第五章 異世界の運び屋
第46話【託された運命】
ドラゴンやトロールをも動員し、魔界の総力をもって人類の進行を食い止めていた魔族。
しかし戦況は確実に人類の優勢が続き、前線が突破されるのは時間の問題に思えた。
激しい戦闘の最中、若い魔族の男が一人、人間の兵士に殺されようとしていた。
重症を負い、這いつくばることしかできない彼に対して人間の兵士が剣を向ける。
「降伏しろ!この戦場、もはや我々の勝ちだ」
「…ふざけるな。世界樹の価値も知らぬ野蛮人どもが」
死を目前にしても闘志の消えぬ魔族に対して、兵士は無言で剣を振り下ろした。
だが突然横から現れた硬い樹の杖によって、その刃が止められたではないか。
「!?」
両者が驚いてそちらを向くと、そこに立っていたのは魔王軍の参謀、モアだった。
モアはそのまま杖で兵士を殴り倒すと、魔族の男に目を配る。
「モア様、探しましたよ!今まで一体どこへ…」
「戦況は?」
「敵はここに全戦力を投入して一点突破を図るつもりです。援軍が来るまで持ちこたえられるかどうか…」
「なるほど、随分と大胆な…」
その時モアは、遠くの空でドラゴンに乗った人間が西の方角へと向かっている様子を目撃した。
(確かあの方角は…)
少し考えた後、ハッとしたモアは焦った様子で男に問いかける。
「ガレム
「人類の進軍を阻止するため、魔界全土の兵は全てここに集結するようにと…」
「…まずい!奴らの狙いは………」
西に向かって、魔界の森をトラックが走る。
しかしその速度はゆっくりと、かつフラフラと進行方向が定まっていないかのような重い足取りであった。
「…カトリシアはこっちの方角でいいのかい?」
「わかんねぇ…。そもそも俺達は今どこにいるんだ?」
不安げな康の問い掛けに対して、昌也もまた問い掛けで返す。
昌也、コルア、エリエスの三名は助手席にて広げた地図を食い入るように見ていたが、誰一人として現在地を把握できてはいなかった。
「世界樹を見れば大体の方角が分かるんだけど…」
「その世界樹が見えないんですよねぇ…」
エリエスとコルアは視線を地図から外して窓の外へと向けるが、周囲一体は森の木々で埋め尽くされており、生い茂る葉が空すらも覆い隠していた。
ザワザワと風になびいた木がまるで生き物の如く枝を激しく揺らす。
「…というか、さっきから同じところをぐるぐる回ってないか?」
「そんなはずは…」
進んでも進んでも変わらない景色に昌也は違和感を覚え、康も首を傾げた。
どれだけトラックを走らせても一向に見えない出口。
それもそのはず。
何せこの森の木々は…
「あーーーっ!木が動いてる!!」
「えっ!?」
コルアがいきなり後方を指さして叫んだことに、一行は驚いて振り向く。
するとコルアの言う通り、よく見ると過ぎ去った後の木々が密かにトラックの前に先回りして新たな道を作り出していたのだ。
「そんなのありかよ!?」
「…どおりで出口が見付からないわけね」
昌也は開いた口が塞がらず、エリエスも大きな溜息をつく。
だが、仕組みが分かったところで解決策が見入だせたわけではない。
「ど、どうすればいいの!?」
このまま木々の作り出す道に沿って走り続けていたのでは、一生森から抜け出すことは叶わないだろう。
かといって木にぶつかりながら強引に進めばトラックが壊れかねず、はっきり言ってお手上げ状態だ。
「もしかするとこっちが止まれば、木が先に歩いて行ったりとか…」
コルアの提案を受け、康はブレーキを踏んでトラックを止めてみる。
すると周囲の木々もそれに合わせてピタリと動きを止めた。
「…しませんよねー、やっぱり」
「エリエス…」と昌也が呼ぶ。
「ガソリンで全部焼き払おうぜ」
「いえ、それはさすがに…」
冗談なのか本気なのか分からない昌也の声のトーンに苦笑いを浮かべるエリエス。
その直後のことである。
突如として森から火が上がったのだ。
炎を纏った木々が苦しそうに枝を揺らし、燃えた葉が舞い散る。
それは
「まさか本当に燃やしたのか!?」
驚く昌也に、エリエスは慌てて首を横に振る。
「違う、私じゃない!」
「じゃあこれは…」
「とにかく早くここから逃げるよ!」
康がアクセルを踏み、再び発進するトラック。
焼け倒れる木を避けながら、ガタガタと荒い道をひたすら突き進む。
やっと焼けていない木々まで辿り着たかと思いきや、またもどこからともなく火の手が上がり炎獄は続く。
「このままだと蒸し焼きになっちまうぞ…」
「一体何なんですかこの火は!?」
熱気にやられて皆がパニックに陥る中、康は前方に、炎を掻き分けて走る人の姿を見付けた。
顔まではよく見えないものの、赤いフード付きの服を身に纏った小柄な人物である。
もしかすると子供かもしれないと感じた。
「見て、誰かいる!」
「あんなとこにいたら焼け死ぬぞ!?」
「助けに行きましょう!」
急いでトラックをその人物の横につけて速度を落とし、コルアはドアを開ける。
