第25話【脱出】


ふざけるな!と、誰かの怒鳴り声が酒場に響いた。


「…だから本当に異世界から来たんだって!」


「信じてください…」


「自分はただのリノルア族です!」


昌也と康、コルアが切実な表情で訴えかけるは、泣く子も黙る赤の盗賊団。

三人とも酒場の椅子に拘束されて自由を奪われた上、尋問されている最中のことである。


「どうしますおかしら、痛めつけて本当のことを喋らせますか?」


盗賊団の男が拳を鳴らしながらジェイドの指示をあおぐのを見て、昌也達は震え上がる。

当のジェイドはというと、どっしりと椅子に腰掛けながら余裕の表情を浮かべていた。


「こいつらが何者だろうと、そんなことはどうだっていい。あのトラックとかいう乗り物があれば俺達の仕事に大いに役立つ。そうだろ?」


「あれは会社の車だからあげられないよ!」


「………あ?」


康の言葉を聞いてジェイドは重い腰を上げると、ゆっくり歩み寄ってきた。

周囲に緊張が走り、彼が一歩足を踏み出すごとにミシミシと軋む床の音が嫌にハッキリと聴こえた。


音は康のすぐ前で止まる。


眼前で仁王立ちをする大男と目が合い、息を飲む康。

余計なことを言わなければよかったと後悔したがもう遅い。


ジェイドは怯える康の胸ぐらをグイッと強引に掴んで顔に唾を吐きかけた。


「くれるかくれないかを聞いてるんじゃねえ、俺達は盗賊だぞ?欲しいものは力ずくで奪うまでだ!」


ダンッ!と腰から抜いた短剣を勢いよくテーブルへと突き立てるジェイド。

その場にいた全員の体がビクッと恐怖で揺れる。


「ひっ…!」


「こいつで喉笛を掻き斬られたくなけりゃ、あれの動かし方を教えろ。今すぐに!」


懐柔か、死か。


どんなに理不尽な要求だろうと、断れるはずもない。

この場で唯一話が通じそうなセクタスですら、今は腕を組んで壁に寄りかかり、ことの成り行きを静観している始末。


「わ、分かりました…」


康が渋々頷くや否や、ジェイドは短剣で康の縄を切った。


「外に出て動かし方を見せろ。下手なことをすれば仲間もろともぶっ殺す」


「………」


ジェイドに促され、酒場の外へと連れていかれる康。

その怯えきった背中を見送りながらコルアが不安そうに呟く。


「みんな殺されちゃうのかな…」


「…大丈夫だって。今までだってなんとかなってきたんだから」


とは言いつつも、昌也にも何か打開策があるわけではなかった。


ジェイドやセクタスと共に3人の男が外に出ていったとはいえ、未だに十数名のマーナ族が酒場の中に残っている。

奥に裏口とおぼしき扉を見つけたが、監視の目が多すぎてやり過ごすことなどできないだろう。


おまけに体の自由もきかない。

試しに腕に力を込めてみるも、椅子に固定された縄はびくともしなかった。


(さすがに、どうにもならねーな…)


冷や汗が頬を垂れて落ちる。


「エリエスは無事に逃げられたかな…」


「…あいつの力があれば俺達みんな助かるのに、自分だけ逃げやがって」


「今は身を隠して、助け出す隙を狙ってるんですよきっと」


「…どうだか」


ぷいと拗ねたようにそっぽを向く昌也。


(…俺にも力があれば、誰かを頼ったりしなくて済むのに)


無力な自分が情けない。

腕に力がこもり、ギリギリと皮膚に縄が食い込む。

だがそんなことをしても無駄に傷つくだけで、何の解決にもならない。


昌也は喉の奥に詰まっていた息を吐いて、体から力を抜いた。








トラックの前に立たされた康は、鍵をギュッと握り締めて自問していた。

このまま本当に奴らにトラックを渡していいのかと。

ひとたび動かし方を教えてしまえば、盗賊団の連中はトラックを使って略奪の限りを尽くすだろう。


(悪事に加担するくらいならいっそ…)


そこまで考えて慌てて首を横に振る康。


(いや、ぼくだけの問題じゃない。もしもここで動かすのを拒否したら昌也君やコルアちゃんまで犠牲になってしまう)


