第13話 【臆病者】
「昌也君、早く逃げよう!」
恐怖に染まった康の声が昌也を急かす。
もちろん昌也も逃げたい気持ちは山々だった。
しかし昌也はその場を動こうとせず、水の精霊を睨み返していた。
「…いや、戦うぞ」
「ええっ!?」
「逃げたところでガソリンの無いトラックじゃ旅は無理だ。ここで石を手に入れないと」
「でも負ければ殺されちゃいますよ!?」
まさかの戦うという決断にコルアも動揺を隠せない。
「分かってる!…だから皆で力を合わせるんだ」
昌也が落ちていた剣を拾い上げるのを見て、康とコルアも躊躇いがちにそれぞれ足元にあった槍と短剣を握り締める。
『…愚かな』
一様に冷や汗をかいて怯えの表情が見てとれるものの、戦う姿勢を見せた3人に対して精霊は冷たく言い放つ。
そして次の瞬間、精霊は水飛沫を上げて凄まじい勢いで3人に飛びかかった。
ギャー!という悲鳴と同時に後ろからカランカランと金属が地面に落ちる音がする。
昌也が振り返ると、康とコルアが武器を捨てて逃げ出しているところであった。
「ちょっ、みんな!?」
精霊の狙いは取り残された昌也に絞られる。
「…クソッ!」
自らに向かって迫り来る精霊に対し、昌也は悪態と共に勢いよく剣を振り下ろした。
剣は見事に精霊をとらえ、その体を真っ二つに切り裂く。
その確かな手応えに昌也がニヤリと勝利を確信したのも束の間、精霊の傷はすぐに水で塞がって元通りに再生した。
「!?」
『無駄だ』
精霊は両手を拡げたかと思うと、ガバッと昌也に抱擁をして覆い被さった。
昌也の全身が水で包み込まれ、あっという間に精霊の体内に閉じ込められる。
吐く息はゴポッと泡へ変わり、声を発することも呼吸をすることもできない。
「マサヤ!?」
「昌也君!」
もがき苦しむ昌也の姿を目の当たりにし、コルアと康から血の気が引いた。
「マサヤを離せ!」
コルアはとっさに落ちていた石ころを拾い上げて精霊目掛けて投げつける。
だが悲しいかな。
不器用なコルアの放った石は狙いを大きく外れて精霊の横を通り抜け、草むらに座っていた蛙に当たりそうになった。
蛙が慌てた様子でピョコッと跳ねて逃げる。
(どこ狙ってんだよ下手くそ!)
精霊の中から動向を見ていた昌也は心の中でツッコんだ。
しかし何が起こったのか、突然精霊の体がパシャッと弾けて昌也は地面に倒れ込む。
「!?」
ゲホゲホと肺に溜まった水を吐き出し、苦しげに呼吸を整える昌也。
「大丈夫!?」
康とコルアが急いで昌也に駆け寄る。
二人に支えられて昌也が身を起こすと、またすぐに魔石を核にして水の精霊が姿を現した。
「また出てきたよ!?」
「…くっ!」
再び襲いかかってきた精霊に対してパニックに陥る康と、とっさに剣を取って斬りかかる昌也。
繰り出した剣撃が無残にも空を斬る。
こちらに向かって来るかと思いきや、精霊はコルアに狙いを定めて進路を変えたのだ。
「え!?」
水の抱擁を受け、先程の昌也と同じように身動きが取れなくなるコルア。
「コルアちゃん!」
助け出そうと康が手を伸ばすと、水は康にまで範囲を広げて瞬く間に飲み込んでしまった。
「おっさん!!」
康とコルアはバタバタと両手で口元の水を掻き出そうとしたが、水はその動きに合わせてまとわりつき二人の脱出を許さない。
(ヤバいヤバいヤバい!!一体どうすりゃいいんだ!?)