開いたドアの隙間から焼けるような熱気が一気に入り込み、車内の温度を急激に上げた。
まさに灼熱地獄だ。
熱さに堪えかねて咄嗟に腕で顔を覆い隠しながら、コルアは必死に手を差し伸べる。
「早くこっちへ!」
「っ!?」
その人物がトラックとコルアに気が付いて振り向く。
銀色のウェーブ髪に、赤い瞳をした幼い少女であった。
鳥の形をしたぬいぐるみを大事そうに抱え、見るからにあどけない雰囲気を漂わせている。
少女は接近してきた謎の存在に警戒して、立ち止まるどころかさらに走る速度を上げる。
「あ!ちょっと待っ…」
どうにか掴まえようと身を乗り出すコルアの目の前で、突然木々がバキバキと音を立てて薙ぎ倒された。
「…あれは!?」
炎の中から出現したそれに、一行は息を飲む。
それは巨大な漆黒のドラゴンと、それに跨がる老兵士。
竜騎士ヘイゼルである。
ドラゴンが翼を羽ばたかせたことにより突風が巻き起こり、風圧で少女が足を挫いた。
トラックすらもガタガタと横転しそうなほど強く揺れ、コルア達は座席にしがみつく。
「…うぬらは確か、指名手配されている輩だな?」
ヘイゼルは一行の存在に気が付くと鋭い眼で睨みつけてきた。
主人の敵意を察してか、ドラゴンも鼻息を荒くして身構えていた。
「ヤバい、ドラゴンだ…!」
「しかも前に会ったのより大きい…」
広大な森を瞬く間に焦土へと変えてしまう火力。
そして全速力のトラックにも追い付くスピード。
そんなドラゴンの恐ろしさを既に身をもって体験している昌也と康の顔が青ざめる。
「うぬらが何故ここにいるのかは知らぬが、とっとと失せれば見逃してやろう。今は賞金どころではないのでな」
思いもしなかったヘイゼルの提案に二人は安堵した。
「良かった…」
「早く行こうぜ。あんなの相手にしてらんねーよ!」
「でもあの子は!?」
コルアが少女を指差す。
燃え盛る焦土の上で横たわる子供をこのまま放っておくことなどできようか。
「助けましょう!」
エリエスの声に弾かれてトラックから降りようとするコルアに対して、ヘイゼルが自分の身の丈程もある長い
「おっと、そやつは吾輩の獲物だ。手出し無用」
「え…?」
ヘイゼルの放つ不穏な気配に一行が戸惑っていると、何者かの声が背後から響く。
「その子を渡してはならない!」
振り向くと、声の主はモアであった。
土の魔力で作り出した馬に跨がり、少女のそばへと駆けてくる。
「モア!?」
予想だにしなかった人物の登場に驚愕の表情を浮かべる一行。
モアがそのまま少女を抱き抱えようとするや、すかさずヘイゼルとドラゴンが飛びかかった。
「!!」
ヘイゼルの槍が突き刺さり、土の馬が粉々に砕け散る。
落馬の衝撃から体勢を立て直したモアは即座に大地から巨大なゴーレムを召喚し、ドラゴンからの追撃を防いだ。
だがドラゴンの巨躯を受け止めたはいいものの、強度が足らずにゴーレムの体にビキビキと亀裂が走った。
このままではまずいと判断したモアは顔を歪ませ、少女をトラックに向かって走らせる。
「その子を守ってくれ!」
「!?」
訳が分からないまま、とにかく少女を抱き寄せようとするコルア達に対してヘイゼルが睨みをきかせる。
「死にたくなければ余計なことをするな!そやつは魔族の王女だぞ」
「魔族の王女!?」
「それを人質として魔族を降伏させるのが我が使命。よもや人間のくせに、魔族に肩入れするのではあるまいな?」
ヘイゼルは少女を捕らえようとするも、ゴーレムに押さえつけられているせいで身動きが取れずに舌打ちした。
「………」
昌也達は無言で互いの目を見合わせる。
もしも彼の言葉が真実なら、この少女をどうするかで戦争の行く末が決定的に変わるだろう。
人類を助けるか、魔族を助けるか。
そんな大きな決断にも、昌也達にとっては迷う要素などなかった。
"目の前で傷付いている人を助ける"
皆は頷いて、少女をトラックへと引き入れた。
「おのれ…!」
血走ったヘイゼルの瞳に、走り去ろうとするトラックの姿が映る。
「自分は人間じゃなくてリノルアだもんねーーだ!」
トラックの窓から悪戯っぽく舌を出すコルアを見て、モアが「…フフッ」と笑った。
「何がおかしいか!?」
怒り狂うヘイゼルの攻撃をどうにか押し止めながら、モアは答える。
「いや…世界の運命があんな得体の知れない連中の手に委ねられたかと思うと、可笑しくてね」
モアにとっても彼らは味方どころか、むしろつい先程まで殺し合っていた敵同士。
そんな相手を信用して王女を送り出した自分に対しても馬鹿馬鹿しく不思議な気持ちになったのだ。
「黙れ!うぬを殺してすぐに捕らえるまでよ」
「…っ!」
燃え盛る森から脱出したトラックの後方で、大規模な爆発が巻き起こる。
それはドラゴンの怒りか、はたまたモアの反撃によるものか定かではない。
この果てしない戦場の片隅でそのトラックが運ぶのが希望か絶望かさえ、まだ誰も知る由もなかった。
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