第47話【二人の王女】
"鋼鉄の馬車に乗った連中が魔族の王女を連れ去ったらしい"
その衝撃的な一報は人類、魔族双方の陣営に瞬く間に広がることとなった。
無論、それを耳にした魔王ヴァルガスが黙っているはずなどない。
「
巨城の中にある会議室で、戦略地図を広げた長机を叩く鈍い音が響き渡る。
白銀の髪の毛をクシャッと掻き、真っ赤な瞳を怒りに震わせるヴァルガスからの圧を恐れ、机を囲う幹部達は揃って顔を伏せていた。
「万が一に備えて辺境の地に隠したのが裏目に出たか。…馬車の行方は?」
ヴァルガスに睨まれ、幹部の一人が上擦った声で答える。
「現在魔獣達を放って地上と空から追跡中です。それで、どうやら連中はこちらの方角に進行しているようでして…」
「目の前にぶら下げて交渉材料にするつもりか、舐めた真似を…!」
金の彩飾が施された漆黒のコートを羽織り、壁に立て掛けていた大剣を背負うヴァルガス。
「どうされるおつもりで?」
「今からそいつらの元へ向かう」
「なっ…王自ら!?城の外は危険です!!」
「すでに人類の全戦力がこちらに向かってきている。今の魔界に安全な場所など無い!」
そのまま部屋を飛び出したヴァルガスに、取り残された幹部達はどうしたものかと目を見合わせたのだった。
一方、人類の陣営でも動きがあった。
「追跡隊を組織し、何としてでも魔族よりも先にこの者達を捕らえよ」
黒ずくめの仮面の男、クレイスが野営地にて昌也達の手配書をクシャリと握り潰す。
その後ろではエリエス王女に扮したガルマも無言で立っていた。
「私が行きます」と一歩前へ出たのは閃光の騎士アスレイだ。
クレイスは手配書を捨ててアスレイの方を向いた。
「いや、アスレイ隊長はここでエリエス王女の護衛につくべきだ。誰か他の者に…」
「私は彼らと面識があります。必ずやご期待に沿えるかと」
「…では迅速に任務を達成し、ここに帰還せよ」
「は!」
アスレイがガルマに敬礼して早速出発しようとすると、何者かが小さく声を発した。
「あの…」
「?」
「私も一緒に連れて行ってくれませんか?」
振り向くと、声の主はこの戦場にはとても似つかわしくないような、おかっぱ頭で丸眼鏡の少女であった。
「お前は確か…"博識"のヒスタだな。参謀役のお前がなぜ追跡隊に加わる?」
皆の視線を浴びて、ヒスタと、同じ町から付き添いでやってきた自警団の男は緊張で肩が強張る。
「彼らは私の友達です。彼らにどんな事情があったのかは知りませんが、私に説得させてください」
「友達だと?」
正直なところ、ここにいる誰もヒスタに参謀としての活躍など期待してはいなかった。
従軍経験もない田舎の小娘が戦争で役に立つわけがないと。
それがむしろ幸いであった。
本隊に残す価値もなく、使いどころの分からないヒスタを連れていくことは作戦に何ら支障はないとアスレイは判断したのだ。
「前線はここよりも遥かに危険だぞ」
「分かってます。でもそんな危険なところに友達がいるのを放っておけません」
「………」
覚悟を決めたヒスタの瞳を目の当たりにし、アスレイは彼女の同行を許可する。
「よかろう。すぐに出発するぞ」
「はい!」
こうして昌也達の追跡隊が、アスレイ、ヒスタらを中心として結成されたのであった。
ガタガタと揺れ動くトラックの中で、昌也達全員の視線がその少女に注がれていた。
「本当にその子が魔族の王女なのか?」
コルアの膝の上にちょこんと座り、ぬいぐるみを大事そうに抱き締めて窓の外を眺める少女を見ながら、昌也が疑問を呈する。
「もし本当だとしたら今頃、人類も魔族も血眼になって私達のことを捜してるはずよ」とエリエス。
「ねえ、君って王女なの?」
コルアが顔を覗き込みながら尋ねるも、少女はコルアの瞳をジッと見つめるだけで何も答えようとしない。
「名前は?」
昌也からの問いにも、やはり少女は答えない。
…ダメだこりゃ、と昌也は溜め息を吐いて背もたれに倒れる。
意志疎通が取れない相手を前に皆がお手上げ状態の中、少女は興味の対象をコルアからエリエスへと変えた。
「………」
