第27話【混迷極まる】
(…どういうことなの!?)
目の前で大勢が入り乱れての殺し合いが始まり、戸惑うエリエス。
盗賊達の相手をしてくれるのは助かるが、かといって突如現れたこの兵士達がまだ味方とは限らない。
「てめぇは後回しだ。邪魔だけはするなよ!」
ジェイドは水の精霊に向かってそう言うと、狙いをアスレイに変えて素早く斬りかかった。
アスレイはとっさに反応し、攻撃を剣で防ぐ。
ガキンッ!と今にも折れそうな勢いでぶつかる剣と剣。
剣の周囲でバチバチと小さな稲妻が弾けるのを見てジェイドが眉間に皺を寄せる。
「…これが噂の雷光剣か。一撃必殺の刃ってのは嘘じゃなさそうだな」
「この
激しい
(今はとにかく昌也達を助け出さないと…)
精霊の右肩に乗って大急ぎで酒場の中へと向かったエリエスだったが、すでに中はもぬけの殻。
倒れた椅子にほどけたロープ、開いた裏口を見て彼女はすぐに状況を察した。
(…良かった、二人とも逃げられたのね)
ホッと息をついたのも束の間、まだ無事が確認できたわけではないため予断は許さない。
(もしかしたら戦いに巻き込まれてるかもしれない。早く見つけ出さなきゃ…)
エリエスは裏口を通り、仲間達の捜索を開始した。
「どういうことだよ一体!?」
物陰に身を潜める昌也達は、町のあちこちで巻き起こっている混戦に圧倒されていた。
いきなり見知らぬ兵隊が町に攻め入ってきたのだから無理もない。
「多分あいつら王の剣だ…」
「王の剣?」
ユユの呟きに昌也とコルアが首を傾げる。
二人とも初めて聞いた単語だった。
「知らないの?凄く強くて、王様の命令を絶対に守る兵隊の集まりだって」
「…王様の命令?じゃあ攻めてきたってことは、狙いは赤の盗賊団の殲滅か?」
「多分…」
「ど、どうすればいいんですか!?」
混乱するコルアを昌也が冷静に
「落ち着け、とりあえずここに隠れてもう少し様子を…」
しかしその直後、昌也の言葉を遮るように激しいクラクションが町に響いた。
「あっちからです!」
コルアが前方を指差す。
そこにはクラクションを連打し、エンジン音を撒き散らしながら人混みを掻き分けるように道を突っ切るトラック、そして必死にハンドルをきる康の姿があった。
「おっさんだ!」
「行きましょう!」
昌也とコルア、ユユの三人はトラックの進行方向に先回りし、両手を大きく振りながら道の真ん中へと飛び出した。
何者かが立ち塞がってきたことに焦った康だったが、それが昌也達だと気付くとパァッと顔を綻ばせた。
「みんな!!」
康はすぐさまトラックを三人のそばに停車させてドアを開ける。
「早く乗って!」
「ありがとう、助かっ……!?」
振り向きざま、昌也が何かに気付いて目を見開いた。
クラクションの音に驚いた一頭の馬が暴れながらこちらに向かって突進してきたのだ。
馬は一番小さく弱そうなユユを狙い、大きく身を反り上げて蹄を振り下ろそうとする。
馬の体重はおよそ500kg。
踏みつけられれば無事では済まない。
「危ない!!」
次の瞬間、どこからともなく現れた液体の竜がユユの体を
目標を失った馬は鳴き声を上げると、そのまま怯えた様子で走り去った。
「…危ないところだったわね」
竜の頭上から声をかけてきたのは、他でもないエリエス。
彼女もまたトラックの音を聞きつけ、駆け付けてきたのだ。
「エリエス!」
竜を人の姿へ変え、ユユをそっと地面へ抱き下ろすエリエス。
「みんな無事で良かった~!」
再び全員揃って
互いの顔を見合い、皆安心してどこか照れ臭そうに口元を綻ばせる。
だが今はのんびりと再会を喜んでいる場合ではない。
「みんな乗って!とにかくここから逃げよう」
何はともあれこれで無事に町から脱出できる。
康の言葉に全員頷き、順番にトラックへと乗り込み始めた。
余裕の笑みを浮かべるジェイドの前で、アスレイが左腕をだらんと力なく垂らしていた。
腕からポタポタと流れ落ちた血が大地を赤く染める。
「どうした?かすり傷すら負わせられねーのか?」
「くっ…!」
僅かな傷口からも雷撃を流し込み、ドラゴンをも一撃で仕留める雷光剣。
それに加え自身も"王の剣"の隊長を務めるだけあり、この世界でも屈指の実力を持つ剣士アスレイ。
その天下無敵の男が劣勢という異常な光景に、兵士達の目に焦りが見えた。
「隊長を守れ!」
誰からともなく兵士達がジェイドの前に立ち塞がり、アスレイを守る陣形を整える。
「ちっ!ゴミどもめ…」
舌打ちするジェイドの隣に歩み寄る者がいた。
セクタスである。
ジェイドは彼の方をちらりと
「手伝えセクタス。二人であいつを仕留めるぞ」
「………」
セクタスは無言で剣を抜き、ジェイドも突撃の姿勢を取る。
ドッ!
