第3話【出会い】



「…それで、お前達は何者だ?」


兵士達によってトラックから引きずり下ろされ、即座に縛り上げられた中年男と昌也。


地面に座らされた二人は金髪の兵士から声を投げ掛けられた。

幸い言葉は通じるようで、安堵する昌也。


しかし周囲は大勢の兵士達に取り囲まれ、その威圧的な態度はさながら尋問である。

さらにはドラゴンの襲来に加え不審者まで現れたとなって、城門前では野次馬とも呼べる市民の人だかりが好奇の視線を送ってきていた。


昌也達にとっては完全にアウェイな空間。

もしくは危機的状況と言うべきか。


「僕はただのトラック運転手です。こんな風に捕まる覚えはありません!」


そんな状況を解っているのかいないのか、縛られた腕に力を込めて中年男が必死に訴えた。


対する兵士の反応は冷ややかなものだった。

まるで罪人を見下す看守のような態度である。


「トラック?この馬車みたいなやつのことか?」


兵士は興味の対象を目の前の二人からトラックへと変え、高さや角度を変えながらジロジロと観察する。


「馬もいないのにどうやって走らせるんだ?」


「そんなのガソリンで走るに決まってるでしょ」


「…ガソリン?」


兵士は全く意味が分からないといった感じで首を傾げる。

他の兵士達も顔を見合わせて頭に疑問符を浮かべていた。


そんな様子にプッと昌也が吹き出す。


(やっぱり異世界の連中に言ったって解るわけないか)


このままでは会話が平行線になりそうだと感じた昌也は口を挟むことにした。


「俺達は別の世界からやってきたんだ」


「別の世界だと?」


兵士は少し考え込んだ。


「つまり他の国ということか?」


「いや、国とかそういう次元じゃなくて…日本って知らないだろ?」


「ニホン?…お前は一体何の話をしてるんだ?」


昌也の真意が読めずに眼を細める兵士。


その時二人の会話を遮るようにして、トラックの荷台を調べていた別の兵士が声を上げた。


「アスレイ様、荷車の中にこんなものが!」


バサバサと荷台から運び出されたのは本、本、本、とにかく大量の本だった。


「本!?なんでそんなに入ってんだよ?」


意外な荷物に昌也が思わず声を上げる。


「…古本市場に運ぶ途中だったんだ」


弱々しく消え入りそうな声で呟く中年男。


アスレイと呼ばれた金髪の兵士は積み上げられた束の中から適当に一冊手に取るとペラペラと捲る。


「見たこともない内容だな…」


だがすぐに興味を失ったのかポイと投げ捨てると、あらためて昌也達の方をまじまじと見定める。


「ふん、イカれた商人がドラゴンに襲われてこの国に逃げ込んできたか。とんだ迷惑だな」


侮蔑ぶべつの眼差し。


そんなあからさまな嫌味に昌也はムッとした顔をするが、アスレイは意にも介さず話を続ける。


「まあいい、お前達の名前は?」


「…松下 昌也」


「マツシタマサヤ?…変わった名前だな。お前は?」


昌也に続いてアスレイは中年男にも尋ねる。


いきなり注目が自分に向いて焦ったのか、中年男はオドオドとした挙動を見せる。


「た、竹内康たけうちやすしです…」


そんな名前だったのか…、と昌也はここにきてようやく同行していた男の名を知る。


運転していた時もそうだが、歳の割には気の弱そうな男だなと昌也は何となく思った。

あまり頼りになりそうな雰囲気ではないので、状況を打開するには自分でどうにかするしかなさそうだ。


「いいから早く縄をほどいてくれ。俺達は何もしてないだろ」


苛立ちのこもった昌也の発言に、アスレイはやれやれといった表情で近くの兵士達に目配せをする。


それによりようやく二人の拘束は外された。


昌也は固定されて窮屈だった腕をぐるぐると振って筋肉をほぐす。

康の方は、縛られていた腕に赤く浮き出たロープのあざを気にして撫でていた。


立ち上がった二人に対して、剣のつかに手を置きながらアスレイが釘を刺す。


「いいか、くれぐれも問題を起こすなよ。何かあれば即牢獄にぶち込むからな」


素性も曖昧あいまいなままなので、どうやらまだ完全には信用されていないらしい。


それを捨て台詞にしてアスレイはそのままきびすを返すと兵士達を引き連れて城門の中へ去って行った。


昌也と康はというと、どうしていいかも分からずその場にポツンと立ち尽くしていた。


つい先程まで大勢いたとは思えないくらい周囲には他に誰もおらず、地面に放置された本の山とトラックが一台残されているだけである。


「…で、これからどうする?」


最初に口を開いたのは昌也だ。


このまま立っていても何も進展しないどころか日が暮れてしまう。


頼りになりそうもないとはいえ、この状況で唯一味方と言えるとしたら自分と同じく日本から転生してきた康くらいだ。

境遇を共にする者として何とか協力して道を切り開くしかないだろう。


しかし昌也と違って康は置かれている状況を呑み込めてすらいなかった。


「ど、どうするも何も一体どういうことなの!?変な生き物に追いかけ回されたり、外国人みたいな人達に囲まれたりして意味が分からないよ!」


ちょっとしたパニックに陥っている康に、昌也はさとすように語る。


「多分、ここは異世界だ」


「異世界!?それって別の世界ってこと?何でそんなことが分かるの?」


「どう考えても日本じゃないし、ドラゴンなんてどの国にもいるわけないから、この世界自体が俺達のいた場所とは違うと思う」


「だとしてもちょっと話が非現実過ぎないかい?」


「でもおかしいと思わないか?トラックに轢かれたのに俺が無傷なこと。それに火をふくデカいトカゲや、日本語を話す騎士の存在。こんな状況そのものが非現実的なんだから、受け入れるしかないだろ…」


