第39話【現れし本性】
「エリエスが……王女?」
モアの口から飛び出した発言に、信じられないといった顔をする一同。
無理もないだろう。
何せエリエスは人里離れた泉にずっと隠れ棲んでいたただの蛙。
昌也達の知る限りでは王女などという身分とは最もかけ離れた存在なのだから。
そんな皆の反応を見てモアはほくそ笑む。
「おやおや、その様子では仲間達にさえ隠し通していたようですね」
「別に隠してたわけじゃない!わざわざ話す必要が無かっただけよ」
そんなエリエスの答えがよほど可笑しかったのか、モアは口元を押さえて笑いをこらえているようだった。
「必要が無い?」
「………」
「あなたの正体が、"魔族に肉体を奪われた人間の王女"だというのに?」
モアからもたらされた更なる衝撃的な話に、昌也、康、コルアの3人は呆然とする。
「は…?」
にわかには信じがたいが、もしも彼の言うことが事実であるならばエリエスは単なる魔族ではなく、人類の王女だということになる。
あまりに突拍子もない話題に皆は頭の整理が追い付かない。
「エリエス…本当なのかい?」と康。
モアという怪しい男の言葉を鵜呑みにはできない中で、エリエスの反応だけが真相を語る。
「…本当よ」
3人が見据える前で、彼女は静かに頷いた。
「嘘だろ…」
「エリエスが…人間の王女様?」
昌也とコルアは驚きを隠しきれず、康も納得がいかずに問い詰めた。
「どうして教えてくれなかったの!?」
「…それを言ったところで今の私が蛙だという事実は変わらない。余計な気遣いをさせたくなかったの」
「でもそんなの…凄く大事なことじゃないか」
康はこれほど大きな秘密をたった独りで抱え込んでいたことに対する同情と、自分達に相談してくれなかった悲しさ、そして気付いてあげられなかった負い目が入り交じった複雑な感情をエリエスへと向ける。
俯く彼女に、モアは昌也から奪った水の魔石を見せびらかしながら追い打ちをかけた。
「仲間に真実を話してさえいれば、こうして力を失わずに済んだものを…。あなたは仲間を信じなかったが故に、仲間からも信じてもらえなかった」
エリエスは顔を上げ、皮肉のこもった口調で得意気に語るモアのことを睨み付ける。
「…これで私から力を奪ったつもり?魔石は直接触れなくとも、この距離ならいつでも力を使える」
「もちろん存じていますよ。私とて、土の魔石の使い手ですから」
直後、男の持つ杖に埋め込まれた魔石が黄色い輝きを放ったかと思うと、地面から5体の土の兵士が出現した。
一体一体が人間と同じくらいの大きさで、土とは言ってもすぐに崩れるような脆いものではなく、外殻や剣は岩の如く凝縮された強度を誇る屈強な人形だ。
人形は出てくるや否や、昌也や康達に剣を向ける。
こと昌也に関しては身動きが取れないのをいいことに喉元に刃を押し当てられていた。
もしもエリエスが魔石の力を発動しようものなら、彼女が水を操るよりも早く人形の剣が昌也の首を斬り落とすだろう。
エリエスは即座にそう判断すると、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「私と一緒に来て頂きますよ。あなたの持つ力は戦争の明暗を分けるほどに恐ろしいのでね」
「…やっぱり脅しじゃない」
「もちろん強制はしません。あくまでも交渉ですから」
断れないことが分かっているのか、モアはニッコリと屈託の無い笑みを浮かべる。
何が交渉だ…とエリエスは憤りを感じたものの、昌也の首に食い込む刃を見てグッと言葉を飲み込む。
だがこの場で一番唇を噛み締めていたのは他ならぬ昌也であった。
(何でこうなるんだ…)
力を失いたくなかった。
ただそう思っただけなのに、気付けば力だけでなく仲間さえも失おうとしている。
(皆が無理矢理剣を取り上げようとしたから…。いや、そもそもエリエスが自分のことを棚に上げて俺ばかり責めるから…)
皆に対する怒りが込み上がり、動かない体の奥が次第に熱くなる。
