第38話【化けの皮】
「マサヤー!」
コルアの大きな声が、深い森の中で響く。
三匹の魔獣に先導されながら、コルア、康、エリエスは消えた昌也を必死に探していた。
草木を切り捨てて進んだような痕跡と、魔獣の嗅覚だけを頼りに手探りで捜索を続ける。
「昌也君ー!」
逃げて行ったくらいだから、こちらの呼びかけに応じるとはとても思えない。
それでも昌也が仲間を抜けたとは信じたくない心が、喉の奥から声を絞り出させる。
『…あまり大声を出すな。この森にいるのは俺達のように言葉が通じる奴らばかりじゃないぞ』
『トロールやドラゴンに見つかると厄介だ』
『あいつらは魔物も人間も見境なく喰い殺すからな』
魔獣達からの警告を受け、コルアと康は慌てて口を閉じる。
「そんなのがいるなら、なおさら昌也を早く見つけなきゃ…」
水の精霊の上からエリエスが呟く。
彼女の言う通り、いくら聖剣を持っているとはいえ孤立している昌也が魔物に遭遇すれば危険だ。
ここは魔界の森。
本来足を踏み入れた者は生きて出られない土地なのだ。
『…ところでお前、魔物のくせになんで人間の味方なんかしてるんだ?』
先頭を行く魔獣の一匹がふとエリエスの方を向き、不思議そうに尋ねる。
その質問に他の二匹も興味津々な様子で振り向いた。
『弱味でも握られてるんじゃないか』
『いやいや、逆に利用してるんだろ』
小馬鹿にしたような魔獣達からの追及に、エリエスはやれやれと少し困ったような顔で返す。
「彼らには水の魔力が必要で、私にはカトリシアまで行くための手段が必要だった。互いに利害が一致してるから一緒に旅をしてるのよ」
『…変わった連中なんだな』
魔獣は勝手にそう納得して前を向くと、再び昌也の匂いを辿った。
(利害か…。でも確かにエリエスがついてきてくれたのはカトリシアまで連れていく約束をしたからだ…)
今まで手を取り合って様々な困難を乗り越えてきた仲間だというのに、単なる利害関係での付き合いだと考えると少し寂しくなる康。
だが思い返せばもともとは自分達が水の魔石を狙ってエリエスを襲い、掴まえた後に和解したというだけのこと。
もしかするとこちらが思っているような絆を彼女の方は感じていないのかもしれない。
「そういえばずっと聞いたことなかったけど、エリエスがカトリシアに行きたい理由ってなんだい?」
「え…?」
何気ない康の言葉に硬直するエリエス。
ここでそんなことを聞かれるとは思わなかったのだろう。
しかし少し間を置いた後、再び精霊を歩かせながら答えた。
「会わなきゃいけない人がいるの」
「それって、友達とか家族?」
「いいえ。そいつはある日突然やってきて、私から全てを奪った悪党…」
「なるほど、復讐の物語ってわけですね…」
会話を横から聞いていたコルアが何やらフムフムと頷いている。
そんなコルアの発言が
「復讐なんかじゃない!私はただ取り戻したいだけ。私の…」
『おい!いたぞ』
その時、エリエスの言葉を遮るように突然魔獣が声を上げた。
全員がそちらを向くと、そこには木の根元に腰を下ろして休んでいる昌也の姿が。
「マサヤ!」「昌也君!」
すぐにそばへと駆けつけてその身を案じたコルアと康は、幸い魔物に襲われた形跡もない昌也の無事な姿を見てホッと一安心する。
「心配したんですよ~!」
「見つかって良かった…本当に」
泣きそうになりながら昌也に抱きつくコルア。
さっきまで暗く沈んでいた康の顔にも笑顔が戻った。
当の昌也はというと特に何かを語るでもなく、「ハハ…」と申し訳なさげに乾いた笑みを浮かべるだけ。
後ろめたさを感じているのだろうか、どこか元気が無く視線を合わせようとしなかった。
「…こんな危険な場所で単独行動を取るなんて一体どういうつもり?」
そこへエリエスがやってきたことで、周囲の空気がピリピリと張りつめる。
皆が顔を綻ばせて安堵する中で、彼女だけは鋭く細めた目で昌也のことを睨んでいた。
エリエスの強い口調に、昌也もムッと唇を閉じて不快感を露にした。