ジェイドがまさに兵士達に向かって斬りかかろうとしたその時、急に背中に強い衝撃が走った。
「が…!?」
何が起こったのか理解できず、ゆっくりと振り向くジェイド。
冷たい視線。
セクタスと目が合い、ジェイドはようやく理解した。
血が喉の奥から溢れ出る。
剣が背中に突き刺さっていたのだ。
セクタスが剣を引き抜くや鮮血がほとばしり、地面に膝をつくジェイド。
「…何の真似だセクタス!?」
濁った声を吐くジェイドに対し、セクタスは剣に付着した血を振り払いながら彼を見下ろす。
「周りを見てみろ。多くが死んだ」
周囲を見渡すと戦っている残党は僅かばかりで、赤の盗賊団のほとんどは地面に横たわり息絶えていた。
男達だけではない。
マーナ族の女や子供も襲われ、悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
それを見てジェイドから闘志が消え、瞳が虚ろに揺れる。
「………」
「全滅は目に見えている。お前の首と聖剣を差し出し、戦いを終わらせる」
「そうか…」
ゴホゴホと血を吐きながらジェイドは聖剣を鞘に収め、セクタスへ手渡す。
その際セクタスの腕をガッチリと掴み、真っ直ぐに眼を見た。
「一族を…息子を頼んだぞ…」
「…任せろ」
トラックに乗り込む直前、遠目からジェイドが倒れる瞬間を目撃してユユが悲鳴を上げた。
「父さん!!」
「あっ!ユユ!?」
皆が止める間もなく父の元へ駆け出すユユ。
「…っ!」
昌也とコルアが慌てて後を追うが、出遅れた康とエリエスはトラックごと兵士達に囲まれてしまった。
「父さん!父さん!」
ユユが駆けつけた時には、既にジェイドは絶命していた。
どれだけ体を揺さぶっても父の目が開くことはない。
「………」
父親を失った悲痛な息子の姿を見て、悲しげに佇む昌也とコルア。
気が付くとマーナ族や兵士達も戦闘を止め、例外なくそちらを見ていた。
訪れる静寂の中、ユユの泣き声だけが嫌に響いていた。
これ以上犠牲を出さないためにやったとはいえ、セクタスも胸を痛めた。
「…すまない」
すすり泣くユユの肩にそっと手を置き、セクタスは聖剣を拾い上げて掲げる。
「…族長の首と聖剣を渡す。だからこれ以上一族を傷付けないでくれ!」
「…いいだろう」
ことの成り行きを見届けたアスレイは静かに頷いて剣をしまうと兵士達に指示を出した。
「全軍、戦いは終わりだ!全員速やかに武器を収め…」
その言葉の途中で、ヒュッ!と何かがアスレイの横を通り抜けた。
「……え?」
音のした方を向くと、一人の兵士が弓を構えていた。
その兵士の視線の先には、右肩に矢を受けて聖剣を落とすセクタスの姿が。
彼が無断で矢を放ったことは一目瞭然だった。
「な…、勝手な真似をするな!!」
驚きに顔を歪め、とっさに兵士に掴みかかるアスレイ。
だが兵士は悪びれる素振りもなく、アスレイに向かって言い放つ。
「勝手な真似をしてるのはどっちだアスレイ。王の命令は盗賊団の殲滅。マーナ族全員が盗賊と繋がりがあるのは明らかだ」
「…っ!…女子供もいるんだぞ!?」
「手を汚すのが嫌なら、そこで指を咥えて見てるんだな。あとは我々がやる」
その兵士が手を上げると、それを合図にするかのように他の者達も次々と矢を放ったり、剣で斬りかかってマーナ族への攻撃を再開した。
「騙したな…」
肩を押さえながらセクタスは自らの判断を呪った。
バタバタと倒れ行く仲間達、泣き声を上げるユユ、息絶えるジェイド。
家屋には火が放たれ、町のあちこちから黒煙が上がった。
