第48話【力の差】
「…それで、俺達はどうする?」
遠ざかるエリエス達の背中を見送りながら、昌也が康とコルアに問いかけた。
「とにかく今はここから離れよう!」
今や戦場の中心となったこの危険地帯に留まることはできないと判断した康は、大勢の兵士達を避けながら安全な場所を目指してハンドルをきる。
「でもリセのお父さんがあそこに…」
兵士達に囲まれるヴァルガスを心配するコルアをよそに、当のリセは気にも止めていないといった様子で静かに前を向いている。
「…パパなら大丈夫。人間には絶対負けないから」
「…?」
一体どこからそんな自信が来るというのか。
いくら魔族の王といえど、人類最強の戦士二人を同時に相手にするのは容易ではないはず。
昌也とコルアは不思議そうな目でリセを見ていた。
ドラゴンの口から吹き出た炎がヴァルガスに襲いかかる。
それは広範囲かつ高速で迫り来る回避不能の攻撃。
骨をも焼き尽くさんばかりの灼熱の炎に対して、ヴァルガスは涼しい顔で左手をかざした。
すると炎はまるで見えない壁に遮られるかの如く、渦を巻きながらヴァルガスの手の上で収まる。
「"業火の魔王"に、炎が通じると思うな!」
「!!」
ヴァルガスは炎の勢いをそのままに、ヘイゼルに向かってそれを跳ね返した。
ヘイゼルとドラゴンが自らの炎に包まれ悶える中、今度はアスレイが剣を抜いて斬りかかる。
電光石火の一撃を見切ったヴァルガスが大剣で受け止めると、互いの剣から雷光と火花がバチバチと弾け出た。
「貴様…その剣をどこで手に入れた?」
「これは母の形見だ。知らないとは言わせない」
「人間と駆け落ちした裏切り者の子か。多少の魔力は受け継いだようだが…」
圧倒的な力で剣をふるい、アスレイを弾き返すヴァルガス。
「まだまだ未熟だな。聖獣も出せぬ力量で我に挑んだことを後悔するがいい!」
ヴァルガスの叫びと同時に、周辺で燃え盛る火が大剣に引き寄せられて揺らめく。
炎はやがて不死鳥を思わせる巨大な鳥の形へと変貌を遂げると、遥か上空へと舞い上がってゆく。
一体何をしようというのか。
戦場の誰もがその光景に目を奪われる中で鳥が翼を大きく羽ばたかせたかと思うと、次の瞬間、無数の火球が大地に向かって降り注いだではないか。
火球は人間の兵士達を狙い澄まして次々と命中し、火だるまにしていく。
「あ……」
生きながら焼かれる者達の阿鼻叫喚に包まれて茫然とするアスレイの目の前にも死の炎が迫る。
しかし間一髪、ドラゴンに乗ったヘイゼルがアスレイを突き飛ばした。
先程までアスレイが立っていた場所に火球が直撃し、メラメラと燃え上がる。
「…あやつの力は想像以上だ。まともにやり合えば勝てぬ」
二人の前でヴァルガスは剣を構え、次なる攻撃への力を溜め込み始めたようだ。
「どうする?」
アスレイからの問いに、ヘイゼルは視線を魔王から逸らして走行中のトラックへと向けた。
「もはや人質を取るしかあるまい」
「待てヘイゼル!」
そんな制止にも耳を貸さず、ドラゴンは暴風を巻き起こして飛び立ったのだった。
「ところでさ、何で王女があんな森の中に一人でいたんだ?どう考えても城の中で籠ってた方が安全だろ?」
トラックの中で、昌也がふと頭に引っかかっていた疑問をリセにぶつけた。
コルアと康もやはり気になっていたことなのか、リセからの言葉に黙って耳を傾ける。
「魔族は人間に負けない。でも王として万が一の事態に備えなければいけなかった。だからパパは一族の全滅という最悪の結果だけは何としても回避するために、私を森のそばの小屋に隠した」
まだ小さな少女とは思えないほど大人びた受け答えから、育ちの良さが窺い知れる。
特に証拠はなくとも、こういうところを見せられるとやはり彼女は本物の王女なのだと納得させられた。
「…でも空からあのドラゴンに見つかって、慌てて森の中に逃げ込んだの」
リセの説明になるほど、と納得してコルアは頷く。
「せめて娘だけでも生き残ってほしいなんて、顔は怖いけど愛情深いお父さんなんですね…」
