第23話【未熟な英雄】


大きなイビキをかきながら康が酒場のテーブルに突っ伏していた。


歓迎パーティーと称した飲み会から1時間ほどが経った頃のことである。

テーブル上や床には何本もの空瓶が転がっており、それらが全て彼の飲んだものかは定かではないものの、完全に酔い潰れて寝ていることだけは確かだ。


「おっさん…おっさん!…おーい!」


きっと長旅で運転の疲れも溜まっていたのだろう。

昌也の揺さぶりにも一向に目覚める様子は無く、寝返りを打って顔を背ける。


「…ダメだな、完全に寝てる」


「昨日もあまり寝てなかったし、きっと疲れてるんだと思います」


呆れる昌也をコルアがなだめる。


いくら酒の誘いを断りづらいとはいえ、見知らぬ土地で酔い潰れるとは何とも無用心なことである。

二人はまだ未成年であることを理由に断って何とか水でやり過ごしたが、大人である康はそうもいかなかった。


マーナ族の男達はというと、康が寝てしまった後も特に気にする素振りもなく、各自わいわいと酒を飲みながら楽しそうに談笑していた。

みんな顔つきは怖いものの、思ったよりは悪い人達ではないのかもしれないと昌也は思った。


「…そういえばあの子はどこに行ったんでしょう?」


いつの間にかいなくなった少年が気になり、コルアが辺りを見渡す。


「さあな…、セクタスとかいう人もどっか行ったし」


「ちょっと探してきます」


「ええ!?うろうろしたって道に迷うだけだぞ」


「でも心配だから…」


「…だったら俺も行くよ。ここに居たって退屈なだけだからな」


「エリエスはどうしますか?」


ふと、康の傍で休んでいるエリエスに向かってコルアが尋ねる。


「私はここに残るわ。康が起きた時、誰もいなかったら心配でしょ?」


「確かに…。じゃあヤスシをお願いします」


「任せて」


「………」


手を振って別れるコルアとは対照的に、昌也はエリエスの方を見ることもせずに無言で立ち去る。

互いに先程の口喧嘩をまだ引きずっているのだろう。

彼女もまた昌也を見ようとはしなかった。






外は徐々に太陽が落ち、夕方へと近付いている頃だった。

さて、酒場を出たはいいものの、どこへ向かえばいいのかとんと見当もつかない昌也とコルアはとりあえず道なりに足を進めることにした。


「あのユユっていう子、大丈夫かな…」


コルアが周辺に気を配りながらぼそりと呟く。


「ただの脱水症状だって言ってたし、意識も戻ったから大丈夫だろ」


「そうじゃなくて、『何でここに連れてきたんだ』って怯えてたのが気になって…」


「それは…何でだろ…」


確かに言われてみればおかしな話である。

行き倒れていたところを救い、故郷へと帰したのだ。

普通は安心するなり喜ぶなりするはずなのに、あの子の反応はまるで何かを恐れているような、そんな表情に見えた。


「…?」


二人が思慮を巡らす中、不意にコルアの耳がピクリと動く。

どこからか人の話し声が聴こえてきたのである。


「あっちから声がしますよ。…あと何か変な音も」


「音?…何も聴こえないぞ」


よく耳をすませてみても、昌也に聴こえるのは風の通り抜ける音くらい。


しかし言われるがままコルアについていくと、やがて大工が木槌を打ち込むようなカンカンッと乾いた音が鼓膜を震わせてきた。


(…何だこの音?)


そして小路地を抜けた先で今度は人の話し声が耳に入ってくる。

やはり人間と獣人では聴力が全然違うらしい。


そこは柵で覆われた広場であった。


中には何人かの子供達と副族長のセクタス、例のユユという子の姿も見える。


(何やってんだろ…)