「な、なに…?」
何かを探るかのように、赤い瞳同士が重なり合う。
しばらくして、少女はエリエスを指さしながらようやく口を開いた。
「魔物」
「え?」
唐突に発せられたその一言に皆が戸惑っていると、少女は続けてコルアを指さした。
「リノルア」
「あ、はい」
「人間」
「お、おう…」
順番に昌也と康も指さされ、たじたじと返事をする。
「どうして一緒にいるの?」
「どうして…って言われてもな…」
「みんな友達だからだよ」
どう答えたらいいものかと視線を泳がせる昌也とは対照的に、自信満々に答えるコルア。
「友達?」
「そう」
「…わたしも、友達になれる?」
不安げに見つめてくる少女に対して、コルアは満面の笑みで返した。
「もちろんだよ!」
少女はそれを聞くと頬を緩ませ、持っているぬいぐるみをコルアに見せる。
「この子はわたしの友達」
「その子の名前はなんて言うの?」
「プリム」
「じゃあプリムもみんなの友達だね!君とも友達になりたいから、名前を教えてくれる?」
「…リセ」
「よろしくね、リセ。今から君を家族のところに送り届けるから、リセもみんなの事を信じてくれる?」
「うん」
昌也達は驚いた。
先程まで何を尋ねても無言だった少女が、いとも簡単に心を開いたことが。
それもこれも、コルアの明るく迷いのない態度あってこそだろう。
「…それにしても、魔族の王女と人類の王女がどっちもこのトラックに乗ってるなんて、とんでもねー状況だな」
「責任重大だね…」
二人の王女を運んでいる。
その事実に昌也と康は震える。
「とりあえず世界樹のそばにあるお城を目指してるけど、本当に大丈夫かな…。襲われたりしないよね?」
康の不安げな呟きに、エリエスが答える。
「この子を家族のもとに帰すのが最優先よ。それにこの子が乗ってる状態では向こうも下手に手出しはしないはず」
「…だといいけどな。あれ見てみろよ」
トラックの左側、昌也が指差した先に少数の騎兵隊が見えた。
まだ遠くにいるそれが人間の兵士なのか魔族の兵士なのかは定かではないが、明らかにこちらを狙い澄まして向かってきていることだけは分かった。
馬の脚が早く、このままだと接近するのは時間の問題だ。
「あの旗は…王の剣ね」
「…てことは人間か」
「彼らに事情を説明すれば、きっと分かってもらえますよ」
コルアの提案に、エリエスは首を横に振る。
「いいえ、彼らは私達の話なんて聞いてくれない。アルマーナでの出来事を思い出して」
「じゃあこのまま逃げるよ」
アクセルを強く踏み、トラックの速度を上げる康。
だが騎兵隊の先頭を走る1頭の馬がトラックに追い付いて横につく。
乗っていたのはアスレイだった。
「止まれ運び屋!今すぐ王女をこっちに渡せ」
「アスレイ!?またお前か!」
「それはこっちのセリフだ!!厄介事ばかり運びやがって…。聖剣はどこにある!?」
「壊したよあんなもん。あんな危ねー武器、この世には無い方がいいからな!」
「何…!?」
昌也とアスレイがそんな風に言葉を投げ合っていると、もう一頭別の馬が反対側に回ってきた。
それに乗っていたのはヒスタと自警団の男。
「みんな~!」
「ヒスタ!?何でここにいるの!?」
エリエスが驚きの声を上げる。
「戦争に召集されたんです!あなた達こそ、どうして王女を拐ったりなんかしたんですか?」
「聞いて!この戦争は仕組まれてる。人類が勝てば世界が危険にさらされるの!」
「どういうことですか!?」
意味が分からないといった風に聞き返すヒスタ。
その時、2頭の馬に挟まれながら真っ直ぐトラックを走らせていた康は、前方からこちらに迫ってくる他の軍勢に気付いた。
「みんな、前見て!」
「!」
「あれはまさか…!!」
いち早くその正体に気付いたアスレイの額を冷や汗が伝う。
漆黒の馬に乗り、白銀の髪を靡かせながら先頭を走る男。
彼の鋭い瞳は遠くからでもハッキリと分かるほどの激しい怒りを放ち、その場の全員の背筋を凍りつかせる。
男は皆の前でゆっくりと背中の大剣を引き抜いた。
