第4話【出発点】


「いきなりそんなこと言われてもなぁ…」


コルアからの思いもよらぬ提案に苦い顔をする昌也。


無理もない。


訳も分からないまま異世界に転生して、いきなりドラゴンに襲われたり兵士に捕まったりという散々な展開に頭の整理が追い付くはずもなく、混乱して当然である。


その上突然現れた獣人に頼みごとをされるなんて勘弁してほしいというのが本音だ。


「だいたい俺達こっちに来たばかりでその村の場所も知らないし…」


「道案内なら任せてください!」


遠回しに断れないものかとあえて気まずそうに答えてみたものの、昌也の発言にコルアは必死で食いついてきた。


「村に着いたら必ずお礼もしますから、どうかお願いします!」


よほど重大な理由でもあるのか、引き下がる気配はなく切羽詰まった様子が窺える。

断るのは思ったよりも難しそうだ。


うーん…と昌也は唸る。


「おっさんはどう思う?」


「えっ、僕!?」


自分に話を振られると思わなかったのか大袈裟に驚く康。


いちいち反応が大きい男だな、と昌也は呆れる。


「そもそもこのトラックはおっさんのだし、俺には運転もできないしな」


「それはそうだけど…」


もっともな意見に康が何も言い返せないでいるとコルアがすかさず「お願いします!」と全力で頭を下げた。


「うっ…」


うるうると潤んだコルアの瞳が康を見つめる。

まるで餌を求める痩せ細った野良猫を前にしているような罪悪感。


康は頼みごとをされるのが苦手だった。


その弱気な性格ゆえ、日本にいた時も上司や友人から都合のいいように扱われていたのだ。

異世界に転生したからといって、そんな性格が変わるはずもなく…


「分かった分かった!連れていくからそんな眼で見ないで!」


こうなるのである。


康の返事を聞いてパアァとコルアの表情が輝く。


「ありがとうございます!」


喜びのあまり反射的に康の手を握ってブンブンと上下に振るコルア。

今まで隠れていて気付かなかったモサモサとボリュームのある尻尾も激しく左右に揺れている。


コルアが喜びを爆発させる一方で、昌也は意外といった顔をしていた。


「えっ、マジで行くのか?」


気の弱そうな康ならてっきり断るのかと思っていたが、まさか引き受けるとは。


「…まあいいか、どうせ行くあてもないし」


無邪気にはしゃぐコルアと、心なしか照れて嬉しそうな康の姿を見て昌也は考え直す。


どの道途方に暮れていたのは事実だ。

今後どうするかも決まらずこの場に立ち尽くしているよりは、明確な目的地ができた方がまだマシか。


「じゃあ行きましょう、リノルアの村に!」


連れて行ってもらえるとあってか、村のある方角をノリノリで指差すコルア。

その勢いにやや気圧けおされ気味で康は苦笑いを浮かべる。


「そうだね。…でもその前にこれを片付けないと」


「え?」


およそ数百冊はあろうかと思われる本の山。


三人は地面に投げ捨てられたそれらを黙々とトラックへと積み込み始めた。


「どうせならもっと役に立ちそうな道具でもあればよかったのに、何でよりによって本なんだよ…」


本を両手で拾い上げながら昌也がぼやく。


手に取るたびにそれぞれの表紙が目に入るが、種類は歴史書や図鑑、小説や漫画まで様々だ。


日本で暮らしていた時なら教養が身に付いたり良い暇潰しになったのだろうが、ここは異世界。

紙でできた本よりも生活用品や工具などが良かったと思うのは当然のことだろう。


「あー!」


突然コルアが声を上げる。

昌也と康が驚いて振り向くと一冊の本を見つめていた。


「これって誰です!?」


動物図鑑に載ったチワワの写真を指差して二人に見せびらかすコルア。


なんだそんなことかと肩の力を抜き、昌也は呆れ顔で答える。


「それはチワワ」


「チワワ?…チワワ族なんて初めて見ました」


