2日目・お望みは何ですか?
「まさか消滅するにも手続きが必要だなんて」
頭を抱えながらタンサの前でぼやくクロ。
別れてから丸一日経っているというのに、彼女の顔は負で溢れていた。
「ははは……。ボクもあの後気付きました」
「そんなんでよくやっていけてますねー」
「やっていけてないから困ってるんですよ」
「うぐっ」と、クロが後ろに体を逸らす。
「えー、で。アタシを説得出来るだけの材料は持ってこれたんですか?」
「いやに積極的ですね。もしかしてその気になってくれたとか?」
「まさか。ただ、消滅するのにも心残りがあるのは嫌ですので」
勝手な理屈。
しかしながら話を聞いてくれるだけでも非常に有難い。
「それでは今日も宜しくお願いします」
ぺこりと軽く頭を下げる。
「はい、お願いします」
「最初に言わせてください。昨日は大変申し訳ありませんでした!」
「はい?」
今度は立ち上がり大きな謝罪の意を示す。
タンサの行動を予想だにしていなかったのか、彼女はぽっかりと口を開けていた。
「ボクはもっとクロさんに寄り添うべきでした。クロさんの性格や嗜好をロクに把握もせず、適当な提案をしてしまいました」
「そ、そうですか」
「愚行を反省すると共に、今日はクロさんにぴったりの世界を提案させて頂きます」
「何だか不動産の紹介みたいですね」
「どちらも相手の望みに近付ける仕事ですから」
答えながら端末を操作する。
何度かアイコンを叩き、彼女の前に画面を映す。
「まずはこの世界。文明レベルはクロさんが住んでいた地域と何ら変わりません。これならウォシュレットや寝具を持ち込まなくとも問題ないでしょう」
「はぁ」
クロは画面に顔を近付けると、食い入るように説明文を注視してきた。
「ここに『寿命が一万年の種族に転生すること』が条件とあるのですが?」
「大変長く生を全う出来てお得でしょう」
「いやいやいや、無能が長生きしても資源の無駄です。アタシみたいな奴は生まれて五秒で即死くらいがちょうど良いんです!」
「極端過ぎませんっ!?」
「うーん、ただ一万年食っちゃ寝するのは魅力的と言えば魅力的ですねぇ」
「労働するという考えはないのですね」
「アタシが働けるとお思いですか!」
「無駄に自信が凄いですね……」
どうやらこの世界はお気に召さなかったらしい。
だが、こんなものは序の口である。
タンサは指をスライドさせ、画面をスクロールさせた。
「それではこれはいかがですか?」
「えっと。これも人間が支配する世界なんですね。貧富の差がない平等な世界、と」
「はい! この世界は弱者に優しい世界なので上手く働けなくとも生きていけます!」
世界のウリを口にした途端、渋い顔をされた。
「それはそれで罪悪感で死にたくなりそうですね」
「大丈夫ですって。何ならクロさんがお望みなら、暮らしやすなるよう能力特典も付けますよ」
「はぁ、でもお高いんでしょう」
「お金なんて取りませんよ! 魂を健やかに転生させるのがボクの仕事なんですから!」
「全然実績無い方に言われても」
(ぐぐっ!?)
胸に無慈悲な攻撃を受け、ついたじろいでしまう。
「と、とにかく。何かこういう力があれば転生しても良いとかあります?」
「では何時でも自爆出来る能力を」
「死ぬ気満々じゃないですか!? 認められませんよそんなの」
「なら世界を消し去る力を」
「範囲が増えてますよ! ダイナミック投身自殺は止めてください!」
「文句が多いですねぇ。そんなんで異世界転生して貰えるとでも?」
「自分の死のために世界を巻き込む人に言われたくないですよ」
進んでいるようで全く進んでいない状況に対し、つい重い息が零れる。
「このまま何も決まらないと天界で天使として過ごすことになりますよ」
「えー!? ちなみに天使って具体的には何をするんですか?」
「神様に仕え身の回りのお世話をさせて頂いたり、ボクのように魂の面倒を見たりと色々ですね」
「食っちゃ寝生活は勿論――」
「無理に決まってますね」
「何としても消滅しなきゃ」
相変わらず後ろ向きなことを言うクロ。
「何でそんなに消えたいんです? いや、これはボク個人の純粋な疑問なのですが」
「無能は生きる価値なんてないから」
「何故だか自分に言い聞かせている風にも聞こえるんですが」
「っ!?」
クロは額に皺を作りながら口を閉ざしてしまった。
生活環境が悪かったのは情報として知っていた。知ってて敢えて言った。
彼女が前に進む意思を少しでも見せなければ、他人であるタンサにはどうしようもないのだから。
「生きるのに有能とか無能とか関係無いですよ。動物であれば何かしら強みはあるものです」
「…………」
「周りが決めた評価なんて捨てちゃって下さい。そんな形の無いもの、しかも生前の念にとらわれているのは時間の無駄です」
「…………」
「過去に縛られていないで、未来を見ませんか?」
やはり彼女は何も言わなかった。
数秒ほど虚無の時間が流れると、クロは静かに席を立った。
「クロさん!」
彼女はタンサに背を向けた。
「偉そうなこと言ってすみません。でもボクは」
クロが離れていこうとする。
「自分の将来以上にクロさんに幸せに過ごして欲しいんです!」
彼女は一度立ち止まる。
そしてぼそりと呟いた。
「また明日」
「え……あ。はい! 待ってます!」
タンサの気持ちは少女の心に届いたようだった。
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