5日目・世界の方が悪いんじゃないですか?

「アタシ思いました。アタシが無能だったのは、世界がアタシに付いてこれてないだけだったのではないかと」


 急に痛みだした頭を気にしながら、タンサは一度深呼吸を行った。

 彼女との付き合いもこれで5日となるが、彼女の考えはいまだに読めなかった。


「他の部署の連中に新興宗教でも勧められましたか?」

「そんなまさか。夜寝る時に思い付いたんです」

「はぁ」


 声のトーンが自然と落ちる。


 それもそうだろう。

 自分の無能さを責任転嫁する人物が現れれば誰だってこうなる。


「で、クロさんはどうしたいんですか?」

「今回はアタシが転生したい世界の条件を考えてきました」


(おっ?)


 理由はどうあれ前向きである。


「え、凄いじゃないですか!」

「ふっふっふ、そうでしょう! 無能なりに頑張ることは出来るのです!」


 弓のように体を反らせて胸を張るクロ。

 過去一番の自信だった。


「アタシの能力値は一旦平均としましょう」

「うんうん」

「世界の人間のパラメーターもアタシと同じにするのです」

「うん。うん?」

「これならアタシだけ落ちこぼれることはありません。優しい世界です」

「うーん?」


 世界が彼女に染まる。

 考え方までは汚染されないとしても、同レベルの人間しかいない世界。

 それはいくら能力値を改善したとしても、考えただけで身震いするような世界だった。


「パラメーターは同じでも意識は違いますよね。それなら自然と差が付くのでは?」

「定期的に平等思想を植え付けましょう」

「ディストピアじゃないですか!? 狂ってますよ!」

「不穏分子は粛清されるべきです」

「その世界にとってクロさんが一番の排除対象だと思うのですが」

「クッ、自分が作った世界に否定されるなんて!?」

「今回ばかりはそんなルールにされた世界の方が可哀想に思いますよ」


 タンサのあまりかんばしくない反応を見かねたのか、クロは表情を変える。


「ダメでしたか。ま、これはほんのジャブです。次が本命です」

「KO出来るほどのジャブはジャブと言わないかと」


 タンサの小言を無視して、人差し指を立てきっぱりと放つ少女。

 次の提案はかなり自信があるようだった。


「アタシ以外誰もいない世界。これならどれだけアタシが無能でも関係ありません!」

「はぁ」


(寂しさですぐに気が狂いそうだなぁ)


 と、思った矢先、彼女は何かに気付いたように「あっ」と呟いた。


「人間居ないと電気・水道・ガスが使えないか」

「そこですか!? もっと気にするところあるでしょう!」

「え? 何かありましたっけ? あ、コンビニもないと辛いですよね」

「違いますよ! それもう田舎とか行けば住む話じゃないですか。世界を作ってまでやる話じゃないですって!」

「分かってないですねー、タンサさんは」


 珍しく上から目線で馬鹿にしてくる。

 初めて見る少女のドヤ顔はぶん殴りたくなるほどウザかった。


「田舎なんて閉鎖社会に放り込まれてアタシが生き残れるわけ無いでしょう?」


 やれやれと言わんばかりに彼女は両手を小さく上げとぼけた。


 沸き立つ苛立ちをタンサは太ももをつねることによって我慢した。


「つまり自分に都合の良い世界がお望みということでしょうか?」

「端的に言うならそうですが。あれ、何か怒ってますか?」

「怒ってないです」


 タンサはコンソールを操作し、対面の少女に見えないように情報を入力し始めた。


「何をされてるんです?」

「こういうのは体験してみるのが一番でしょう? クロさんが望む仮想世界を作ってます」

「仮想世界?」

「要はお試しの世界ってことですよ、っと。出来た」


 タンサはコンソール画面を彼女に見せる。


「ざっくりなので粗はあると思いますが、ここにはクロさんが望まれた世界があります」

「はえー、凄いですね。こんな簡単に」

「過去の類似世界から要素を絞ってみただけなので、これくらいはまあ」


 言いながら、画面をトントンと叩く。

 すると地域の立体模型のような映像が出現した。


「わー、何だか凄いですね」

「これでクロさんが転生したい世界に近いものを体験出来る準備が出来ました」

「おー」

「期間は1ヶ月程で良いですね。年齢は前世で亡くなった時と同じで」

「何だか急に手際が良くないですか?」

「気のせいですよ」


 納得いかない表情を浮かべるクロの前で最後の情報を打ち込む。


「これでOKです。何時でも疑似転生出来ます」

「ええと、今からですかね?」

「はい、今からです!」

「まだその心の準備が」


 人差し指同士を合わせて視線を下げるクロ。


「大丈夫ですよ。なんてったってクロさんが望んだ世界なんですから」

「アタシが望んだ世界……?」

「そうですよ。クロさんの世界がクロさんを否定するわけありません!」

「うん、うん! 何だか自信が出てきました」

「いいですね。それでは気持ちの整理がついたらこのボタンを押してください」


 彼女にコンソールの一部を示す。


「そ、それでは、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 彼女はやや躊躇いながらボタンへと、手を伸ばし消えてしまった。


 そして時間が経ち次の日。


 瞳に涙を貯めた彼女がタンサの前に姿を現した。


「にゃんですかー! あの世界はぁ!!」

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