第30話【受け継がれるもの】


ベッドの上に寝かされていた昌也の体が動いたことに一早く気付いたのは、同室で彼とコルアの看病に当たっていたユユであった。


「…お兄ちゃん?」


ユユはすぐさまそばに駆け寄り、昌也の顔を覗き込む。


「……ぅう…」


朦朧とする意識の中、喉を鳴らしながらうっすらと目蓋を開ける昌也。

微かに唇を動かして何か言葉を発しようとしているのを見て、ユユはとっさに顔を近づけ耳をすませる。


「…サリーナ……」


「!!」


か細くかすれた声。

しかし確かに昌也の口から出た意外な名前に、ユユは驚きを隠せなかった。


「マサヤが起きたの!?」


ユユの反応を見て、隣のベッドで休んでいたコルアも包帯で固定された右腕をかばいながら立ち上がる。

出血こそ止まったものの、自由に動かせるようになるにはまだ時間がかかりそうだ。


「大丈夫ですか!?」


「………」


コルアとユユに見守られながら目覚めた昌也は、虚ろな瞳で二人のことを交互に見る。

まるで心ここにあらずといった様子で、自分の名前が呼ばれたにも関わらず首を傾げている。


「……まさ…や?……俺は…」


ジェイドだ。と言おうとした直後、昌也は激しい全身の痛みに襲われて悶えた。


「…ぐっ……!」


頭が割れ、腕や脚は千切れるのではないかと思うほどの激痛。

飛びそうになる意識を留めるのがやっとで、身動きなど取れやしない。


「昌也!?」


「お兄ちゃん!」


二人に呼びかけられ、ジェイドの追体験をした記憶が徐々に曖昧になってゆく。


(…俺は……誰だ…?)


ずっと頭に浮かんでいたサリーナとの思い出の中に、康やコルア、エリエスと過ごした日々の情景が入り交じる。


『昌也君』『ジェイド』『マサヤ』『族長』『昌也』


もはや何が夢で、何が現実なのか区別がつかなかった。

全ての記憶がリアルに感じられるのに、それらを結びつけて紐解くことができない。

この思い出が全部嘘なんじゃないかとすら思う。


でも…


そんな中でひとつだけ確かな感覚があった。


右手から伝わってくる温もり。

コルアが、自分の身を案じて手を握ってくれていた。


「マサヤ…」


昌也は指を動かしてコルアの手を握り返し、その感覚が嘘じゃないと知る。


(そうだ…、俺は……昌也だ)