もはやどうしようもなく、一族共々死にゆく運命を受け入れるしかない。
ジェイドが生きていれば、万が一勝利する可能性があったのかもしれない。
あるいは聖剣の力が使えれば、道を切り開く希望が作り出せたのかもしれない。
全ては自分の勝手な判断が招いた結果。
「……っ」
セクタスは落ちている聖剣を拾い上げる。
だが肩に矢を受けてしまい利き腕を潰されてしまった今の自分には、聖剣を鞘から抜き放つことすらできないだろう。
「ユユ!」
絶望するセクタスとユユの前に、昌也とコルアが駆け寄ってくる。
「何してんだよ!早くここから逃げるぞ」
「今ヤスシがトラックを…」
コルアの言葉を遮るように、一本の矢がすぐそばの地面に突き刺さった。
兵士達がこちらに狙いを定め、剣と弓を構えて近付いてきていたのだ。
トラックも完全に取り囲まれ、身動きが取れていなかった。
助けはこない。
ジリジリと着実に距離を縮めてくる兵士達を前に、コルアはとっさにユユの体を抱き寄せる。
昌也もセクタスの側に寄り、肩を
「………おい」
全員が死を覚悟する中で、セクタスがぼそりと昌也に声をかける。
「…俺はもう戦えない。この剣で皆を救ってくれ」
「え!?」
戸惑う昌也の胸に、強引に聖剣を押し付けるセクタス。
そうは言われても、先程の子供との合同訓練で自分の弱さを見たはず。
昌也は何故自分なんかに剣を手渡してくるのか理解できなかった。
「そ、そんなこと言われても俺…」
「死にたくなければ剣を抜け!」
セクタスの強い剣幕にビクッと震え、昌也はその声に弾かれるように剣を引き抜いた。
刀身がギラギラと夕陽を反射しながら現れる。
それと同時に、昌也は自らの身体に起きた異変に気付いた。
剣からまるで電気が走るように、腕から全身にかけて得体の知れない痺れを感じたのだ。
それだけではない。
何者かの声が鼓膜の奥に直接響き渡ってくる。
『…守れなかった』
それは死んだはずのジェイドの声。だが彼の声だけではなかった。
何人もの人間の声がぐちゃぐちゃに入り雑じり、昌也の脳内を掻き回す。
頭が割れそうに痛い。
視界がグニャリと歪み、吐きそうになる。
しかしどうしたことか、剣はまるで鎖で縛り付けられているかように手から離すことができなかった。
(…何だこれ…俺は………)
次第に薄れゆく意識。
自分が何をしているのか、何者なのかも定まらない。
それでも倒れることも剣を落とすこともなく、ただ俯いて立っていた。
昌也の様子がおかしい。
その場の皆がそれに気付いたものの、兵士は待ってなどくれない。
一同の前に立った兵士はまず俯く昌也に狙いを定め、殺気を込めてその首に向かって容赦なく剣を振り下ろした。
「マサヤっ!!」
…噴き出す鮮血が昌也の顔を赤く染める。
昌也が死んだ。
その場の誰もがそう思った。
だがその噴き出した血は彼のものではなかった。
「ぐあああああっ!?」
悲鳴を上げたのは兵士の方だった。
よく見ると腕の先が無く、血がドバドバと地面に垂れている。
無くなった手はというと、剣を握り締めたまま地面に落ちていた。
兵士が剣を振り下ろすよりも速く昌也が相手の腕を斬り落としたのだと、ここでようやく全員が気付いた。
「…マサヤ?」
まるで何か得体の知れない恐ろしいものを見るような目で昌也のことを見るコルアとユユ。
夕陽のせいかもしれない。
ゆっくりと顔を上げた昌也の瞳が、一瞬赤い光を放ったような気がした。
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