまた別の悪者が生まれちゃう。だからリセには王女様として、プリムと一緒にみんなを導いてほしいんだ」


「………」


「できるかな?」


流れる沈黙。

しかしコルアは根気強く、リセが答えるのをじっと待った。

昌也達もそれが分かっているため、迫るタイムリミットを意識しつつも車内からそのやり取りを静かに見守っていた。


やがて、その甲斐あってリセの口が開く。


「…できる」


その声は小さかったが力強く、皆を安心させるのに充分な力を秘めていた。


「ありがとう」


コルアはリセとぬいぐるみのプリムの頭を撫でると、トラックに乗り込む。


「ずっと友達だよ、リセ!」


車内から手を振る皆の笑顔を目に焼き付けながら、リセもプリムを動かして手を振る。

トラックが動き出した後も、見えなくなるまでそれは続いたのだった。




「………」


これから行われるのはトラックそのものを武器とした捨て身の攻撃。

いかに命を捨てる覚悟を決めたとはいえ、それに乗る一行の雰囲気は重い。


沈黙に堪えかねた康が、車内に搭載されたCDの再生ボタンを押す。

するとすぐに聴き慣れたスピッツの歌が流れ、濁った空気を少しだけ澄み渡らせた。


心地よい音楽に耳を傾ける一行。


「…死ぬのって、痛いのかな」


何気ないコルアの呟きに、皆は心臓が引き締まる思いがした。

死という単語をなるべく考えないようにするも、やはりそれは嫌でも頭にまとわりついて離れない。

とはいえ、既に賽は投げられた。

今さらビクビクしていたって仕方ないと、昌也はあえて陽気な口調で場を和ませる。


「…さあなー。でも毒虫に針で刺されたり、胸を剣で貫かれるよりはマシなんじゃねーか?」


まさかの自虐的な会話内容に、プッ!と思わず吹き出す康。


「本当、あんな目に合ってよく生きてたよね昌也君」


「そう思うと、この中で大怪我するのって昌也ばかりね」


「理不尽だよな俺ばっかり。今まで何回死んだと思ったことか…」


そんな風に皆で笑い合っていると、あれほど頭を支配していた恐怖が不思議と消えていった。


「さて、いっちょぶちかますか!」


そしていよいよトラックの進む先にクレイスが迫る。

轟々と燃えながら再生を繰り返す世界樹の怪物を間近で見て、さすがに緊張で全身が震えた。



『!?』


エンジン音を轟かせながら近付いてくるトラックにクレイスも気付く。

その乗り物が何なのかは理解できなくとも、彼らの覚悟を決めた瞳に危機感を覚えた。


『僕に近付くな!!』


クレイスは燃える手から植物の蔓を伸ばし、トラックを叩き潰そうとする。


だが康もクレイスの動きを見ながら左右にハンドルをきり、ギリギリのところで攻撃を回避した。

蛇行するトラックの中で皆の体が揺れてぶつかり合う。


自分達がしくじれば世界が終わる。

たとえ何があってもこのトラックをぶつけなければならないんだという意志を強く持ち、康はスピードを上げた。

エンジンが唸り声を上げる。


間もなく衝突の時。


昌也は皆の肩に手を回して体を密接させた。


「…!」


康とコルア、エリエスもそれに合わせて身を寄せ合う。


「みんなと会えて良かった」


昌也の言葉に、皆は頷いた。


「僕も」

「自分も」

「私も」


目の前が炎で埋め尽くされ、もはや何も見えない。

それでも最期に感じたのは、肌に触れる仲間達の温もりだった。


「ありがとう」







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