異世界の運び屋

@setsuna118287

第一章 冒険の始まり

第1話【予期せぬ転生】


「……い。…おーい!」


朦朧もうろうとする意識の中、耳から入る誰かの叫び声に脳を揺さぶられ、松下昌也まつしたまさやは目覚めた。


ゆっくりと重いまぶたを上げると、太陽の光と共にぼんやりと人の姿が目に飛び込んでくる。


見ると、すぐ目の前で一人の中年男性が切羽詰まった形相でこちらを向いているではないか。

自分の知っている顔ではなく、恐らく他人だろう。

これといった特徴もない、どこにでも居そうなおっさんである。


「………何?」


寝起きのような間の抜けた返事が昌也の口から漏れる。

先程まで意識を失っていて状況が飲み込めていないのだから無理もない。


「良かった!生きてた…」


昌也の反応を見て安堵の表情を浮かべる中年男。


「…え?」


ここで自分が倒れていることに気付いた昌也は慌てて体を起こそうとするが、その瞬間体の節々に鈍い痛みが走った。

まるで激しい運動をした翌日の筋肉痛に近い、肉のちぎれそうな刺激とぐったりとした倦怠感けんたいかん


昌也は生まれたての動物のようにぎこちなく上半身を起こして顔を上げる。


周辺は木々が生い茂っており、緑一面に囲まれた林の中のようだった。

木の上からバサバサと小さな鳥が羽ばたいて飛んでいく。


「…ここ、どこだ?」


鳥の背中を見送りながら昌也は呟く。

最近の記憶が無く、自分が何故こんな場所にいるのか、目の前の男が誰なのかも解らない。


不安げな昌也の問いに、中年男もまた同じような表情を浮かべた。


「僕にも解らないんだよ…。トラックで君をねてしまった後、電信柱にぶつかって気が付けばこんなところにいたんだ」


キョロキョロと落ち着かない様子で男は周囲を見渡す。


「…撥ねられた?」


それを聞いて昌也の脳裏にその時の光景が甦る。

高校までの通学路を歩いている最中、振り向くとトラックが歩道をはみ出してこちらに迫ってきていたのだ。


あまりにも一瞬の出来事で避ける暇なんてなかった。


(…俺、事故に遭ったんだ)


そこからの記憶が途切れているが、きっと男の言う通りあのまま撥ねられて意識を失っていたのだろうと昌也はようやく自覚した。


でもそうだとしたら何故自分はこんな林の中にいるのだろうか。


トラックに撥ねられた場所は間違いなく都会の住宅地だった。

それに全身が痛みはするものの、体のどこを見ても外傷は全くない。

トラックに激突したのだ。無傷ですむわけがないのに。


「…どうなってんだよ」


記憶が戻ったことで余計に状況がややこしくなり、昌也は頭を掻く。


「とにかく救急車を呼ぶよ!」


中年男がスマホを取り出し、震える手つきで電話をかけようとする。

しかしそれは叶わなかった。


「…あれ、何で!?電話が通じない!」


不思議に思った昌也が男のスマホを覗き込むと、電波を示すアンテナが一本も立っていなかった。


「電波が来てねーじゃん…」


まさかと思い昌也はポケットから自分のスマホを取り出してみる。


「俺のもだ…」


「ええ!?じゃあ救急車呼べないってこと?」


「そうなるな」


溜め息と共にスマホをしまう昌也。


「そんな…」


男は諦めきれないのか、なおもスマホをポチポチといじったり高さを変えて電波を拾おうと足掻いていた。


そんな様子を横目に、全身の痛みに慣れてきた昌也はふらつきながら立ち上がると周囲に目を配った。


この林の中にあるものといえば木と草以外では男の乗っていたトラックが一台。

引っ越し業者が使っているような、荷台が完全に密閉されているタイプのやや大きめのトラックだ。

建物はおろか道路もないこの土地にトラックが乗り上げている光景は違和感しかない。


(まさか異世界に転生した。…なんてわけないか)


自分でそんなことを考えて馬鹿らしくなり鼻で笑う昌也。


その時だった。


奇妙な音が林一帯に響いた。

まるでライオンの雄叫びのような、ドスの効いた唸り声。


「…何だ?」


木々に音が反響して発生場所は解らないが、そう遠くはないだろう。


「今のって………ひっ!!」


木々の間から急に沢山の小動物達が飛び出し、驚いた中年男が悲鳴を上げる。

動物達はまるで何かから逃げるように一斉に同じ方向に向かっていた。


そんな光景に目をとられていた昌也は、不意に地面が小さく揺れてるのを感じた。

震度で言うと1か2くらいの微かな振動。


(地震か?)