「………」


昌也の説明を受けて黙りこむ康。


非現実的な推論を否定しつつも、起こっている現象までは否定できないため、昌也の言う通り柔軟に受け入れるしかないと薄々感じていた。


「何で僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ…」


康は不満げな表情を浮かべながら落ち着かない様子でお尻のポケットをまさぐる。


取り出したのはタバコとライターだった。


手を小刻みに震わせながらタバコを口に運ぶ康。

最後の一本だったのか、くしゃりと箱を潰してポケットの中に詰め込む。

一方で昌也は地面にある石ころを蹴飛ばしながら思慮を巡らせていた。


(…まさか自分が異世界転生するなんてな)


ふとドラゴンの死体が目に入る。


遠目から眺めていると先程襲われた時の状景が頭によぎって昌也は軽く身震いする。

既に死んでいるとはいえ、トラウマもあり近付こうとは思わなかった。


(…それにしても、アニメとかだと転生した時に何か特別なスキルを得たりするんだけど、そんな実感もないな)


右手を前にかざして何か出ないか念じてみる。


…が、特に何か起こることもなく、これといった変化も感じない。


昌也は首を傾げてもう一度集中してみる。


「あの…」


不意に後ろから声が聴こえてビクッと反応する昌也。


振り向くとそこに立っていたのは薄汚れたボロ布を全身に纏い、フードを深く被った人物だった。

背丈は低く、小学生か中学生くらいの小柄な体格である。


謎の人物に警戒しながら昌也はさりげなく康の近くへと後退りする。

康もそれに気付いて慌ててタバコを捨てるとこわばった顔付きでそちらに向き直った。


「…誰だお前?」


昌也の問い掛けに謎の人物がフードを外すと、二人は驚愕した。


何故ならその人物の肌は茶色の体毛で覆われ、まるで動物のような顔をしていたのだ。


「…自分はコルアという者です」


およそ動物から発せられたとは思えないくらい流暢りゅうちょうな日本語。


「犬が喋った!?」


「いや、猫じゃないかな!?」


二人は驚きを隠せない様子でコルアと名乗った、人なのか動物なのかよく分からない生き物に見入る。

人間のような背格好をしているものの、衣服から覗く手や足も毛むくじゃらで肉球らしきものもあった。


「これって着ぐるみ?」


康がいぶかしげに手を伸ばしてコルアの頭に触れる。


そのまま上に引っ張ったり、横にずらそうとしてみるがどうにも繋ぎ目が感じられない。

それどころか瞳や口があたふたと動いたりして、その存在が作り物なんかではなく完全に生き物のそれであることを物語っていた。


「な…何ですかいきなり?」


「うわっ!生きてる!?」


ようやく目の前の人物が着ぐるみなどではなく、二足で自立した喋る動物だと認識して飛び退く康。


「もしかして、獣人ってやつか?」


「あ、はい!自分はリノルア族という獣人です」


興味津々な顔で尋ねる昌也に向かってコルアは丁寧な自己紹介をする。


「お二人は何てお名前ですか?」


無垢な瞳。


動物は動物でも野生のような荒々しさは微塵もなく、むしろペットとして飼われている犬猫のような穏やかさが感じられて昌也は肩の力を抜いた。


「俺は松下 昌也」


「マチュシカ…マサナ?」


見事に間違えている。


何となく惜しい気もするが、そんな変な名前だと思われたくはないので今度はちゃんと聞き取れるよう一言一言区切って訂正する。


「ま つ し た ま さ や」


「マツシママサラ?」


「…昌也でいいよ」


「マサヤ?」


「うん」


何度も訂正したりいちいち正式名称で呼ばれるのも面倒だなと感じた昌也は溜め息と共にそう告げた。


昌也の名前を知って満足したのか、「あなたは?」と続いて康の方を向くコルア。


「ぼ、ぼくは竹内 康」


まだこの世界の不思議な住人に慣れないのか、どこかビビりながら康は答える。


「タケツチ…ヤツシ?」


「康でいいと思うよ」


またもや名前を覚えるのに苦戦しているコルアを見て昌也が助け船を出す。


「ヤスシ?…マサヤと、ヤスシ?」


「そう」


コルアは言われた名前を忘れないようにするためか、うつむきながら何度か小さく復唱していた。

その後二~三度呟いてようやく記憶できたのか、顔を上げて二人に向かって話の続きを始めた。


「マサヤとヤスシはどこから来たんですか?」


目を見合わせる昌也と康。

何と答えるべきか、どちらが答えるべきか。


気まずそうに視線を逸らす康を見て、昌也は仕方なく自分が答えた。


「異世界…って言っても分からないだろうな…。とりあえず日本ていう遠くの国から来たんだ」


「ニホン…。聞いたことないです」


「だろうな。俺達も迷っちまって、どうすりゃいいか分からないんだ」


「そうなんですか…」


境遇を察して気の毒に思ったのか、コルアの声色が小さくなる。


「…ところで、話しかけてきたってことは俺達に何か用があるのか?」


今度は逆に昌也が聞き返した。

それで思い出したのかコルアはハッとして突然トラックを指差す。


「それって馬車ですよね?」


「ん?…まぁ、馬車というか何というか、そんな感じだけど」


「お願いがあるんです!」


急に語気を強めるコルアに驚く二人。


「自分を、リノルアの村まで連れていってください!」


「はぁ!?」


まさか異世界の住人からいきなり頼みごとをされるなんて思ってもみなかった。


コルアの切実な表情に、昌也と康の心が揺れ動く。

まだこの世界での生き方も知らないのに、他人に構っている余裕などあるはずもない。


しかし、二人の物語はここから少しずつ動き始める。

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