6日目・やっぱり無能なんですか?

「にゃんですかー! あの世界はぁ!!」


 突然現れるや否や涙目になりながらクロが叫ぶ。

 いい加減彼女による喧騒にも慣れてきたのか、周囲が気にすることはなかった。


「何ってクロさんが望んだ世界じゃないですか?」

「あんなのアタシが望む世界じゃないです! 寂しすぎてショックのあまり孤独死するところでした!」


「分かっていたことじゃないですか」と、言い掛け止める。

 わざわざ火に油を注ぐことをする必要はないだろう。


「誰か居そうなのに居ないんだと気付かされる気持ち分かります!? コンビニ行っても明かりはついてるのに人の気配は無いんですよ」

「はぁ」

「テレビはあっても生放送はやってないですし、学校のチャイムは鳴るのに行っても誰も居ないんです。まるでアタシ以外の人間が結託して無視されてるような感覚でした!!」

「それはそれは。辛かったですか?」

「1ヶ月過ごして数え切れないほど吐きましたよ! 人と話せないことがあんなに辛いとは思いませんでした!」


 彼女が思いの丈をぶちまける。

 そんな彼女の悲惨さに、流石のタンサも居心地が悪くなった。


 何せ絶対に馴染めないだろうと思い、彼女に世界を勧めたのだから。


「人が居ない世界はアタシには耐えられませんでした」

「そうでしたか。ボクの方も意地の悪い──」

「と、いうことでその反省を活かし、改めて世界を考えてきました」


 タンサの言葉を遮ってまでクロが凄いことを言ってきた。


 あまりにも急激な話の変化にタンサは目をぱちくりさせてしまった。


「えっと、随分前向きですね。どういう心境の変化ですか?」

「世界が合わないと感じてから二十日以上あったので」

「考える暇は物凄くあったと」

「ニートみたいなもんでしたからね」


 クロが苦笑しながら言う。

 どうやら初期資産をそこそこ設定しておいたせいで、生活に困ることはなかったようだ。


「話を戻しますが、アタシが胸を張れる特技を活かせる世界に生まれ変わりたいんです!」

「もしかしてその特技って」

「ズバリ、寝ることですよ。早く寝ることや深い眠りにつくことが評価される世界に行きたいです!」


 発想は悪くない。

 悪くないのだが、まだまだ後ろ向きである。


 せっかくこと細やかに来世の能力を決められるのだから、やりたかったことで活躍出来る世界を選択すればよいのに。


「分かりました。少しお待ちください」


 しかしながら彼女の気持ちが全く理解出来ない訳では無い。

 有り得ないと分かっているからこそ望みたくなるのだ。


「期間はまた一ヶ月で宜しいですね」

「はい! 今度は必ずやニートから脱却してみせます!」

「目標低くないですかね?」

「そうですか? じゃあ村八分にされないことにします」


(あんまり変わってないような)


 突っ込むのも面倒になり、敢えて無視して作業を進める。

 類似世界が情報として残っていたおかげで、設定を終えるのにそう時間は掛からなかった。


「出来ました。能力自体は前回と同じです。問題ないですか?」


 一応とばかりにコンソール画面を彼女に見せる。


「問題ありません!」

「ではいきますよ。今度こそ良き転生ライフを」

「はい!」


 強い返答を聞き終えると同時に、タンサは転送ボタンを押下した。


 彼女の姿が消失したのを確認してタンサは静かに普段の業務へと戻った。

 そして次の日のことである。


「にゃんですかー! あの世界はぁ!!」


 つい先日も聞いたことのある台詞が彼の前に出現した。

 またしても号泣しているクロと共に。


「こ、今度はどうしたんですか一体!?」

「どうしたもこうしたも無いですよ! まさかあんな屈辱を味あわされるとは、思いもよらなかったですよ!」


 どうやら余程酷い目に遭ったらしい。

 前回よりも遥かに悲哀に満ちている。


「まさかまたニートになったとか」

「そんなんじゃありませんよ!」

「では何が?」

「眠り勝負で負け続けたんですよ! アタシが一番上手く寝られるって信じてたのに!」

「はいぃ?」


 聞き慣れない単語に戸惑うタンサ。

 しかしながら、そんな彼を気にせずクロは続けた。


「いざ世界に踏み出してみたらアタシはただの雑魚だったんです。アタシの特技が活かせる世界でもアタシは無能でした」

「それは残念でしたね」

「一ヶ月間どうにか新しい眠り方を模索したりもしましたが、それでもトップ層には全然かないませんでした」

「踏ん張ってはいたんですね。凄いじゃないですか」

「いえ全然です。世界一位は0.93秒もの早さで眠りにつくんです。それを見た時一生勝てないと思いましたもの」


 一秒にも満たない時間で眠る。


 それにどれだけの価値があるのかはタンサには理解出来ない。

 何せそれが重視される世界に生きていないのだから。


「またアタシが無能であることを実感してしまいました」


 シュンとする少女。


「ちなみにトップ層に挑戦と言われましたが、クロさんはどれくらいまで辿り着いたんですか?」

「17位です」

「限られた地域で?」

「いえ世界で」

「えぇ!? 充分凄いじゃないですか! 全然無能なんかじゃありませんよ!」


 タンサの純真な感想に、少しだけクロのの表情が和らいだ。


「えへへ、そうなことないですよー」

「いやいや凄いですって。たった1ヶ月で世界を相手に活躍出来る人なんていないですよ」

「あまり褒められた経験が少ないので、何だかこそばゆいのですが」

「実際凄いんですから思い切りむずむずしてください! クロさんは無能なんかじゃありません! 天才です!」


 この一言がよほど効いたらしい。

 クロは身をブルブルと震わせるとタンサが待ち焦がれていた言葉を発した。


「アタシ、転生します!!」

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