第26話【袋の鼠】


アルマーナの町を、土煙を上げながらトラックが駆け抜ける。

後方からは康を捕らえるべく馬に乗った盗賊達が続々と追ってきていた。


鋼鉄の外装は剣も矢も通さず、あらゆる攻撃をはねのける。

しかしいくらトラックの中が安全とはいえ、康の顔は険しく曇っていた。


(昌也君達、大丈夫かな…)


エリエスのことを信頼していないわけではないが、さすがにあの大人数に囲まれての混乱の中ではいくら彼女といえども思い通りに立ち回るのは厳しいだろう。


無力な自分に今できることと言えば、なるべく速度を落として多くの盗賊達を引き付けることくらい。

一旦町の外へと脱出したものの、盗賊達は追走を諦めずどこまでも追ってくる。

トラックを逃せばジェイドの怒りが収まらない。

彼らも必死だった。


速度を落としすぎたせいでとうとう盗賊の一人がトラックを追い越し、前に立ち塞がってきた。


「うわっ!?」


馬にぶつかりそうになって慌ててブレーキを踏む康。

おかげで周りを完全に包囲され、停車を余儀なくされた。

そのままね飛ばして進めばいいだけの話なのだが、敵といえどもなるべく傷付けたくはなかった。


だが男達の方はそんなのお構い無しとばかりに武器を構え、康に敵意を向けてくる。


「落ち着け…。とりあえずあの時みたいにクラクションを鳴らせば…」


康がハンドルの中央を押し込もうとした、まさにその時。

近付いてきた盗賊の一人が突然、どこからともなく飛んできた矢で胸を射ぬかれたではないか。

ビシャリとトラックの窓に付着する血。


「!?」


直後にまた一人、矢を受けて落馬する。

異変に気付いた康と盗賊達がとっさに振り向くと、右方向から大勢の馬に乗った人間が砂塵を巻き上げながら迫ってきていた。


その数は10や20どころではない。

恐らく100人近い兵士の大部隊である。


「…え、え!?」


さらなる武装勢力の登場に、頭が真っ白になる康。

だが慌てたのは康だけでなかった。


「おい見ろ!」


盗賊達もまた、こちらに突き進んでくる謎の集団に戸惑いを隠せない。


「まさかあの旗は…」


盗賊は部隊が掲げるシンボルに気が付くと息を飲んだ。

それは王冠と剣が描かれたシンプルな紋様。


「"王の剣"だ!全員町へ引き返せ!」


一同の顔色が青褪める。

あれほど固執していたトラックの捕縛をいとも簡単に断念し、慌ててアルマーナへと引き返す盗賊達。


状況が読めない康の乗るトラックは引くも進むもできない内に、たちまちその大部隊に取り囲まれてしまった。


「嘘…どうしよう!?」


パニック寸前の康の前に、兵士の群れを掻き分けてとある人物が馬に乗りやってくる。


「!!」


康はその男に見覚えがあった。

かつて自分達を救い、そして縛り上げた相手の顔を忘れるはずもない。


「…ドラゴンの次は盗賊団か。どうやら荷物よりも厄介ごとを運ぶ方が得意らしいな、運び屋」


「君は確か…アスレイ!?」


アスレイは窓越しにトラック内部を確認し、眉を歪める。


「…ん?もう一人の男はどうした?」


「盗賊団に捕まったんです!昌也君を助けて…」


「捕まった?奴らはどこにいる?」


「あ、あの町の中に」


康は窓を開けてアルマーナを指差す。


「やはりアルマーナが拠点だったか…。よし、これより全軍アルマーナへ進行する!」


アスレイは手をかざし、兵士達に命令を下した。


「我々の目的は赤の盗賊団の壊滅と聖剣の奪取だ。くれぐれも人質と民間人を傷付けるな!」


「聖剣?」


何のことか分からずに首を傾げる康。


「………」


了解のかけ声を上げる兵士達の中で、一部の者達が不穏な目付きをしていることに気付く者はいなかった。







狭い路地をくぐるように走り、町からの逃走を図る昌也とコルア、ユユの三名。


段差や壁などものともせず、パルクールのように軽やかに町を駆け抜けるユユとコルアに対して、身体能力で劣る昌也はついていくのに必死だった。


「ちょっと…速すぎるって…」


息を切らしてふらつく昌也に気付き、ユユとコルアが一旦ペースを落とす。


「もう少しだから頑張ってお兄ちゃん!」


「ファイトですマサヤ!」


「………」


正直なところ欲しいのは励ましではなく休憩なのだが、立ち止まるわけにはいかないという事実と、女子供に負けたくないという意地が昌也の体に無理矢理鞭を打つ。


