第6話【獣人の村】


「やった!盗賊団から逃げ切った!!」


コルアがピョンピョンと座席の上で跳ね回りながら歓声を上げる。

一時はどうなることかと思ったが、コルアの機転で事なきを得ることができた一行いっこう


「助かった…」


ひとまず危機的状況を脱したとはいえ、昌也と康は慣れない経験が度重なって未だ生きた心地がしなかった。

命を守るのにこれ程苦労するなど日本では考えられなかっただけに、平和ボケした二人にはハード過ぎる1日だ。


「凄い凄い!この乗り物強すぎます!」


興奮冷めやらぬまま喜びを誰かに共感してほしいのか、昌也と康の顔を交互に見るコルア。


「…呑気なもんだ」


「タイヤがパンクしたから、何処かでスペアに変えないと…」


昌也と康が冷静に呟く。


確かにパンクしたままの走行は危険極まりないため、早急に破裂したタイヤを交換する必要があった。

もしもまた襲撃を受けたら今度こそ逃げ切れないだろう。


どれだけ走ったかは知らないが、もうすでに陽も落ちかけていて、辺り一帯は茜色に染まっていた。

日が暮れるのもそう遠くはない。


「どこか安全な場所を探さないとな…」


「それなら大丈夫です」


昌也が窓越しに外の景色を見渡していると、コルアが笑顔で答えた。


え?と首をかしげる昌也。


「もう着きました」


その発言と同時にトラックが丘を越えると、目の前には村が広がっていた。


「おぉ…」


それは目的地に着いた達成感か、はたまた未知の土地に降り立った興奮か、昌也と康の口から自然と声が漏れる。


村には木やわらで作られた家々が点在し、畑などもあった。

近くには大きな川が流れていて、まさに独立した自給自足の辺境の地といった感じだ。

そして何より目に留まるのはやはり暮らしている住人が皆、獣人だということだろう。


道を歩いている者。

畑仕事をしている者。

荷物を運んでいる者。


個々の差は微妙にあるものの、誰も彼もがコルアに似た姿をしていた。


「…すげー、みんな獣人だ」


話には聞いていたとはいえ、実際に見るとその光景は圧巻で、妙な感動を覚える。

通りすがる獣人一人一人を興味深く観察する昌也。


「テルードさん!?」


急にコルアが一際ひときわ大きな反応で窓に張り付いた。

どうやら知り合いを見つけたらしい。

康がトラックを止め、昌也がドアを開けるとコルアは勢い良く飛び出した。


「テルードさん!」


「…コルア!?」


テルードと呼ばれた獣人は、駆け寄ってくるコルアに気が付くと驚きの表情を見せる。

コルアはそのまま尻尾を激しく振りながらテルードに抱き付いた。


「どうしてここに!?」


コルアを受け止めながらも、訳が解らないといった感じで戸惑うテルード。

後ろでは昌也や康達がトラックから降りてきていた。


「ここが獣人の村かー」


「襲われたりしないかな…」


体を伸ばして長旅になまった筋肉をほぐしながら二人は物珍しそうに周囲を見渡す。

獣人しかいないこの場所においては二人の方が浮いた存在であった。

村人達は突然現れた謎の乗り物と人間に好奇の目を向けながら集まってくる。


「彼らは一体…」


「あの人達が、自分をここまで連れてきてくれたんです」


見慣れない人間を前にして不安げなテルードに、コルアが二人を紹介する。


「マサヤとヤスシです」


村人の注目を一身に浴びて、流石に緊張の色を隠せない昌也と康。

そんな二人に対し、警戒を解いたテルードが歩み寄る。


「リノルアの村へようこそ人間のお二方。私は村長のテルード。コルアを導いてくれて感謝します」


昌也は近付いてきたテルードを見て、立ち姿や毛質、声のトーンなどから何となく老人のような雰囲気を感じ取った。

村長というくらいだから、きっとそれは間違いないのだろう。

村長から挨拶されたもののどう返していいか解らず視線を泳がせていると、コルアが話を進める。


「テルードさん、お母さんは無事ですか?」


その言葉を聞いてテルードの顔が一気に曇る。

険しい表情のまま俯いたところを見ると、恐らく言いにくいことだというのが伝わった。


「え…」


青ざめるコルア。


昌也と康も、思いもしなかった展開に一体どういうことかと目を見合せる。

故郷で仲間達との感動の再会かと思いきや、事態はそんなに単純な話ではなさそうだ。


「…とりあえず、中でゆっくり話そうか」


村を包む異様な空気感を肌に受けながら、テルードに促された一行は村長の家へと足を運んだのだった。


いざなわれるまま、家の中へ入る昌也と康。

他にはコルアとテルード、あとは村長の付き人とおぼしき獣人が一人だけである。

扉をくぐるなり漂ってきた匂いに、昌也と康は思わず顔をしかめた。


(うっ…)


カビのような、あるいは何日も洗濯していない衣服のような不快な香り。


中の様子は外から見た印象通りの簡素な造りをしていて、屋根から落ちた藁くずが床に散らばっていたり、寝床らしき布団は染みだらけでくしゃくしゃになっていたりと、お世辞にも整っているとは言い難い。

家というよりは乱雑ないおりだ。

昔テレビで見たアフリカの部族の住処すみかみたいだなと昌也は思った。

もしくはそれ以上に不衛生かもしれないが。


(こいつら皆、風呂も洗濯もしないのか?)


口にこそ出さないが、獣人の衛生観念の無さに軽い眩暈めまいを覚える。

テルードと付き人が奥に座り、コルア、昌也、康の三者はその手前に腰を落とした。

座る直前にサッサッと床の藁を手で払う昌也。


「それで、お母さんは…」


すぐさま険しい表情で詰め寄るコルアに、テルードは神妙な面持ちで頷く。


「生きておるよ」


それを聞いた途端にコルアの顔がほころぶ。

詳しい事情は解らないものの、何となく空気を察した昌也と康もホッと胸を撫で下ろした。


「…だが病におかされてしまった。残念ながらもう助からん」


「そんな…」


「お前の母親だけではない。既に何人も命を落とし、今も大勢が床に伏しておる。恐ろしい伝染病じゃ…」


「伝染病!?」


予想だにしなかった話題を耳にして昌也が叫ぶ。

事態は昌也達が思っていた以上に悲惨なものだった。


「そんなの聞いてねーぞ!?」


昌也と康が慌ててコルアの方を向くが、コルアはずっと俯いたままだ。

二人の反応を見てテルードが恐る恐る語りかける。


「コルア…まさかそのことを言わずに彼らを連れてきたのか?」


その場にいる全員の視線がコルアに注がれる。

コルアは下唇を噛み、膝の上に乗せた拳を強く握り締める。

しかし顔は上げられないまま、弱々しく返事をした。


「…はい」


消え入りそうな震える声。

昌也と康のひたいから、一筋の汗が伝った。

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