第四章 過去と未来

第34話【お尋ね者】


深い森の中。


ぶるぶると微かに大地が震えているのに気付き、エサを探していた一匹のリスが顔を上げた。

振動は徐々に大きくなっていき、それと同時に今まで聴いたこともないような奇妙な騒音が近付いてくる。


次の瞬間、木々を掻き分けて猛進するトラックが目の前に現れたではないか。


驚いたリスは慌てて草むらへと逃げる。


木々の間を縫うような細道をトラックは走る。

それに乗る昌也、康、コルア、エリエスの4名の表情は硬く、何やら緊迫した様子。

何故ならトラックの後方からは馬に乗り、武器を構える5人の男達が追ってきていたからだ。


「絶対に逃がすな!あいつらを殺して剣と蛙を奪えば、当分遊んで暮らせるぞ」


トラックのサイドミラーに、不適な笑みを浮かべる男達の姿が映る。


「し、指名手配ってどういうことですか!?何にも悪いことなんかしてませんよね!?」


トラックと自分達に似せた絵が描かれた指名手配書を握り締めながら、コルアが皆の顔色を伺う。




遡ること一時間前。

キッコルという町に到着した一行が荷物の引き渡しをしていた時のことである。


いきなり上空を巨大なドラゴンが通過したかと思うと、このビラが町中に降ってきたのだ。

無論、それを確認した町の人間が一斉に目の色を変えたのは言うまでもない。


そのまま慌てて町から脱出し、今に至るというわけである。


「多分アルマーナで王の剣と敵対したのがまずかったんでしょうね」


ティーカップの中からエリエスが冷静に分析するも、運転席の康は納得がいかない。


「そんなのぼくらのせいじゃないよ!先に命を狙ってきたのは向こうなのに」


「たとえ正当防衛でも、王直属の精鋭部隊を壊滅させたんだもの。こうなる予感はしてた」


「…わりぃ。俺がやりすぎたせいだ」


助手席で剣を抱きながら、気まずそうに俯く昌也。

そんな昌也に、エリエスが首を横に振る。


「昌也のせいじゃないわ。あなたが闘ってくれなければ皆殺しにされてたのは事実よ」


「………」


黙り込む昌也の隣で、くしゃくしゃの手配書に目を通すコルア。


「それにしても手配書のこの部分…。"聖剣を奪取すべし"っていうのは分かるんですが、"喋る蛙は生け捕りにせよ"って…何でエリエスまで狙われてるんでしょうか?」


「魔石の力が目的でしょうね。今までもそうだったから、追われるのには慣れてる」


「…ずっと一人で苦労してきたんだね」


康からの声かけに、エリエスは唇をギュッ閉じる。


「…私といればずっとこんな目に合うわよ。もし平穏な生活に戻りたいなら、私を降ろした方がいい」


「そんなこと言わないでください!エリエスが居なくなったら、泣いちゃいますよ…」


「そうだよ!それに、約束したでしょ。ぼくらが守るって」


悲観的なエリエスの言葉を聞いて、コルアと康は今にも泣きそうな顔だ。


そんな二人を見て、エリエスもまた別の意味で泣きそうになりながらお礼を返した。


「…そうだったわね。ありがと」


サイドミラーに目をやり、死に物狂いで追ってくる男達を見ながら「力があるのも大変なんだな…」と昌也が呟く。


康もまた、後方の男達のしつこさには流石にうんざりしていた。


「…それにしても、全然諦めてくれないね」


「戦うしかないなら、俺がやる」


剣の柄に手をやる昌也を、エリエスが制する。


「それは最後の手段。これ以上血を流すのはできるだけ避けましょう」


その時突然バキッ!とトラックが何かにぶつかる音がした。


「あっ!」


「どうしました?」


「何か看板みたいなの壊しちゃったかも…」


冷や汗をかく康だったが、この状況で戻って確認するわけにもいくまい。

諦めてそのまま運転に集中するのであった。


トラックに倒された木の看板を、追ってくる馬達も踏みつける。


"この先、魔族の領地"


看板に書かれたそんな赤い文字に気付く者はいなかった。




森の奥に進むにつれ、次第に生えている植物や生息する小動物の種類が変化していることに最初に気付いたのは、トラックを追う男達の方であった。


「…おい、まずいぞ。ここは魔族の領地だ…」


「うるせえ!目の前に大金がぶら下がってんだ。今さら手ぶらで引き返せるかよ!」


男達は不安げに目を見合わせながらも、追跡を続行する。


…ふと、近くの草むらがガサガサと激しく揺れ動いた。


「!?」


それは馬の動きに合わせて、まるでついてくるように草の中を素早く移動している。

小動物にしては大きく、馬と同じくらい速い。


草の隙間から、いくつもの赤くて丸い光が覗く。


次の瞬間。


獰猛な野獣が男達目掛けて飛び出してきたではないか。


「うわぁああっ!!」


男の一人が馬から引きずり下ろされて叫ぶ。


野獣は即座に男の首に食らい付いて息の根を止めると、口から血を滴らせながら顔を上げた。


その姿は、熊ほどに巨大な狼を思わせる風貌であった。


薄汚れた灰色の毛並み。

ノコギリの如く鋭く尖った牙。

そして見るものを恐怖で震え上がらせる血走った赤い眼光。


人間界では類を見ないほど恐ろしい姿に、男達は戦慄する。

逃げなければ…と本能が悟った頃には時既に遅し。


その野獣は一匹ではなく、全部で三匹の群れだったのだ。

完全に取り囲まれ、パニックに陥った馬は激しく暴れて男達を次々と振り落とした。


「うわっ!」


落馬の衝撃で尻餅をついて武器を落とす男達。

だがたとえ武器を手に戦ったとしても、待ち受ける運命は同じだっただろう。


その日、静寂の魔族の森に無惨な悲鳴が響いた。

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