鍵を握る手に力がこもり、じわりと汗がにじんで震える。


「おいっ!早くしろ!」


「~っ!?」


突然背後から怒鳴られたことに驚き、康は鍵を落としてしまった。

慌てて拾おうと身を屈めると、康はそこで思わず息を飲んだ。


何故ならトラックのタイヤの裏側に隠れていたエリエスと目が合ったからだ。


「康、そのまま静かに聞いて」


「!」


とっさに康は鍵を拾うのに手こずるふりをして、誰にも悟られぬようエリエスの話に聞き耳を立てる。


「扉を開けたらすぐに私が魔石の力を使って奴らを足止めするから、あなたはそのままトラックで盗賊達を引き付けながら逃げて」


(…え!?)


「二人のことは心配しないで。私が必ず助け出すから」


康の心配を見透かすように、エリエスはそう付け足す。


「何をもたもたしてる!ぶっ殺されたいのか!?」


ジェイドからの催促を受けて限界を感じた康は体を起こし、トラックのドアに鍵を差し込んだ。

もう手の震えは止まっていた。


そのままドアを開けた康は警戒されぬよう、おもむろにダッシュボードの上に置いてある魔石に手を伸ばす。


「…おい、それは何だ?」


康が何かを掴んだことに気が付き、ジェイドが覗き込んでくる。


「ただの石ですよ」


そう言って振り向くと、康は魔石を勢いよく酒場の方へと放り投げたのだった。


ガシャン!と窓ガラスを割って突如転がり込んできた石に、中にいた男達は何事かと席を立つ。


その瞬間、室内の酒瓶が次々に砕け散り、中に入っていた酒や水などあらゆる液体がまるで磁石に引き付けられる金属の如く、魔石のもとに集束しはじめたではないか。


誰もが注目する中、やがて液体は魔石を核として、女性の形をした水の精霊へと姿を変えた。


「エリエスだ!」


途端にコルアの顔がパアッと明るくなり、感嘆の声を上げる。


「何だあれは!?」


突如として現れた謎の存在に、盗賊達の意識が釘付けになる。

その隙をついて康は素早くトラックに乗り込むと、急いでドアにロックをかけた。


バタンッ!と大きな音がしたことに気付き、ジェイドが振り向いた時には既に康はエンジンをかけていた。


「…クソが!」


即座に状況を理解したジェイドが悪態をつく。

逃がすまいととっさに手を伸ばすも、すでにタイヤは回りだし、トラックは土埃を巻き上げて走り出した。


「奴を逃がすな!追え!!」


ジェイドの命令を聞いて盗賊達が馬に跨がろうとしたが、水の精霊はすかさず竜の姿へと変わり、彼らにぶつかってそれを阻止した。


悲鳴を上げて馬から叩き落とされる男達。


ジェイドは舌打ちをして足元に転がってきた仲間を蹴り飛ばすと竜に向かって歩を進める。

竜は再び人の形へと戻り、ジェイドの前で対峙した。


『私の仲間に手出しはさせない。手を引かないなら命の保証はしない』


水が振動し、女性の声を発する。

ジェイドはそんな精霊の姿をまじまじと観察し、漠然とその正体を感じ取った。


「…魔族か。ぶっ殺してその魔石を売り払えばいい金になりそうだ」


やはり交渉できる相手ではない。

分かってはいたものの、エリエスは不愉快そうに顔を歪めた。

彼女とは対照的にジェイドはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、腰の剣を抜き放った。


その刹那、周囲の大気がヒリヒリと肌を刺激するかのように異様な雰囲気を発するのをエリエスは感じた。

現れた刀身は夕陽を反射して鋭く、かつ妖しげに光る。


(…あの剣、普通じゃない)