異世界へ転生して康と共にドラゴンから逃げたこと。

コルアに導かれてリノルアの村で過ごしたこと。

エリエスと力を合わせてラノウメルンを救ったこと。


今まで過ごしてきた日々の思い出が鮮明に脳裏に浮かび、昌也はようやくハッキリと自我を取り戻した。


「コルア…、ユユ…」


全身の痛みに堪えながら昌也は二人と向き合う。


「俺は……どうなってたんだ…?」


あれだけのことがありながら何も覚えてないのだろうか、とコルアとユユは目を見合せた。


「ずっと気を失ってたんですよ。…でも、もとのマサヤに戻って本当に良かった」


ホッと胸を撫で下ろすコルアとは裏腹に、ユユは真剣な表情で昌也に詰め寄る。


「お兄ちゃん、母さんを知ってるの!?」


「…え?」


「さっきサリーナって…」


「……っ」


昌也は薄れゆく記憶が消えてしまわぬよう、頭を押さえて懸命に夢の内容を頭にとどめる。


「…分かんねぇ。ただ夢で見たんだ、ジェイドの過去を」


「夢、ですか?」


「すげぇリアルで、まるで自分が体験してるみたいだった」


にわかには信じがたい話に混乱する二人の前で、おもむろに昌也は立ち上がる。


「痛っ…!」


「昌也!?」


「…ジェイドの部屋に案内してくれ。確かめたいことがある」






ユユに導かれ、ジェイドの部屋へと足を踏み入れた昌也とコルア。


普段入るなと言われていたのか、既にジェイドはいないというのにユユは体を縮こまらせて緊張した面持ちで室内を歩く。

一方コルアは初めて入る族長の部屋に興味津々な様子でキョロキョロと辺りを見渡す。

壁には熊のような獣の剥製が吊り下げられていたり、剣や槍などの武器が立て掛けられていて、奥には巨大な棚やテーブルが見てとれた。


昌也は部屋に入るなり、迷うことなくテーブルの引き出しを開けると、ある物を取り出す。


「…やっぱりあった」


それはビーズやカラフルな紐を編み込んだ質素なネックレス。

まさに夢に出てきたサリーナのネックレスに他ならない。


「それは?」


「…ジェイドはずっと、これをお前に渡したがってた」


昌也は戸惑うユユの首にゆっくりとネックレスをかける。

それはまるで親が子に接するような自然な振る舞いであった。


「サリーナの…お前のお母さんの形見だ。大事にするんだぞ」


自分にそう語りかけてくる昌也の顔が一瞬父親のジェイドに見えて、ユユは目をこすった。


「…父さん?」


「わー、凄く似合ってますね、そのネックレス!」


二人が何やら話しているのを見て、コルアが近付いてきた。

コルアはすぐにネックレスをつけたユユに気付き、まじまじと眺める。


「どうしたんですかそれ?」


「お兄ちゃんが、母さんの形見だって…」


ネックレスを大事そうに握りしめるユユを見て、コルアは神妙な面持ちで昌也を見つめる。


「マサヤ…。もしかして本当にジェイドの過去を知ってるんですか?」


「…俺にもわけが分かんねーんだ。あの剣を握ってから声が聴こえたり、体が勝手に動いたりして…」


しばらく頭を抱えて苦悶の表情を浮かべていた昌也だったが、その時ふと顔を上げた。


「…そういえば、あの剣はどこだ?」







その頃野外では康やエリエス、生き残ったマーナ族の面々が戦闘の事後処理に奔走していた。


町の隅々から発せられる呻き声を頼りに生存者を探し、怪我人を運び出して応急処置を行う。

立っている者は僅かばかりで、人手も包帯も足りていない。

建物のほとんどは焼け落ち、アルマーナの町一帯は凄惨という他ない状況に陥っていた。


「…怪我人はこれで全部ですか?」


焼け落ちた酒場の外に並ぶ生存者達に目をやり、康がセクタスに尋ねる。


「ああ、全員ここに集めた」


「これだけ、ですか…」


康の顔色が暗く沈む。


あれほど大勢いた町の人達も今となっては数えるほどしかおらず、しかもその中には瀕死の重傷者も混在しているため、死人はまだまだ増えるだろう。


「…ずっと盗みと殺しを生業にしてたんだ。いつかはこうなる運命だった」


マーナ族はもう終わりだ、とセクタスが右腕を庇いながら俯く。

彼自身も矢を受けた怪我人でありながら、族長を殺めた罪悪感と、副族長としての責任感から休むことなく動き続けていた。


「みんなー!」


重い表情で作業にあたっていた康達のもとに、コルアとユユ、昌也がやってくる。


「昌也君!!」


昌也の姿を捉えるや否や、すぐに康が3人のもとへ駆け寄った。


「気が付いたんだね!もう大丈夫なの!?」


「ああ。おっさんも無事で良かった」


「康、離れて!」


その時突然、言葉を交わす昌也と康の間に水の精霊が割って入ってきた。


昌也と康の視線が水の体に阻まれ、互いの姿が水面を通して揺らぐ。


「…エリエス?」


「………」


精霊の肩に乗る彼女の眼は訝しげに昌也のことを睨み、何かを見定めているようだった。


「…あなた、本当に昌也?」


「?…どういう意味だよ」


昌也が眉をひそめていると、セクタスがネックレスを身に付けたユユに気付いて驚きの声を上げる。


「ユユ…!何でお前がそのネックレスを!?」


「これは…」



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