褒めているのか貶しているのかよく分からないコルアの素直な感想に昌也と康が苦笑いを浮かべる中、リセだけはぬいぐるみをギュッと握り締めてどこか深刻な表情で俯いた。
「ううん、愛だけじゃない。私には王の娘としての使命が…」
ドンッ!と凄まじい衝撃と共に、視界が引っくり返る。
「っ!?」
それは突然の出来事だった。
上空から急降下してきたドラゴンによってトラックが弾き飛ばされたのだ。
勢いよく地面を跳ねて横転するトラック。
「…!」
ドラゴンによるトラック急襲を目撃したヴァルガス。
すかさずそちらへ向きを変えるも、それを邪魔する者がただ一人。
「待て。お前の相手は俺だ!」
アスレイである。
無防備な背中に剣を突き付けられ、流石のヴァルガスもその存在を無視などできなかった。
娘であるリセの安否が分からぬ今、先程まで余裕の表情を見せていた彼にも今回ばかりは焦りの色が見えた。
「そんなに死にたいか!?」
魔王の燃え上がる怒りの矛先がアスレイへと向けられた。
横転したトラックの内部。
一瞬飛んでいた意識が戻り、酷い耳鳴りがキーンと頭に響く。
朦朧とする意識の中、昌也がゆっくりと左右に目をやると、天と地が反転したトラックの中で頭から血を流す仲間達の姿があった。
誰もかれもが目を閉じたまま動く気配がなく、生きているのかどうかさえ定かではない。
「……な………みんな……」
「………?」
必死で絞りだした昌也の声に反応したのは康だ。
うっすらと瞼を開けると、頬から垂れた血が目に入り込んで視界が赤く染まる。
「…何が…起こって……?」
目を擦りながら、康が割れた窓の外を見て状況を確認する。
「ドラゴンが急にぶつかってきたんだ…。ちくしょう……コルア…コルア!」
「…う………」
昌也の呼び掛けに気付き、コルアとリセも揃って目覚めた。
二人とも何が起こったか理解できていないといった顔をしていたが、リセの方はすぐにハッと何かに気付き、落ち着きがない様子だ。
「…リセ!?」
急に慌ただしくトラックから這い出したリセを追うように、昌也達も身を引きずって何とか脱出する。
横転したトラックから命からがら抜け出した一行を待ち構えていたのは他ならぬヘイゼルとドラゴン。
彼は怪我を負って地を這う昌也達に手を差し伸べるどころか、冷酷な瞳で戦槍を向けた。
「…プリム!」
不運にもヘイゼルのそばに落ちていたぬいぐるみを見つけてリセが走る。
大地のあちこちで
「行っちゃダメ!」
とっさにリセの腕を掴み、引きとどめるコルア。
「プリムがあそこに!」
「諦めろ!ぬいぐるみなんかよりお前の方が大事だ!」
コルアを引き剥がさんばかりの勢いのリセを見て、昌也も一緒にしがみつく。
康はドラゴンを恐れながらも足を踏み出し、皆を守るべくヘイゼルの前へと立ち塞がった。
「…非力なうぬらに何ができる?大人しく王女を渡さぬなら力付くで貰い受けるまでよ」
その時何を思ったか、コルアがヘイゼルに向かって全力で走った。
「コルア!?」
「コルアちゃん!?」
皆の目の前で、コルアはぬいぐるみを拾い上げる。
…が、それと同時にドラゴンの巨大な足がコルアの体を踏み潰した。
「うっ…!!」
死なない程度にミシミシと体重をかけて、ドラゴンはコルアを拘束する。
苦痛に顔を歪めながらも、コルアは決してぬいぐるみを離そうとはしなかった。
「馬鹿、何でぬいぐるみなんかのために!?」
「この子はリセの友達なんです…」
昌也達に向かって微笑みかけるコルアを、ヘイゼルは容赦なく追い込む。
「王女を渡せ。さもなくばこの者の命はないぞ!」
その目は本気だった。
渡してはいけないとコルアが首を横に振ると、さらに足の重みが増して堪らず口から悲鳴が漏れた。
「……うぐっ!!」
苦しむ仲間と幼い少女の命を天秤にかけられ、昌也と康の額から冷や汗が垂れた。
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