第2話【一難去ってまた一難】


広大な平原をトラックが走る。


昌也がサイドミラーに目をやると、先程まで自分達のいた一帯が燃えて黒煙を上げていた。


しばらく眼を細めてその様子を注視していると、焦げた木々が崩れ落ち、黒煙に紛れて何か大きな塊が上空に舞い上がるのが見えた。

あのドラゴンだ。


昌也は息を飲む。


(頼む…!どっか行ってくれ)


しかしそんな昌也の願いも虚しく、ドラゴンはこちらの姿を捉えると巨大な翼を羽ばたかせて追ってきたではないか。


猛獣のような雄叫びが遠くからでも激しく鼓膜を震わせてくる。


「嘘だろ…」


昌也は血相を変えて運転席を向く。


「おっさん、ヤバい!追ってきた!」


「ええっ!?」


トラックを運転しながら男もサイドミラーで後方を確認すると、ミラー越しにドラゴンと目が合った。


「ひっ!」


その刺さりそうな鋭い視線に男はまるで蛇に睨まれた蛙のように全身が萎縮し、かつて感じたこともないような悪寒が走る。

焦りと恐怖がアクセルを踏む足にさらなる力を込めさせた。


ガタンッ!


小さな段差に引っ掛かっただけで一瞬浮き上がる体。

それほどまでにトラックはスピードが出ていた。


平坦な高速道路と違い、ここは地面の凹凸や大きめの石なども放置された野道だ。

ドラゴンに追われる緊張感だけにとどまらず、いつハンドルを取られて事故を起こすかといった恐怖も秘めた危険な走行である。


「~っ!」


思わず首をすくめて背もたれに寄りかかる昌也。

そんな中、前方にあるものを見つけて目を見開いた。


「街だ!」


数多の建造物が連なり、巨大な城壁のような門で囲われた街がそこにはあった。


「良かった!あそこに逃げ込もう」


運転手の男がホッとしたのも束の間、後方からは相変わらず恐ろしげな咆哮がビリビリとトラックを震わせる。

猛スピードで逃げているにも関わらず、ドラゴンとの距離は着実に先程までより縮まっていた。




一方、街では。

遠くから接近してくる得体の知れない存在に気付いた二人の門番が首を傾げていた。


「…何だ?」


目を凝らしてよく見ると、巨大な馬車のような塊が一つと、それに追随する飛行物体。


「!!」


その正体を悟った門番は大急ぎで壁に吊り下げられた小さな鐘を鳴らした。

カーン、カーンと耳をつんざく高い音が街全体に響く。

それは市民に非常事態を知らせるサイレンの役割を担っていた。




その鐘の音はトラックの中にいる二人の耳にも届いた。


「何の音!?」


ハンドルを必死に切りながら運転手の男が動揺の声を上げる。


「なんか鐘っぽい…」


前を向きながら自信なさげに答える昌也。


こちらを追ってくるドラゴンの雄叫びと街から発せられるその音色が混ざり合い、何とも形容しがたい不協和音を奏でる。


二人が街の方を見ていると、鐘の音を合図に門が突然開きだした。


「誰か出てきた!」


中から姿を現したのは大勢の兵士とおぼしき人間。

ざっと見たところ十数人はいるようだ。

全員まるで中世ヨーロッパの鎧のようなもので身を包み、剣や槍で武装しているのが遠くからでも見てとれる。


「えっ!?コスプレイヤーの集団?」


あまりにも異質な格好をした群衆を目の当たりにして戸惑いを隠せない中年男。


門の前では兵士達が素早く隊列を組み、臨戦態勢に入ったようだ。

その中の数名がこちらの方角に向かって弓を構える姿勢を見せる。


「違う…。やっぱりここは…」


嫌な予感に、頬を伝う一筋の冷や汗。

昌也には分かってしまった。


「異世界だ!」


昌也の叫びと同時に、兵士の集団から大量の矢が放たれた。


「うわっ!!」


迫り来る矢の雨を目の当たりにし、全力でトラックのハンドルを右に回す男。


ザザー!と土の上をスリップしながらトラックは進路を大きく右へと逸らす。

車体がぐらつき倒れそうになったため、やむなくブレーキを踏んでその場に停止した。


そして大量の矢は避けたトラックを横切り、そのままドラゴンへと切っ先を向ける。


次々と矢が命中し、激しいうめき声を上げるドラゴン。


だがそれはダメージを受けての悲鳴ではなく、自らに敵意を向けた者達に対する怒号であった。

事実、ほとんどの矢はドラゴンの硬い鱗に弾き落とされ無残に散った。


ドラゴンは標的をトラックから兵士達に変えると、口から炎を溢しながら隊列へと襲いかかる。


「危ない!」


その様子をトラックの中から傍観していた男が叫ぶ。

昌也も息を飲んで見守る中、隊列の中から一人の兵士が足を進めてドラゴンの前に立ちはだかった。


精悍せいかんな顔をした若い男である。

金髪で色白な肌をしたスマートな佇まいはまるで欧米人のモデルのような雰囲気だ。

男は静かに剣を引き抜き、闘う姿勢に入った。


たった一人でどうしようというのか。


その動向に見入る昌也は、彼の周囲に小さな閃光が発生していることに気付いた。

最初は見間違いかと思ったが、小さな稲妻と呼ぶべきそれは次第にハッキリと見えるようになる。


「何だあの光…」


次の瞬間、兵士がドラゴンに向かって走った。

ドラゴンは目の前の兵士を敵と認識し、口から巨大な火球を浴びせた。


凄まじい勢いで迫る火球。


だが兵士は人間離れした跳躍力でそれを回避するとそのままドラゴンに飛びかかった。


地面に当たった火球が炸裂して周囲を大きく炎上させる。


ドラゴンは再び炎を吐こうと大きく口を広げた。

キラリと兵士の剣が輝く。

それと同時に剣から激しい雷光が発生した。

間違いなく電気だ。


兵士はバチバチと帯電するその剣をドラゴンの攻撃よりも速く、ドラゴンの眉間へと振り下ろした。


その鋭い一撃は硬い鱗の隙間に命中し、見事突き刺さった。


ドラゴンは悲鳴を上げて首を振るが、兵士は振り落とされまいと剣を強く握りしめる。

そしてとどめを刺すべく剣から強力な雷撃を放った。


一瞬、遠くからでも目を覆いたくなるような眩い閃光と耳をつんざく迅雷が剣から発せられる。


トラックの中からその光景を目の当たりにした昌也達が瞼を上げると、地面へと崩れ落ちるドラゴンの姿があった。

その巨体に先程までの眼光はなく、既に息絶えているようだった。


「すげぇ…」


まるで映画のワンシーンのような圧巻の出来事を前にして茫然とする昌也。


「助かった…」


運転席の男も力を抜き、息を吐きながら背もたれにズルズルと体を落とた。


ドラゴンの危機が去ってホッと胸を撫で下ろす二人。


しかし不意に視線を感じてピリッとした緊張が走る。

先程の兵士がこちらを睨んでいるではないか。


「捕らえろ!」


兵士が声を上げる。


「…へ?」


思いもしなかった展開に、昌也の口から間の抜けた声が漏れる。


一難去ってまた一難。


何とかドラゴンの襲撃から脱した二人だったが、今度は兵士達に捕らえられることになってしまった。

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