立て続けに起こる異様な現象に冷や汗をかきながら、体勢を崩さないよう身構える昌也。


そんな中、"それ"は草木を掻き分け突然姿を現した。


体長10m以上はあるであろう巨大なワニかトカゲのような生き物。

全身の鱗を逆立たせて鋭い眼光を放つその姿は、今まで見てきたどの肉食動物よりも獰猛どうもうで恐ろしい死の気配を漂わせていた。


(ヤバい!ヤバい!)


逃げなきゃと思う本能とは裏腹に、あまりの焦りと恐怖で足が震えて動かなかった。


そしてその時は訪れる。


視線が合ってしまったのだ。


次の瞬間その生き物は凄まじい咆哮ほうこうを上げると巨大な翼を広げた。

途端に吹き飛ばされそうな風圧が周囲の木々をざわめかせる。


「何あれ!?熊っ!?」


中年男が腰を抜かしながら後退りする。


「んなわけねーだろ!どう見たってドラゴンだ!!」


ドラゴンの雄叫びを合図に、昌也と男は全速力で走った。


「とにかくトラックに乗って!」


男は昌也に声をかけるとすぐさまトラックの運転席に乗り込んだ。

昌也も急いでそばへと駆け寄るが、助手席のドアにロックがかかっていて開けられない。


「おっさん!ドア、ドア!!」


バンバンとドアを叩く昌也のすぐ後ろにはドラゴンが迫っていた。


「~っ!!」


運転席から男が手を震わせながらも何とかロックを外す。


ガチャリ。


昌也はトラックに乗り込むと慌てて扉を閉めた。

ドンッ!とドラゴンの巨躯きょくがぶつかりトラックを大きく揺らす。


「うわっ!!」


このまま横転してしまうのではないかと思うような強い衝撃だったが、何とかトラックは地に踏みとどまった。


ドラゴンが窓越しに叫び声を上げる。

その声に乗って粘り気のある唾液がビシャリと窓に付着した。

自分には当たらないと知りつつも反射的に手で顔を庇(かば)う昌也。


瞼を上げると、ドラゴンの口内が妖しい光を放つのが目に入る。


(!?)


喉の奥で小さく揺らめく炎を昌也は見逃さなかった。


「早くトラック出せ!!」


「っ!?」


昌也の声に弾かれるように運転席の男はトラックのエンジンをかけると、全力でアクセルを踏み込んだ。


急激な加速にタイヤが砂埃を激しく巻き上げ、エンジンが唸りを上げる。

タイヤが土を捉えると同時にトラックはその巨体を素早く動かし、その場から脱出した。


直後、ドラゴンの口から吐かれた灼熱の炎がトラックの荷台をかすめて焦がす。

外れた炎が木々を焼き、瞬く間に周囲一帯を火の海に変えた。


草や枝を凪ぎ払いながらトラックは一目散に林の中を駆け抜ける。


後ろでドラゴンの遠吠えが聴こえるが、止まってなどいられない。

サイドミラーで遠ざかるドラゴンの姿を見ていた昌也はトラックの激しい揺れで窓に頭を打ち付けられた。


「痛っ!」


整備されていない道を猛スピードで走っているため、トラックは危険なアトラクションの如く昌也の体を振り回す。


昌也はシートベルトにしがみついて必死の思いで装着する。

前を向くと、今にも木にぶつかりそうな勢いでトラックが進んでいることに恐怖を感じた。


「おっさん!?前っ前!!」


「~っ!!」


逃げることに必死すぎる運転席の男には、昌也の叫びなど聞こえていないようだった。

スピードは落ちるどころかどんどん加速する。


「うああぁあーっ!」


その時、正面にある木々の間から光が漏れ出ているのが見えた。


ガサッ!とそのまま最後の草を押し退け、トラックは何とか林を抜けて開けた土地に出たのだった…。

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