第12話 【水の魔石】
遥か前に
10分ほど走って町から遠ざかった頃、ようやく3人から肩の力が抜けた。
「…どこの町に行っても安心して休憩もできねーな」
「しょうがないよ、僕達よそ者だし。それにどのみち宿代も持ってないしね」
愚痴る昌也を、康がまあまあと
「ガソリンもだけど、金がないのもどうにかしないとな。今回はたまたま本一冊でどうにかなったけど」
「そういえば、オズの魔法使いがフィクションだって言わなくてよかったのかな…」
「いいんだよ。夢は壊すもんじゃないだろ?」
罪悪感があるのか声を小さくする康とは対照的に、ニヤリと意地悪な笑いを浮かべる昌也。
「そのオズの魔法使いってどんな人なんですか?」
いまひとつ話についてこれないコルアが真剣な眼差しで尋ねてくるのが可笑しくて、昌也は鼻で笑った。
「ただの作り話だよ。確か強そうな幻影で相手をビビらせて、自分は裏で隠れてるだけの臆病者とかだったっけな」
「ふーん、何のために驚かせるんですか?」
「そりゃあ、自分の身を守るためじゃないのか?本当の自分が弱いと分かれば襲われたりするだろ」
「なるほど…魔法使いにもいろんな人がいるんですね」
「だから作り話だって…」
はたして分かっているのかいないのか。
昌也は呆れて溜め息をつきながら、ふと思う。
「…でもまあ、今の状況ってあの本の内容みたいだな」
「え?」
運転席の康が振り向く。
「確かオズの魔法使いって、異世界に迷いこんだ子供がライオンとかカカシやブリキを仲間にしながら冒険する話だろ?」
「そうだったと思うけど」
「ライオンではないけど獣人が仲間になったし、トラックをブリキと考えると、おっさんはカカシか?」
「うわ、ひどいなー。ぼくがカカシ!?」
珍しくムキになる康の反応を見て、昌也からクスリと笑いがこぼれる。
何とも馬鹿馬鹿しい話だなと自分でも思う。
「これじゃどっちが作り話だか分かんねーな。この後悪い魔女でも出てくんのか?」
「まさか、そんなわけないでしょ」
昌也の軽口に康は苦笑いで応える。
そんな和気あいあいとした雰囲気が目的地に着くやいなや嘘のように消えることになるとは、この時はまだ誰も知るよしもなかった…。
トラックを1時間くらい走らせ、山の麓へと到着した一行。
周辺は薄暗く深い霧に包まれて少し先の景色でさえおぼろげな視界の中、昌也と康、コルアは身を寄せ合って重い足取りで歩いていた。
ひんやり薄ら寒い空気と先の見えない不安は3人の表情をも曇らせる。
「くそっ、全然前が見えねー…」
「みんな、はぐれちゃうから離れすぎないようにね」
先頭を進む昌也と、肩をすくめながら追従する康。
コルアはというと昌也の服の裾をガッチリ掴みながら歩く始末。
「コルア、歩きにくいからあんまり引っ張るなよ」
「だって迷子になったら大変じゃないですか…」
「あっ、危ない!!」
「ひゃっ!?」
突然康が足元を指差して叫んだことに驚き、裾を掴む手に力が込もるコルア。
視線を真下にやると、草の陰に一匹の蛙がいた。
拳ほどの大きさをした青い蛙である。
両の瞳は赤く、体のところどころに模様がある。
日本では見たこともない種だ。
「危うく踏むところだよ。…ほら、早く逃げな」
康に手で促された蛙はすぐにピョコピョコ跳ねて草むらへと姿を消した。
「ただの蛙かよ…」
ホッと肩の力を抜く昌也。
鬼が出るか蛇が出るかも分からない未踏の地で、この濃霧である。
怖いのは皆同じだった。
「トラックで進めたらな…」
「仕方ないよ、これ以上はもうガソリンが持たないから…」
あらゆる液体を培養するという水の魔石が手に入ったところでガソリンが一滴もないのでは話にならないため、麓でトラックを乗り捨てたのはやむを得ない判断だった。
