第24話【マーナ族】



皆が一斉にコルアに向かって駆け寄る中、項垂うなだれる昌也の元に近付いてくる足音が一つあった。


「…お兄ちゃん大丈夫?」


ユユである。


自らも怪我をしたばかりだというのに、昌也の身を案じて声をかけてきたのだ。


「…ああ、すげー痛いけどな」


子供に情けない姿を見せるのが嫌で、ふらつきながらも立ち上がる昌也。

「いててて」とお腹をおさえて痛がると、ユユがフフフと微笑む。


「お兄ちゃん、弱いね」


「…うるせー」


「ぼくも、みんなの中で一番弱いんだ」


「そうなのか?」


「うん…」


しょんぼりとうつむくユユに、昌也は同情とも共感とも似た感情が芽生える。

こんな小さな内から痛い思いをして鍛えられるなんて、むごい話だ。


「お前の方は大丈夫なのか?さっきやられてたけど」


「慣れてるから…」


「そういや全身にアザがあったけど、あれって訓練でついたやつだったのか」


こくりと頷くユユ。


これで謎がひとつ解けた。

てっきり誰かから暴力や虐待を受けていたのかと思い込んでいたが、それらは厳しい訓練によってできたものだったらしい。


だが謎はもうひとつ残っている。

昌也は思いきって尋ねてみた。


「もしかして町の外で倒れてたのって、訓練が嫌で逃げたのか?」


「…!」


ユユは思わず顔を上げて首を大きく横に振る。


「ううん!確かに訓練はつらいけど、そんなことで逃げたりしないよ」


「じゃあ何で町から出たんだ?」


「それは………」


再びうつむき、言いにくそうに黙りこむユユ。


その時である。


地面の砂粒がブルブルと震えだしたではないか。

大地が微かに揺れている。


それと同時にどこからともなくドッドッドッと太鼓を叩くような重低音が周囲に響き渡った。


「…何だ?」


昌也もコルアも警戒して周囲の様子を窺う。


町の建物に遮られて何も見えないものの、この音には聞き覚えがある。

多くの馬が大地を蹴る音だ。


「あいつが来た…」


「え?」


見ると、ユユが身を震わせている。

その表情は何かに怯え、恐怖の色に染まっていた。






テーブル上の酒瓶がカタカタと震えだし、酒場のエリエスも外の異変に気付いた。


(…何?)


エリエスはすぐさま寝息を立てている康の耳元で声をかける。


「起きて康!何か来る」


「……ん~?」


康は間の抜けた声を上げたものの、まだ意識がはっきりしない様子で目覚める気配がない。


「ちょっと、起きて!」


「……ふぇ?…どうかしたの?」


ペチペチと顔を叩かれ、ようやくまぶたを開く康。

最初はボーッとしていたものの、徐々に意識がハッキリすると目をこすって周囲を見渡した。


「あれ…、みんなは?」


酒場内に昌也とコルアの姿はなく、あるのはテーブルに視線を落として明らかに萎縮した様子の男達の背中のみ。

先ほどまで酒を交わしながらワイワイ騒いでいたのが嘘のように、室内は静まりかえっている。


代わりに酒場の外では大勢の馬と人間がやってきたような騒音が入り乱れていた。


「一体何が…」


次の瞬間、康の呟きを遮るようにして酒場の扉がドンッと開き、一人の大男が乗り込んできたではないか。

身長2mはありそうな巨漢で、分厚い革のジャケット姿。顔を赤いスカーフで覆っていた。


「あの外にある乗り物はどうした!!」


男のダミ声が酒場全体をビリビリと震わせる。

あまりに太く大きな声に、その場にいた全員の体がビクッと縮こまる。


康はその男の姿にどこか見覚えがあった。


「あの赤いスカーフ…」


忘れもしない。

それは康達がこの世界に来て間もない頃のこと。


『おとなしく積み荷を置いてきな!』


そう言って過去に自分達を襲撃し、荷物を奪おうとした盗賊団の男に他ならない。


(間違いない…赤の盗賊団だ!)


康は声を殺して顔を伏せて気付かれないようにやりすごそうとしたが、そう上手くはいかなかった。


「その男が乗ってきたんです!」


マーナ族の一人が立ち上がって康を指差したのだ。


ギクリと康は恐る恐る顔を上げ、男の方を見る。


「ど、どうも…」


男の放つ強烈な威圧感に怯みながらも、少しでも穏便に済まそうと必死に苦笑いを浮かべた。

だが男はそんなのお構い無しとばかりに鋭い視線で返す。


「殺せ」


「…えっ!?」


男の命令を受けた部下達がズカズカと康へと迫るが、周りにいる誰も康を庇おうとはしなかった。


(…っ!)


