第31話【得たもの失ったもの】


場所は変わり、ジェイドの墓の前へと移動した一行。

墓とはいっても丁重に埋葬する暇など無かったため、土に埋めてその上に聖剣をまつっただけの簡素なものである。


昌也達から事の成り行きを聞かされ、皆一様に複雑な表情を浮かべていた。


「…なるほどな。剣からジェイドの声が…」


セクタスは顎に手をやり、何やら考え込む素振りを見せる。


「あの剣を手に入れた時、ジェイドも同じようなことを言っていた。『誰かの声が頭に響く』と…」


「あの剣は一体何なんだ?」と昌也。


「…分からない。だが奴らが…王の剣の連中はあれを狙ってやってきた。ただの剣じゃないことは間違いない」


それを聞いて、康があることを思い出した。


「アスレイって人が、あれは聖剣だって…」


「…あんなの聖剣なんかじゃない。昌也の姿を見たでしょ?あれには何か邪悪な魔力を感じる」


康の発言を遮り、エリエスが強い口調で言い放つ。

確かに…と一同は鬼神の如き強さと恐ろしさを発揮した昌也のことを思い出して身震いする。

だが当の本人は、まるで自分が責め立てられているかのような言われように納得がいかず眉間にしわを寄せた。


「邪悪ってどういうことだよ…。俺が皆を救ったんだぞ」


「周りを見て」


「……っ!」


エリエスに促され、周囲を見渡した昌也はハッとした。

そこには自分が斬り捨てた兵士達の死体がいたるところに横たわっていたからだ。


原形をとどめた死体はごく少数で、そのほとんどは四肢の一部や首が切断され、むごたらしい殺され方をしているのは明らかだった。

大地は真っ赤に染まり、噎せかえるような血の匂いが風に乗って鼻を突く。

昌也は思わず吐きそうになるのをこらえ、唇を強く噛んだ。


「あなたの動きや表情は普通じゃなかった。まるで剣に操られてたみたいに」


エリエスの言うことは事実であり、そこは認めるほかない。

しかし、自分が悪であり、やったことが間違いだったとは思いたくなかった。


「…じゃあ戦わない方が良かったってのか?あの剣がなければ皆殺しにされてただけだ」


「ええ、そうね。だけど私が止めなきゃ、あなたが皆を殺したかもしれなかったのよ。コルアを斬ったみたいに」


「コルアを斬った?何のことだよ!?」


「…もしかして、覚えてないの?」


実のところ、昌也は剣を握っていた間の記憶が曖昧だった。

大勢の兵士達と戦ったことは何となく覚えているが、どこか夢心地で、それが現実に起こった出来事のように感じられずにいたのだ。

コルアを斬ったことも、言われてようやく断片的な光景が脳裏に甦った。


「…本当なのか、コルア?」


昌也は背中に嫌な汗をかいて、恐る恐る振り向く。


「………」


目が合ったコルアが無言で気まずそうに視線を下げるのを見て、昌也はエリエスの言うことが本当であると知った。


「あなたは皆を救った。でもそれは正しい力じゃない。あの剣は処分すべきよ」


「………どうなんだよ」


ボソッと昌也が呟く。


「…自分はどうなんだよ。水の魔石が正しい力だって言いきれるのか?」


「少なくとも私は力を制御してる。あなたみたいに自我を失ったりしない」


「じゃあお前の自我が正しくなければ?お前の考えは絶対に正しいのか!?」


「それは…」


「魔石と剣の力、何が違うんだ?皆を救ったのに、何で俺ばっかり否定されなきゃいけないんだよ!」


興奮して荒々しくフーッと息を吐き出す昌也。

その眼は血走り、怒りを剥き出しにしていた。


感情的ではあるが、昌也の言うこともまた事実であった。

昌也が剣を振るわなければ、ここにいる全員今頃命は無かっただろう。

邪悪な力だろうが、剣を向けてきた敵を返り討ちにすることで皆の命を救ったのだ。


昌也とエリエスのやりとりをずっと無言で聞き入っていたコルアが、ここで重い口を開いた。


「…確かにあの時のマサヤは恐かったけど、でも皆のことを守ってくれた」


コルアはそばにいたユユを優しく抱き寄せる。


昌也を擁護する声に、康とセクタスも賛同した。


「ぼくはトラックに乗ってる間、何もできなかった…。ぼくが兵士達をはね飛ばせば、昌也君が手を汚さずに済んだんだ」


「あの剣が聖剣なのか魔剣なのかは分からないが、いずれにせよ我々が生き残れたのは昌也のおかげだ。剣をどうするかは、ジェイドの意志を汲む彼に託す」


一同の視線が昌也に注がれる。

昌也の決断で、聖剣の行く末が決まるのだ。


「俺は…」


脳内にジェイドの声が甦る。


『守れなかった』


マーナ族のおさとして、確かな強さと勇敢さを持って一族を導いてきたジェイド。

だが行き過ぎた暴力によって自らと一族を破滅させ、命を落とした。


(…俺はあんたみたいにはならない!)


昌也は全身の痛みに堪えながら、身を引きずるようにしてジェイドの墓へと歩み寄る。

そして土の上に刺し立てられた聖剣を掴むと、鞘ごと引き抜いた。


「俺はこの力で皆を守る!」


それは英雄の誕生か、はたまた悪鬼羅刹の誕生か。

まだ誰も知るよしはない。

その証拠に、皆の眼には期待や不安が交錯して、手放しで喜ぶ者は誰一人としていなかった。


特にエリエスは昌也に対する気持ちを警告という形で表した。


「…いいわ。でも、もしもまたあなたが剣の力に呑まれたなら、その時は私があなたを止める。もう命の保証はしないから」


「俺はもう剣に操られたりしないし、お前の力にも頼らねぇ」


静かではあるが、刺さりそうなほど冷たい敵意をぶつけ合うエリエスと昌也。

そんな二人を見かねて、コルアが場を和ませようと気丈に振る舞う。


「まあまあ、皆で仲良く助け合っていきましょうよ!」


「そうそう!今までずっとエリエスに頼りっぱなしで負担をかけてたけど、いざという時昌也君も力を貸してくれるよ」


康も間に入って助け船を出した。


互いにまだ不満げな態度であったものの、仲間の気持ちを察してここは一旦引き下がる昌也とエリエス。

話が一区切りしたのを見てセクタスも仲裁に入った。


「…さて、怪我人の治療や、遺体の埋葬、家屋の消火、やることは沢山ある。みんな力を貸してくれ」


聖剣の問題にいっぱいいっぱいで、そんなことはすっかり頭から抜けていた一同はハッとして各々にできる作業に取り掛かった。

昌也も自らが手にかけた遺体の埋葬をすべく、ゆっくりと歩き出す。


ずっと剣を握っていた昌也はふと立ち止まり、鞘に付いた紐をかけて聖剣を腰に差した。


人知れず、剣の柄を大事そうに撫でながら…。

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