二人が精霊の内部にいるため剣で斬ることもできず、引っ張り出そうとすると自分も巻き込まれる。
絶体絶命の状況に昌也はどうすることもできず、何か他に武器はないか周囲を見渡した。
あるのは錆びた剣や鎧、そして数多の人骨。
どれもこれも状況を打開する力などないガラクタばかり。
そんな中、昌也は不意に精霊とは違う場所から何かの視線を感じた。
草むらに浮かび上がる赤い二つの瞳。
あの青い蛙である。
さっきから幾度か目撃する度に逃げたと思っていた蛙が、いつの間にかまたやってきてこちらをジッと見つめているではないか。
(さっきから何なんだあの蛙…)
まるで監視をされているような、そんな気味の悪さ。
(…そういえばさっきコルアが石を投げた時、一瞬だけ水の化け物が消えたのは何でだ?)
昌也は握っていた剣を見つめる。
(それに復活してすぐ俺じゃなくてコルアを狙ったよな。普通なら武器を持ってる方から先に仕留めるはず…)
思慮を巡らせるほど浮かび上がる疑念。
その時昌也の頭によぎったのは、昼間に3人で移動してた時のオズの魔法使いに関しての会話。
"ただの作り話だよ。確か強そうな幻影で相手をビビらせて、自分は裏で隠れてるだけの臆病者とかだったっけな"
昌也はハッと目を見開いた。
「…まさか!」
もう限界とばかりにゴポッと息を吐き出すコルア達を横目に昌也は走り出した。
青い蛙に向かって真っ直ぐに。
『!!』
それに気付いた水の精霊は振り向き、即座に二人を解放すると一目散に昌也の背中を追ってきた。
束縛から脱した康とコルアの体がドサッと崩れ落ちる。
(…やっぱりな!)
せっかく捕まえた二人を捨ててでもこちらへ向かってくる理由などただ一つだろう。
あの蛙が精霊にとってよほど重要な存在。
つまり本体である可能性が限りなく高いということだ。
急いで草むらへ逃げようとする蛙に向かって昌也は勢いをつけて飛びかかった。
だがその指先が蛙に届くすんでのところで追いついてきた精霊の水が無情にも昌也の脚に絡み付いて動きを封じる。
「くっ!」
必死に手を伸ばして掴もうとするも、あとほんの数センチの距離を縮めることができない。
(あと、ちょっとなのに…!)
体が徐々に水に飲み込まれていく昌也の目の前で蛙が逃げる素振りを見せる。
この深い霧の中、一度見失ってしまうと再び見つけ出すことなど不可能だろう。
「逃げられる…」
昌也が諦めかけたその時。
ジャンプした蛙の体が背後から現れた何者かによってガッチリと鷲掴みにされた。
「おっさん!」
康である。
先程からの昌也の動向を見てとっさに援護に駆けつけたのだ。
コルアも咳き込みながら一足違いでやってくる。
「この蛙を捕まえればいいの!?」
康は蛙に逃げられぬよう両手に力を込め、呼吸を荒げながら昌也にそう問いかける。
「多分そいつが本体だ。早く潰してくれ!」
そうはさせるものかと、精霊の体の一部が水竜へと変化して康に襲いかかる。
それに気付いたコルアが素早く前に飛び出し、康を庇った。
水竜がバシャリと爆ぜてコルアを締め上げる。
「今のうちに早くっ!!」
コルアの叫びに鞭打たれ、大きく腕を振りかぶる康。
地面に叩きつけて殺すつもりだ。
蛙も今度こそ間に合わないと観念したのか、康の手の中で瞳を閉じる。
「……………」
しかし、何故か一向にその腕が振り下ろされることはなかった。
蛙をずっと握りしめたまま動きが止まっている。
「…おっさん?」
しばしの沈黙の後、康は蛙を見つめながらダラリと腕を下げて力なくこう呟いた。
「…こんなの止めよう。持ち主を殺して石を奪い取るなんてやっぱりよくないよ」
この状況でのまさかの判断に昌也は絶句する。
「なっ…、たかが蛙だろ!そんなこと言ってたらこっちが殺されるぞ!?」
昌也の懸念した通りすぐに蛙が手の中から逃げ出し、康は為す術なく精霊に捕縛されてしまったのだった。
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