第55話【異世界の運び屋】


ヒスタは見た。

トラックが世界樹を倒すべく炎の中に飛び込み、大爆発が巻き起こる瞬間を。

本営の兵士達を説得し、負傷者の救護のために戦地へと駆けつけた時のことである。


「そんな…」


両手で口元を押さえ、仲間達の最期を見届けるヒスタ。

潤んだその瞳には、トラックの衝突により根本を折られ、燃えながらグラグラと不安定に揺れる世界樹が映っていた。


だが悲しみに暮れている暇などない。

まだ多くの負傷者がこの戦地には取り残されているのだ。

ヒスタはごしごし目を擦ると、引き連れた兵士達に向かって指示を出す。


「…首謀者が倒れ、戦争は終わりました。急いで怪我人の回収と救護に当たってください。人類も魔族も関係なく、もう誰も死なせないように!」


兵士達は散開し、すぐに任務に当たった。






『…ちくしょう!こんなところで僕は…』


暗闇の中でもがくクレイス。

自分が生きているのか死んでいるのかも分からない、生と死の狭間。


『クレイス…、もう終わったのよ』


何もないこの暗黒の世界で、不意に声が聴こえた。


『ガルマ!?』


振り向くとそこには自分が飲み込んだはずのガルマの姿があった。


『私達のやり方は世界から拒絶されてしまった。大人しく身を引いて、あとは彼らに委ねましょう』


『どいつもこいつも…どうして分かってくれないんだ!』


頭を抱えて激昂するクレイスを、ガルマは優しく諭す。


『…いつか世界があなたのことを受け入れてくれる日が訪れるかもしれない。でもそれは今じゃない』


『……っ』


悔しさのあまり塞ぎこんで子供のように泣きじゃくるクレイスをギュッと抱き締めるガルマ。


『それまでは眠りましょう。私がついてるわ、ずっと…』


『………』






炎と衝突のダメージでボロボロになった根本がとうとう折れ、世界樹が音を立てて崩れ落ちた。

再生が止まり、炎は全てを灰に変える。


そんな勝利の瞬間を戦場の片隅で座り込んで眺める者達がいた。


「…終わったんだな、今度こそ」


感慨深そうに呟くアスレイに、ヘイゼルが周囲を見渡しながら答える。


「一時はどうなるかと思ったが、あやつが死んで全てむくろに戻ったな。あと数秒遅かったら命は無かった…」


あちこちに散乱するドラゴンの死体に囲まれて、今頃やってきた恐怖に軽く身震いするヘイゼル。


「どんな気分だ、魔王よ…」


アスレイからの問いに、ヴァルガスは仰向けで寝そべりつつ答える。


「多くの命が失われた。我が起こした過去の過ちのせいで…」


「まったくだ。王女が死に、人類は騒乱の時代が訪れるだろう。この落とし前、どうつけてもらおうか」


ヘイゼルが起き上がって動かぬヴァルガスに槍を向けた。

直後、突然大地が大きく揺れ、ヘイゼルはよろめく。


「何だ!?」


「…世界樹を失い、自然界が秩序を失ったのです」


「?」


いつの間にか背後からやってきた少女がそれを制する。


「リセ…無事だったのか」


ヴァルガスが驚いて顔を上げる。

リセはそのまま三人のもとに歩み寄ると、深々と頭を下げた。


「…今回の件、魔族の王女として心からお詫びします。本当にごめんなさい」


幼い子供とは思えぬほど凛とした姿勢に、アスレイとヘイゼルは思わず自らも背筋を正す。


「あなた方のおかげで世界樹の暴走を止めることはできましたが、世界樹を失ったこの世界は統制を失い、このままいけば荒廃の一途を辿るでしょう」


「…つまり、どうすればいいんだ?」


訝しげに目を細めるアスレイの前で、リセはぬいぐるみの背中の縫い目を解き、中からある物を取り出した。


なんとそれは世界樹の種であった。


「ここに最後の世界樹の種があります。もしもあなた方が望むなら、これを人類に委ねます。それで今回の戦争に終止符を打って頂けないでしょうか」


「………」


「なんと…」


思いもしなかった提案に戸惑い、アスレイとヘイゼルは目を見合わせる。

確かにこれがあれば森羅万象を含む世界の全てを意のままに操ることができ、人類も魔族も超えた存在として君臨できるだろう。


しかし少し悩んで、アスレイとヘイゼルは二人して首を横に振った。


「俺は人間として人々を守る。樹になるなんてごめんだ」


「吾輩もやっと自由になれたのだ。これからは忠義も責任もなく気ままに隠居生活を送りたい」