エリエスの瞳に映る男の姿はまるで人間ではなく、鬼か悪魔の如き深い影を落としていた。








一方、コルアの瞳に映るはバタバタと慌ただしく酒場の外へと駆け出す男達の背中だった。


「魔物が出たぞ!」「お頭を守れ!!」などと叫びながら各自武器を取り、水の精霊を囲っていた。


「…みんな出ていっちゃいましたね」


気付くと酒場の中に取り残されていたのは、昌也とコルア二人だけ。

皆が皆未知の魔物への対応に追われ、椅子に縛り付けた二人のことを気にかける者などいやしない。


「これって…チャンスじゃね?」


と昌也。


「でもどうやって逃げるんですか!?」


「椅子を倒して壊したりとかできねーかな…」


昌也は試しに体を横に揺らして椅子を傾け、勢いよく倒してみた。


「~っ!」


ガンッ!と地面に体を打ち付け、椅子ごと横たわる昌也。

残念ながら椅子は思いのほか頑丈でビクともせず、肩をぶつけて痛めただけの徒労に終わった。


「痛てて…。やっぱダメか…」


ガックリと項垂うなだれて床を見つめていると、不意に何者かの足が目に入り、昌也の心臓が飛び跳ねる。


「っ!!?」


逃げようとしているところを見付かってしまった。

もしかしたらこのまま殺されるかもしれない。

そんなことを考えながら昌也が恐る恐る目線を上げると、そこに立っていたのは…。


「…ユユ!?」


幸い盗賊の男達などではなく、ユユであった。


昌也とコルアがホッと息をつくと、ユユは周囲を気にしながら二人の縄をほどき始めたではないか。


「!?」


結び目が固いせいで少し時間がかかったものの、誰にも見られることなく二人の拘束は解かれた。


「ありがと~!」


体が自由になるや否や、コルアは感激のあまりユユを抱き締める。

無意識に力を込めすぎたのか、胸の中で何やらモゴモゴと苦しそうに声を発するユユに、コルアはハッとして少し手を緩めた。


「ちょっと!こんなことしてる場合じゃないよ、早く逃げなきゃ!」


確かに。と昌也とコルアは目を見合わせる。


「来て!」


ユユに案内され、昌也達は駆け足で酒場の裏口へと向かった。

切羽詰まった形相のユユを心配して、昌也が途中で声をかける。


「…こんなことして大丈夫なのか!?見つかったら何されるかわかんねーぞ」


「うん…。でもこのままだと二人とも殺されちゃう」


「そりゃそうだけどさ…」


裏口の扉を開けようと手を触れるユユ。

しかし不運なことに鍵がかかっており、押しても引いても開きはしなかった。


「ダメだ、鍵がかかってる…」


「ええっ!?」


「どこか違う場所から………!」


突然、振り向いたユユが驚愕の表情を浮かべ、ピタリと身動きが止まった。

恐ろしげな目でじっと何かを見ていたため、つられてそっちを向く昌也とコルア。


「!!」


それと目が合った時、二人の間にもユユと同じように緊張が走る。


セクタスが入口からこっちを向いて立っていたのだ。


「セクタス…」


「…様子を見に来てよかった」


セクタスはそう言いながら剣を引き抜き、三人の元へと迫り来る。

裏口は施錠され、入口には大勢の男達が集まっているため逃げ場などなかった。


「セクタス待っ……!」


「………」


昌也達の前に来たセクタスは聞く耳も持たないといった風に、容赦なく剣を振り下ろした。

もうダメだとギュッと目を瞑る昌也とコルア。


ガッ!と剣が何かに当たり、鈍い音を放つ。


「………?」


斬られた感覚はなかった。

二人が恐る恐る目を開けると、裏口の錠が破壊されて扉が開いているではないか。


「…早く行け。誰にも見つかるなよ」


セクタスは剣をしまい、顎をクイッと動かして催促する。


「あ、ありがとうございます。でも康とエリエスがまだ向こうに…」


コルアが心配そうに入口の方に目をやる。


「トラックなら既に走り去った。魔物のことは…私が何とかする。とにかく走れ!」


三人は言われるがままユユを筆頭として裏口を飛び出し、酒場から脱出したのだった。




…誰もいないがらりとした酒場。


倒れた椅子とほどかれた縄に視線を落とすセクタス。

外からは魔物を取り囲んだ男達の、困惑と怒声が入り雑じった声。


「…さて、どうしたものか」


セクタスはややこしい状況に頭を抱え、人知れず溜息を一つついた。

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