「ごめんね、父さんのせいでこんなことになっちゃって…」


ユユが走りながら二人に向かって謝る。


「ユユのせいじゃないよ!こうして助けてくれたんだし」


とコルア。

昌也も酸欠で苦しそうにしながらもそれに答えた。


「…あんなおっかない父親がいたら、家出もしたくなるわな」


「昔はあんなんじゃなかったんだ!でもあの剣を手に入れてからおかしくなって…」


「剣?あの剣に何かあるのか?」


「…分かんない。でもあの剣は何か変なんだ」


「剣ねぇ…」


半信半疑で聞き流す昌也。

その剣に何か原因があるというよりは、武器を持っていることで強気になったり攻撃的な態度になっているということなんだろうと解釈した。


「あそこを抜けたら町から出られるよ!」


ユユが走りながら前方を指差す。

路地の出口は目前だった。


昌也は最後の力を振り絞って足を動かす。

そしてとうとう町を抜け…。


「~っ!!」


「はぇ!?」


「嘘だろ…」


町の出口で三人が目にしたのは、馬を全速力で走らせてこちらに向かってくる盗賊達の姿。

皆鬼気迫る勢いで眼を血走らせている。

どうやら先回りされたらしい。

逃げようとしても、すぐに追い付かれてしまう距離。

昌也達はどうしようもないと観念して立ち止まった。


「………」


だがどうしたことか、盗賊達は三人のことなど意にも介さないとばかりに横を通り抜けて一目散に走り去ったではないか。


「…どういうことだ?」


恐る恐る盗賊達を目で追っていた昌也達だったが、後ろからまた馬が大地を蹴る音が耳に入ったため嫌な予感と共に振り向く。


「!!」


予感は的中した。


明らかに赤の盗賊団とは違う別の武装集団がこの町目掛けて攻めこんでくる光景が目に飛び込んできたのだ。

その目的は定かではないが、全員武器を構えており、どう見ても友好的な雰囲気ではない。


「ヤバいヤバいヤバい!」


昌也達は揃って背を向け、全力で走った。

道の水たまりを避けることもせず踏み進み、水飛沫が散る。







酒と水の入り混じった液体がバシャリと爆ぜて地面を濡らす。


水の精霊がジェイドの一太刀を受けて右腕を失ったのだ。


『無駄だ』


しかし飛び散った液体はすぐに精霊のもとへと舞い戻り、腕を再生させる。


「チッ!ラチがあかねぇな…」


いくら攻撃を繰り出しても再生を繰り返し、まるでダメージを与えられないことにジェイドは苛立ちを覚えた。


だが戦いが長引き、もどかしさを感じているのはエリエスも同じ。


(…水の量が足りない。早くみんなを助けないといけないのに)


大勢の盗賊達を相手にするには液体の量が圧倒的に不足しており、足止めするのが精一杯な状況。


そんな硬直状態を破ったのは意外にもどちらでもなく、誰かの上げた叫び声であった。


「急襲!王の剣が来たぞ!!」


「何っ!?」


唐突の出来事に気が逸れたジェイドとエリエスは戦闘を止めて声の方を向く。


すると町の外から猛進してきた兵士の集団が盗賊達を次々に斬り伏せ、瞬く間にその場にいた全員を囲いながら隊列を組んだ。


その先頭に立つは、騎士団"王の剣"の隊長アスレイ。

手には斬り捨てた盗賊が身に付けていた赤いスカーフが握られている。


「赤の盗賊団に告ぐ!即刻、族長の首と聖剣を差し出せ。さもなくば王の剣が全てを討ち滅ぼす!」


アスレイからもたらされた突然の宣言布告に、目を見合わせて焦りの色を隠せないマーナ族の男達。

ジェイドはそんな部下達を押し退け、アスレイの前に対峙した。


「…閃光のアスレイだな。王の剣がわざわざこんな辺境の地までご苦労なこった。そんなにこれが欲しいか?」


わざとユラユラと夕陽を反射させて剣をひけらかすジェイド。

アスレイは赤のスカーフを投げ捨て、自らも剣の切っ先をジェイドへと向けた。


「それは貴様如き悪党が持っていい代物ではない。返してもらうぞ」


「…貴様らはかつて俺達から自由を奪い、今度は命までも奪うか」


どこか憂いを帯びた瞳はすぐに怒りで濁り、騎士団を睨み付ける。

その迫力にジリジリと気圧される兵士達。


「野郎共!今こそ復讐の時だ。皆殺しにしろ!!」


「戦闘開始!盗賊団を討ち滅ぼせ!!」


互いのリーダーのかけ声を合図に双方の怒号が入り乱れ、騎士団と盗賊団の全面戦争の火蓋が切られたのだった。


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