目の前で、エリエスに促された康が彼女を手の上に乗せてモアのもとへと歩み寄っていた。
どうしようもないことを悟り、投降するつもりだ。
すれ違いざまにエリエスがこちらを
責められるかと思った。
どうせいつものように強い言葉で叱責してくるだろうと。
しかし昌也の予想に反してその視線は責めるような冷たいものではなく、ただただ悲しそうな失望落胆の色を見せていた。
怒られたら言い返してやるつもりだった。
こちらも不満を全てぶつけ、罵ってやろうと。
だから何も語らずそんな目を向けられたことに、昌也は不意打ちで殴られたような衝撃を覚える。
まるで叱る価値も無いとでもいうかのように…。
「そんな目で…」
頭を垂れていた昌也が何か呟いた事に気付き、エリエスが反応する。
「…?」
「そんな目で俺を見るな!!」
突如として激昂した昌也に驚いて一同が振り向く。
次の瞬間。
聖剣が強い光を放ったかと思うと、昌也を捕らえていた土が粉々に砕け散ったのだ。
「何!?」
本来それは人間の力で破れるような代物ではなかった。
にも関わらず得体の知れない力によって拘束が強引に解かれたことに、モアの顔から笑みが消えた。
自由になった昌也は
顔を上げた昌也の眼を見て誰もがゾッとした。
その瞳は魔族のそれと全く同じか、それ以上に邪悪な赤で染まっていたからだ。
「あの時と同じだ…」
そんな昌也の様子にアルマーナでの光景を思い出したコルアが身震いした。
「…どうやったのか知りませんが、逃がしませんよ」
嫌な予感がよぎったモアはすぐに杖をかざし、人形達を使って昌也を確保しようとする。
「昌也君逃げるんだ!」
康の声に弾かれて昌也が動いた。
しかし逃げたのではない。
目にも止まらぬ速度で剣をふるい、人形に斬りかかったのだ。
聖剣の刃はあろうことか岩の如き堅牢な鎧を易々と貫き、人形の胴体を真っ二つに切断する。
「!」
半身を失った人形がボロボロと崩れ落ちて大地へと還る様を目の当たりにしてモアに一瞬焦りの感情がちらついたものの、すぐにまた余裕の表情を浮かべた。
「さすがは伝説の剣だけあって見事な切れ味ですね。…ですがそんなのは何の意味も成しません」
モアがそう言うと同時に地面から再び土人形が姿を現す。
いくら倒したところで何度でも再結晶して甦る。
堅牢さよりもむしろ、その再生能力こそが土人形の真の恐ろしさだった。
昌也はそれが分かっているのかいないのか、自らを取り囲む人形達をひたすら斬り続けた。
すると土の再生速度を上回る昌也の動きが抑えきれず、人形達は次第にモアの方へ押し込まれていくではないか。
(あいつから杖と魔石さえ奪えば…!)
昌也に気を取られている隙をつき、康がモアのもとへと走る。
「…!」
だがその行動を見透かしていたモアはすぐさま康の足下の土を操り、彼の脚を大地へと沈めた。
「うわっ!?」
膝から下を土で覆われ、康はその場で身動きが取れなくなってしまった。
「ヤスシ!?」
「あなた達も、余計なことをすれば命はありませんよ」
モアからの警告に恐れを抱き、コルアや3匹の魔獣達は尻尾を丸めて尻込みする。
そんな中、康やコルアに意識を持っていかれたモアの横顔を昌也の剣が掠めた。
「…っ!?」
気付けばもう目の前まで昌也が来ていたことに、流石のモアも焦りを隠せない。
頬を伝う一滴の血を指で拭い、モアは静かに燃え上がる怒りをあらわにした。
「人間如きが、よくも私に傷を…」
モアの杖が光り、大地が大きく揺れて木々が音を立てて倒れる。
「!?」
誰もが転ばないように体勢を整えるのに必死な中、周囲の地面が大きく抉れたかと思うと、モアの真下から全長10mほどはある巨大なゴーレムが姿を現したのだ。
康達の絶望に満ちた瞳が、ゴーレムの肩に乗るモアを見上げる。
もう昌也の剣が届くことも、魔石を奪うことも叶わないだろう。
「私は魔界の参謀"土塊のモア"。私の計画を2度も邪魔した代償を払うがいい!」
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