危険を感じたエリエスが魔石の力を使おうとするも…。


(しまった、魔石はトラックの中に…)


ユユを助けることに必死で、車内に置き忘れてしまっていたのである。

取りに戻る暇などない。


そして盗賊達の剣が康に向かって振り下ろされようとしたまさにその時。


「ジェイド、よせ!」


誰かの声が響いた。


声の主は、馬の足音を追って酒場へと駆け付けてきたセクタスであった。

彼は盗賊団の男達を前にしても臆することなく堂々と立っていた。


昌也とコルア、ユユらもすぐに後からやってくる。


「あ、赤の盗賊団!!なんでこんなところに!?」


赤いスカーフで顔を覆った集団を目の当たりにし、昌也とコルアの間に緊張が走る。


ジェイドと呼ばれた男はそんな二人を目にして、スカーフを外しながら振り向いた。


「…どういうことだセクタス。説明しろ」


男の素顔が明らかになり、昌也達は絶句する。


「な……!」


スカーフの下に隠れていた彼の肌は、マーナ族と同じ褐色だったのだ。

他の盗賊団達も次々に素顔を現すが、例外なく全員茶色の肌をしていた。


「赤の盗賊団は…マーナ族!?」


驚きのあまり声が出るコルア。

衝撃の事実に昌也と康も絶句している。


「彼らはチノのよこした運び屋だ。手を出せば取り引き相手を失うことになる」


「運び屋だと?」


セクタスの説明を受けてジェイドが考え込み、その場にいた全員の動きが止まる。

部下達は皆、彼の指示を待っていた。

その匙加減ひとつで全てが決まる状況下、昌也達も静かに息を飲む。


そしてジェイドの出した答えは…


「…じゃあこれからは取り引きでなく、奪い取ればいい。あの鋼鉄の乗り物を使ってな」


ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、剣の柄に触れた。

だがセクタスはそれを許さなかった。


「ユユの命の恩人だぞ!」


「!?」


ピタリ…とジェイドの手が止まる。


同時に鋭い視線が一瞬ゆるみ、ユユの方を向いた。

目が合うとすぐにユユは気まずそうに視線を落とす。


「…バカ息子め。また逃げ出したのか」


ボソッと放たれた呟きに気付き、身震いするユユ。

そんな我が子を見てジェイドは溜め息をひとつ吐くと、剣から手を離した。


「…だが正体を知られた。生きて帰すわけにはいかん」


「彼らは誰にも話したりしない」


「それはどうかな」


縛り上げろ!とジェイドの命令によって、成す術もなくその場で縛り上げられる一行。

屈強な盗賊達に囲まれているため、抵抗など意味をなさなかった。


「待って父さん!この人達は…」


「黙れ!」


飛び出してきたユユの顔を殴り、言葉を遮るジェイド。


「…っ!」


「今度逃げ出したらただじゃおかんぞ!この恥さらしが…」


ジェイドからの圧力に屈し、ユユは俯いて何も言えなくなる。

周囲の人間も思わずそちらに目をやった。


身動きの取れない昌也達はどうすることもできなかったが、その隙にエリエスが物陰に飛んで難を逃れた。


幸い誰にも気付かれることはなく、全員捕まるという最悪の事態だけは避けられた。

とはいえ魔石がなくてはどうすることもできない。

目の前で拘束される昌也達を見て、エリエスだけでなくユユも自らの無力さを痛感し、唇を噛んだ。









そこから離れた荒野にて。


喉元を掻き斬られ、打ち捨てられた傭兵や商人達の死体を前に、とある集団が佇んでいた。


おそらく100人近くはいるだろう。

各々が防具を身に付け、背中に槍や剣を携えていることから、単なる烏合の衆ではないことが窺える。


「むごいことを…」


凄惨な現場を目の当たりにし、思わず眉をひそめる男達。


「隊長!こっちに馬の足跡が」


部下達が道を開け、隊長と呼ばれた人物が姿を現す。

金髪で色白の肌をした、精悍な顔つきの男だった。


そう、それはかつて迫り来るドラゴンを一撃で倒し、昌也達を拘束した騎士アスレイ。


彼は荒野に残された多くの馬の足跡が同じ方角に向かっているのを見逃さなかった。

その先に続くのはアルマーナへの道。


「…今日こそだ。今日こそ赤の盗賊団を滅ぼすぞ!」


アスレイの号令に男達は天高く武器を掲げて雄叫びを上げると、アルマーナ目指して馬を走らせたのだった。

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