「…そんなの俺の勝手だろ」
「あなたの自分勝手な行動で皆が危ない目に合ってるのよ。少しは自覚と責任感を持って!」
「別に探してほしかったわけじゃねーし。そもそもお前らが剣を壊そうとするから…」
「そんなに剣が大事?仲間を捨ててまであなたは力が欲しいの!?」
「ああそうだよ!!」
カッとなり、つい口を
「…本気で言ってるの?」
絶句する康やコルア、エリエスを目の当たりにして昌也もハッと我に返るが、出した言葉は引っ込まない。
今さら及び腰になるわけにもいかず、昌也は勢いに任せて強硬な態度を取り続ける。
「お前には分かんねーだろうな!水の魔力で何でも思い通りになるお前には」
「私は望んでこんな力を手に入れたわけじゃない!あなたこそ仲間がいることの大切さを分かってない」
「お前にそんなことが言えるのか?俺達のことを利用してるだけのくせに…」
「何を言ってるの…?」
エリエスにグイッと顔を近付け、迫る昌也の瞳に赤が揺らぐ。
「…何が正しい力だ。力を捨てるべきなのは俺じゃなくてお前だろ、エリエス」
「え…?」
次の瞬間。
昌也は水の精霊に勢いよく手を突き刺したかと思うと、魔石を体内から引き抜いたではないか。
魔石が離れると同時に精霊の形が崩れ落ち、乗っていたエリエスの体が大量の水と共に地面に打ちつけられる。
「!?」
昌也の突然の凶行に慌てふためく一同。
誰もが起きた出来事を理解できない中で、昌也は水の魔石を握りながらエリエスを見下ろした。
「…これでもうお前の思い通りにはさせないぞ」
「昌也…どういうこと…?」
「とぼけたって無駄だ!お前がカトリシアに攻め込んで戦争を起こそうとしてることも全部知ってんだよ」
「一体誰からそんなことを…」
地に伏したエリエスのもとにコルアと康が駆け寄る中、不意に昌也の背後から一人の人物が姿を現した。
茶色のローブを纏い、赤い眼をした長身の男。モアである。
昌也には知るよしもないが、それはかつてラノウメルンで毒虫を使い、丘の上で康達を襲撃した魔族の男に他ならない。
気付いた康が驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。
「昌也君そいつから離れて!!」
「…え?」
ニヤリと笑うモア。
彼は昌也が振り向くよりも早く杖を大地に突き立てた。
するとまるで土が意思を持ったかのように地面から
抵抗する間も無く足が埋まり、顔と手以外の全てを土で覆われた昌也。
必死にもがくも固まった土は岩のようにびくともせず、一切の身動きが取れない。
「…いやはや、心の弱った人間というのは実に操りやすい」
モアは不敵な笑みを浮かべながらゆったりとした歩みで昌也の隣へと移動し、握られた水の魔石をそっと奪う。
「あなたはラノウメルンの…」
康の手の上で敵意を剥き出しにするエリエス。
三匹の魔獣も突然現れたモアに対して警戒の色を見せ、毛を逆立てて唸り声を上げている。
にも関わらず、敵対する一同に対して余裕の表情を向けるモア。
「あれからずっとあなた達の監視を続けてきたのですが、ようやくまた交渉のチャンスが巡ってきました」
「…交渉ですって?脅しの間違いでしょう?」
「いえいえ、交渉ですよ。私はこう見えて平和主義者なのでね」
「ラノウメルンの人達を殺そうとしたくせに、よくもそんなことをぬけぬけと…!」
ニッコリと愛想良く笑うモアの隣で、拘束された昌也は歯を食いしばる。
「お前…俺を騙したのか…!?」
「騙したなんて滅相もない。彼女がカトリシアに戻れば混乱が巻き起こり、戦争が起こるのは事実ですよ。…ねぇ"エリエス王女"」
「王女…!?」
全員の視線の先が、モアからエリエスへと変わる。
仲間達でさえ知らない、その小さな体に秘められた大きな闇が今、明らかになろうとしていた。
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