特殊な鞘と刀身が擦れた摩擦でバチバチと火花が散ったかと思うと、その小さな火種は瞬く間に巨大な炎の塊と化し、剣の上で燃え盛る。
「パパだ…」
窓にペタリと顔を張り付けたリセの呟きに、車内の皆が振り向いた。
「…てことは、あれが魔族の王様ですか!?」
初めてお目にかかる魔界の王の姿に、コルアの視線が釘付けになる。
皆の視線を一身に浴びながら、ヴァルガスの真上で炎は巨大な鳥の形に変わり、恐ろしげに揺らめく。
「もしかしてあれってヤバいんじゃね…」
「娘が乗ってるのよ?流石に私達に向かって攻撃なんて…」
昌也とエリエスが喋っている途中で、ヴァルガスは火の鳥をトラック目掛けて容赦なく放ったではないか。
「「してきたーー!!」」
康とコルアの絶叫が響く。
業火が翼を広げ、トラックを包み込もうとしたまさにその時。
突如として真上から降り注いだ謎の炎が、火の鳥とぶつかって打ち消した。
「…まさかこんな形で魔王が釣れるとはな」
「!?」
突風を巻き起こしながら上空よりドラゴンと共に舞い降りたるは、竜騎士ヘイゼル。
「…今すぐ娘を返せ。さもなくば皆殺しにする!」
牙を剥き出しにしながら燃える大剣の切っ先を向けてくるヴァルガスに対して、ヘイゼルはいたって涼しい顔を見せる。
「どちらが不利か分かっていないようだな、魔王よ。既に王手は掛けられた」
ヘイゼルの横にアスレイがやってきてヴァルガスと対峙する。
人類の最高戦力2人を前にして、さすがの魔王も眉間に皺を寄せて舌打ちした。
アスレイはヴァルガスと対峙しながら、ヒスタに向かって一つの指示を出した。
「ヒスタ!お前は今すぐ本隊に戻って王女達に魔王が出たことを伝えろ。俺達はここで必ず奴を討ち取る」
ヒスタの返事を待たずして再び魔王から凄まじい炎の攻撃が放たれる。
ヘイゼルはとっさにドラゴンを操り、アスレイは剣から放つ電撃で対抗する。
そんな激戦にヒスタが入り込む余地などなかった。
さらには双方の部下達も続々と援護に駆け付けて、戦闘の規模はみるみる内に膨れ上がっていく。
「早く行け!!」
「わ、分かりました!」
戦場を渦巻く危険な空気をピリピリと肌で感じ取り、一刻も早くこの場から抜け出したかったヒスタと自警団の男は慌てて馬の身を翻す。
馬が走り出す直前で、横からヒスタ達の会話を耳にしていたエリエスが急にトラックの窓から血相を変えて呼び掛けた。
「あなた達、王女のところに行くの!?」
「ええ!戦況を伝えて援軍を送ってもらわないと…」
「私もそこに連れていって!」
「ええっ!?」
エリエスからの突然の提案に、ヒスタだけでなく昌也達も戸惑いを隠せない。
「奴らに近付く絶好のチャンスよ!この機を逃せば次は無い」
「じゃあ僕達も…」
「いいえ、リセを連れて人類の陣営には行けない。あなた達はこの子を守って」
追従しようとした康をエリエスが止める。
彼女の意見は正しい。
トラックに匿っているリセが魔族の王女なのに加え、昌也達自身も指名手配の身。
迂闊に兵士達の前に姿を現そうものなら、問答無用で襲われることは目に見えている。
「じゃあ離れ離れになるってことですか!?」
不安や寂しさが入り交じって泣きそうになるコルア。
「体を取り戻したらすぐにこの戦争を止めて帰ってくるから、私を行かせて」
そんなエリエスの強い意志を受け、コルアはコクリと頷いた。
そしてその気持ちは他の仲間達も同じ。
「俺達のことは心配すんな。今までみたいにどんな危険でも乗り越えてやるさ」
「絶対に無理はしないでねエリエス。あとでまたきっと会おう」
康がトラックの窓を開けると、強い風が熱気を纏ってトラックの中を吹き抜ける。
「ヒスタちゃん、これを!」
「!」
康が窓から投げたものをヒスタがキャッチする。
それは水の魔石であった。
「忘れたら大変だよ」
微笑む康に、エリエスもまた微笑みで返した。
「…ありがとうみんな」
エリエスはそう言い残すと、ヒスタの伸ばす手の上に飛び乗ったのだった。
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