やや遠目に昌也が様子を見ていると、子供同士がそれぞれ木製の剣を振り合い、鋭い目付きで戦っているではないか。

さながら決闘である。


剣と剣がぶつかるたびに、カンカンッと乾いた音が鳴り響く。

先ほどから聴こえている音の正体が分かった。


その場にいる唯一の大人であるセクタスはというと、子供達の行動を止めるでもなく、ただ腕を組んで静観している。


大人顔負けの素早い身のこなしと、力強い剣さばき。

そんな子供達の駆け引きにただただ圧倒される昌也とコルア。


皆が見守る前でやがてユユが他の子に打ち負け、胸に強い一撃をくらって地面に倒れ込んだ。


「あっ!」


と、思わず声をもらすコルア。


「…!」


ここにきてセクタスが昌也達の存在に気が付き、子供達を制して歩み寄ってきた。


「お前達、何故ここに?」


「えっと…その子の様子が気になって…」


ゲホゲホと苦しそうに咳き込むユユに目をやりながらコルアが気まずそうに答える。


子供達からの注目を浴びて、昌也も何だか見てはいけないものを覗き見してしまったような後ろめたさを感じて視線を逸らす。


「見ての通り、今は訓練中だ。この子達のな」


「訓練?」


「マーナ族は戦士の一族だ。だから皆が一人前の戦士になるように、子供の頃からこうして鍛えてる」


よそ者には理解できないかもしれないがな、とセクタスが付け足す。


「すげー、獣人だ!」

「尻尾が生えてるー」

「触ってもいい?」


突然子ども達がセクタスとの間に割って入り、黄色い声を上げてコルアの周囲に群がる。

よほど獣人が物珍しいのか、ジロジロと間近で観察したり尻尾に触れたりしてきた。


コルアはというとそんな状況に戸惑うばかりで、「え?え?」と慌てふためいている。


「獣人さんも訓練しにきたの?」

「一緒にやろうよ!」

「やろうやろう!」


と、子供達に腕を引かれ、強引に柵の内側へといざなわれるコルア。


可哀想に…と苦笑いを浮かべて眺めていた昌也だったが、「ほら、お兄さんも!」と腕を掴まれたことで一瞬の内に顔が引き吊ることになる。


「へっ!?俺はやらねーよ!」


必死で抵抗しようとするも、とても子どもとは思えぬ力で引っ張られて無理矢理コルアの隣に連れて行かれた。


「ちょっと、あんたからも何か言ってやってくれ!」


昌也の悲鳴に、意外にもセクタスは止めるどころか促してくる。


「いい機会だし、相手をしてやってくれ」


「はあっ!?」


その目は冗談を言っているようには見えず、真面目そのものだった。

子ども達の方もキラキラ瞳を輝かせて、期待の眼差しで木剣を手渡してくる始末。


「…まあせっかくだし、ちょっとだけやってみましょうか」


「こんなので殴り合えってか!?」


コルアの提案に思わず声を荒げる昌也。


試しに剣で柵を叩くと、コンコンと硬い音がした。

いくら手加減したとしても、こんなので殴られたら怪我をするのは免れないだろう。


しかしこの場には怪我を恐れるものなどいないのか、むしろ皆楽しそうですらある。

先ほどまで倒れていたユユも衣服に付着した土を落としながら何事もなかったかのように立ち上がり、昌也達の動向を見守っていた。


(どうなっても知らねーぞ…)


どう考えても断れる空気ではないことを察した昌也はヤケクソで剣を構える。


隣にはコルア。そして目の前には小学生くらいの少年が二人。

雰囲気的におそらく2対2のチームで剣を交えることになるのだろう。


この時の昌也は子ども相手に怪我をさせないよう手加減することで頭がいっぱいだったが、いざ試合が始まるとそんなのはただの杞憂きゆうで、むしろ案じるべきは自分の身だったと痛感することとなる。


「始め!」


セクタスの号令を受けて少年達から笑顔が消え失せたかと思うと、いきなり素早い動きで間合いを詰めて斬りかかってきたではないか。


(早っ…!!)


昌也はとっさにガードするも、即座に剣を弾かれて腹部に強力な一撃をくらってしまった。


「がっ…!」


衝撃のあまり一瞬息ができず、その場に膝をつく昌也。

うずくまって呼吸を整えるのが精一杯で、反撃などとてもできなかった。


一方コルアは迫り来る攻撃を軽やかなバックステップで回避すると、相手に対して余裕の笑顔を向けた。


「~~っ!」


まさか避けられると思っておらず、少年は焦って追撃を行う。

しかしすぐにやられるだろうという大方の予想に反して、コルアはその猛攻にも涼しい顔でかわしたり剣で受け流したりしていて、一向に負ける気配がない。

そこへ昌也の相手をしていた少年まで加勢にきたことで、状況は2対1になった。


コルアにとって圧倒的不利な状況。

にも関わらず、いつまでたっても二人の剣はコルアに触れることが叶わなかった。


(…もしかして、獣人だから人間よりも動体視力が良いのか?)


昌也の洞察は正しかった。

その証拠に、訓練された華麗な身のこなしというよりはぴょんぴょん跳ねたり左右にふらついたりと、身体能力の高さに甘えただけのぎこちない動きである。


それが余計相手のしゃくに障るのだろう。

今まで厳しい訓練によって培われてきた剣技が全く通用しないことにムキになって攻め続けた結果、少年達の体力は尽き、息切れしてもはや剣を振るどころではなくなった。


それを見るや、これまで回避に専念していたコルアは一転、剣を振り下ろして二人の肩をトントンッと軽く叩き、試合に終止符を打ったのだった。


「これでこっちの勝ち…ですよね?」


パチパチと小さな音が聴こえてくる。

セクタスがコルアに向かって拍手を送ってきたのだ。


その瞬間、見学していた子ども達の間からワッ!と歓声が沸き上がり、皆がコルアの周囲に駆け寄ってくる。


「獣人さんすげー!」

「どこで剣を習ったの!?」

「ぼくにも教えて!」


小さな人集りに戸惑いながらも、どこか照れ臭そうなコルア。

さながらその光景は英雄の誕生であった。


「………」


地面に膝をついたまま取り残されていた昌也は人知れず、そんなコルアの姿を複雑な気持ちで見ていた。


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