「水の魔石はどこにあるんでしょう?」
昌也の隣でコルアがさっき以上に怯えながら周囲にキョロキョロと目を配る。
「…そもそもさ、そんな凄い石があるなら何で誰も取りにいかないのかな」
康の素朴な疑問に昌也は首をひねる。
「そりゃあ………何でだろ?」
言った直後、昌也は地面に躓いて「うわっ」と盛大に転び、昌也の服を掴んでいたコルアも一緒に体勢を崩す。
「大丈夫!?」
と声をかけてくる康。
昌也は「痛ぇ…」と呟きながら身を起こそうとして目の前にあった"それ"と目が合った。
白骨化した死体である。
「うおっ!!?」
慌てて後退りする昌也。
コルアと康もすぐにそれに気が付き、危険を感じて身震いしながら固まる。
「な、な、何でこんなところに死体があるんですか!?」
コルアが泣きそうになりながら昌也にしがみついた。
「しかも沢山…」
よく見ると死体はそれだけではない。
それらが全て人間のものかどうか定かではないが、至るところに朽ち果てた骨が散乱していた。
「…これって、武器?」
康が足元に落ちていた折れた槍のような物を持ち上げる。
昌也も錆びた剣を見つけて触れた。
「もしかしてこの死体、魔石を探しに来た冒険者や兵士達か?」
その事実を裏付けるように、ほとんどの白骨死体は鎧や手甲などで武装していた形跡が見られた。
「何でみんな死んじゃったんだろう…」
「互いに石を奪い合ったか、それとも…」
コルアの問いに答えながら進む昌也の右足が不意にパシャリと音を立てた。
下を向くとそこには水溜まり。
靴の隙間からじわりと水が染み込んできたためすぐに足を引っ込める。
よく見ると、その水溜まりは広い範囲に及んでいて、おおよそ泉と呼べるほどの空間を作り出していた。
「涸れない泉…」
「ねえ、あそこ!」
コルアが声を上げて泉の先を指差す。
昌也と康が視線を向けると、泉のちょうど真ん中付近にうっすらとした小さな光があった。
青白く怪しげな発光体。
どうやらそれは輝く石のようだった。
「もしかしてあれが水の魔石?」
「…かもしれないな」
昌也は足を泉に浸けながら、ゆっくりと前へ進む。
「気を付けてね!」
後ろから康の声。
言われなくても分かってるとばかりに、昌也は足元を探りながら一歩一歩踏み出す。
石は手を伸ばせば届きそうな距離にあるものの、急に底が深くなっている可能性もあって慎重にならざるを得ない。
だがそれと同時にさっさと石を手に入れてこんな場所を離れたいという、はやる気持ちが昌也の足を動かす。
「あとちょっと…!」
昌也の伸ばした手が、まさに石に触れようとしたその時である。
突如として石の周囲から激しい水柱が沸き起こり、どこからともなく謎の声が一帯に響いた。
『命知らずがまた石を狙ってやってきたか…』
それは頭の中に直接響いてくるような、美しく透き通った女性の声。
思いもよらぬ事態に昌也達はバタバタと慌てて泉から離れる。
「~~っ!?」
声にならない叫びが3人から漏れる。
そんな一行の前で水柱はまるで竜の如く不気味にうねりながら石を包み込み、やがて人間の女性の形へと変わった。
胸の中心で魔石の放つ光がぼんやりと揺らめき、水でできた全身を妖しく照らす。
さながら水の精霊である。
『この石は誰にも渡さぬ。今すぐ立ち去らぬなら、命は無いものと思え』
精霊の放つ迫力に圧倒され、肩をすくませ言葉を失う一行。
生物としての本能が、この場にいるのは危険だと悟らせた。
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