チワワ族…。

言い得て妙だ。

実際にはネコ目イヌ科イヌ属チワワという科名なので、イヌ族と言うかチワワ族と言うかは微妙なところではあるが。


どちらにしても今はそんなこと重要ではないので昌也はスルーした。


「じゃあこれは!?」


「…ゴールデンレトリバー」


「こっちは!?」


「ポメラニアン」


「じゃあ…」


「あのなぁ…」


いい加減不毛なやり取りにうんざりする昌也。


「早く出発したいならとりあえずトラックに乗れ」


コルアは図鑑を握りしめたまま、なかば強制的に助手席へと誘導された。


初めて見るトラックに興奮しているのか、ハンドルやブレーキといった一つ一つを舐めるように見回している。


その際、手がハンドルの中央に当たってクラクションが鳴り響いた。


「ひゃっ!?」


爆音に驚いて飛び跳ねるコルア。


「な、な、なんですか今の!?」


康が笑いながら反対側から乗り込み、運転席へと腰を落とす。


「それはクラクション。大きな音で相手に注意を促すんだよ」


「な、なるほど…」


ドッと疲れた表情でコルアが頷く。


「君は真ん中に座ってね。昌也君は助手席に」


康は真ん中にごちゃごちゃと置いてあった空のペットボトルや上着などを隅に寄せてコルアの座るスペースを確保した。


「トラックって前に3人座れるのか?」


「うん。シートベルトも付いてるよ」


へー、と感嘆の声を上げる昌也。


先程まではただの余剰スペースかと思っていた部分が、片付けられると確かにシートベルトも付いた座席であることが分かった。


車の前は2人しか乗れないという固定観念が崩れて、少し勉強になった気分だ。


助手席から乗り上げてコルアの隣に身を寄せると、やや窮屈ではあるものの並んで座ることができた。


ただ問題なのは窮屈さよりも、密接したことで気付いたコルアの体臭だ。


「…くさっ」


野生動物特有の汗臭さというか、脂ぎった匂いというか、まるで汚れた野良犬に触れた時に近しい刺激臭が漂ってきて鼻を突く。


「お前風呂入ってんの?」


「風呂…ですか?」


昌也の素朴な疑問にコルアはキョトンとする。


「まさか~、人間じゃあるまいし。獣人がお風呂なんて入ってたら笑われますよ」


さも可笑しいことのように笑い飛ばすコルアに昌也の顔が引きつる。


「マジかよ…」


獣人といったらモフモフと毛皮に顔を埋めてでる対象くらいに思っていたのに、この匂いではさすがにキツい。


華やかな異世界の理想がガラガラと音を立てて崩れていく。


「それじゃあ出発するよ」


「ゴーゴー!」


康の合図にコルアが拳を突き上げる。


昌也はふて腐れたように、やれやれと頬杖をついて窓の方を向いた。


エンジンがかかり、ゆっくりと動き出すトラック。


「わっ、わっ!凄い、動いた!」


ビクッと体を震わせるコルア。


「馬もいないのに何で!?」


動力源が解らずあちこちを見渡す様子が面白いのか、康がどこか得意気に答える。


「これはガソリンっていう液体で動いてるんだよ」


「…ガソリン?それってマジックアイテムか何かですか?」


「マジック…何?」


「マジックアイテムですよ。魔力のこもった道具のことです」


「あー、…まあそんなところかな」


言ってる内容がよく解らなくなって康は言葉を濁す。


「方角はこっちで良いんだよね?」


「はい!だいたい100㎞くらい進んだところに村があります」


「100㎞!?結構遠いね…」


思っていたよりも目的地が遠いことに焦ったが、のんびり行ってたとしても2~3時間もあれば着くことを考えたらトラック様様さまさまである。


日が暮れる前には到着しようと、康はアクセルを踏む足に力を込めたのだった。

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