彼らの答えを聞いてリセは静かに頷く。


「…分かりました。では私がこれを飲んで次なる世界樹となります。そしてこれからは魔界だけでなく人間界にも恩恵を分け与えれるよう精一杯努めます」


「駄目だリセ…。そんなことをすればお前は…!」


ヴァルガスが必死に止めようとするが、その弱りきった体を起こすことすらままならない。

そんな父に、リセは語りかける。


「…友達と約束したの、世界を導くと。だからパパは魔族の王としてみんなを導いて」


今までずっと無表情だったリセが、ニッコリと笑った。

それは父であるヴァルガスすら初めて目にする娘の笑顔であった。


皆が見守る前でリセは足を進め、そこから離れた場所でごくりと種を飲み込む。


するとみるみる内にその身体は緑の植物に覆われ、巨大な世界樹へと変貌を遂げ始めた。

その姿は先程まで君臨していた歪な怪物とは違い、色とりどりの花を宿した美しいものであった。

皆が見蕩れる前で天高く伸びる世界樹は大地にも根を張り巡らし、荒廃した大地を瞬く間に緑豊かな草原へと変えた。


一方空からは雪のように小さな白い胞子が降り注ぐ。


「これは…?」


警戒しながらそれを手で受け止めたアスレイの身体に変化が起こった。


「傷が癒えていく…」


胞子に触れるや、皆の怪我や疲れが嘘のように消えていったのだ。

魔界全土に舞い降りるそれは、次々と怪我人に元気と安らぎを与えていく。




「この魔力は…。そうか、リセ王女が…」


モアが新しく出現した世界樹を複雑な表情で見つめる。

すっかり傷も癒え、先程まで死にかけていたとは思えないくらい生気に満ち溢れた顔色をしていた。

しかしそれとは対照的に、ダイタスも傷が癒えているはずなのにその顔は暗く沈んでいた。


「どうしましたダイタス?」


「…実の孫を手にかけてしまった。やりきれんよ…」


息子に続いて孫も失った彼の悲痛な気持ちは想像にかたくない。

しかも自分の手で追い詰めたのだ。

素直に喜べなくて当然である。


モアはそんなダイタスの肩にポンと手を置いて慰めた。


「…今度一杯奢りますよ」


「…樽で頼む」


「え"!?ほどほどにお願いします…」


二人はのんびりと肩を抱き合い、城への帰路を歩み出したのだった。




「あ、見つけた!」


戦場を馬で掛け巡っていたヒスタと自警団の男は、世界樹のそばで佇むアスレイ達を発見するなり近付いて安否を確認する。


「良かった、皆さんご無事で………って、魔王も一緒ですか!?」


アスレイとヘイゼルの隣に立つヴァルガスに気付いて、とっさに身構えるヒスタ。


「大丈夫だヒスタ。もう戦争は終わった」


「はあ…、まあそういうことなら」


警戒を解きつつもまだ少し緊張気味なヒスタに、今度はアスレイが疑問を投げかける。


「ところであいつらはどこだ?あの鋼鉄の馬車に乗った連中は」


それを聞いた途端顔色を変えたヒスタを見て、何となく察していた事実が確信に変わる。


「彼らは世界樹を倒すために、あの乗り物ごとぶつかって…」


「…そうか」


流れる沈黙。

誰もがしばらくは現実を受け止められなかった。

敵なのか味方なのか分からない程あちこちで問題を起こしていた彼らだったが、悪人でないことだけは皆分かっていたからだ。


しばしの黙祷の後、ヘイゼルが首を傾げる。


「それにしても、あやつらは結局何者だったのだ?」


ヒスタは空を見上げ、雲の隙間からさす日差しに目をやりながら答える。


「…分かりません。でも、どこの国の人とも違う不思議な雰囲気を持ってました」


「別の世界…」


ぼそりとアスレイが呟いた。


「彼らは別の世界からやってきたと言っていた」


「異世界の運び屋…ですか?」


「…さあな。ただ一つだけ確かなのは、彼らは命をかけてこの世界を救った英雄だということだ」


その紛れもない事実に皆は頷き、微笑んだ。


これからもこの平和がずっと続くとは限らない。

もしかするとこの結果が正しくはなかったのかもしれない。


それでも壮大な世界樹がそびえ立つ美しいこの異世界で昌也達は確かに生き、感謝され、英雄として人々の記憶にいつまでも刻まれたのであった。


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