異世界転生しませんか? え、しない?
エプソン
1日目・異世界転生なんてしませんが?
「転生しないってどういうことですかー!?」
室内に一人の役員の声が響き渡る。
相対する人間はのほほんとした表情を崩さなかった。
が、代わりにその他大勢が一斉にこちらを見てきた。
「コホン。それで、異世界転生したくないってどういうことですか?」
大声を出した張本人であるタンサは、いたたまれ無い雰囲気に咳払いを一度挟んだ。
「いやー、アタシみたいな何の取り柄もない無能が転生しても意味ないなーって思って」
「そんなこと無いですよ。誰にだって長所はありますって」
「例えば?」
「えーと、寝るのが好きなんですよね。どんな環境下でも寝れるのは一種の特技ですよ!」
「アタシの死因知ってます? トラックの荷台で寝てたせいで、一緒に積まれていた冷蔵庫の下敷きになって死んだんですが」
気まずい空気が流れるのをタンサは感じた。
「そ、そう自分を
「例え偶然でも死因がこれじゃあポンコツを越えて無能です。終わってますよ」
はぁっ、と重そうな溜息を吐く少女。
まるでダメダメな自分を
「全然終わりじゃないですよ、クロさんは! だって、奇跡的にも転生出来る権利を得ることが出来たんですから!」
タンサは己が持つ語彙を全力投入して彼女を励ました。
「何でアタシにそこまで構うんです? 別にこんなの誰だって良いじゃないですか」
「貴女でなければダメなんです!」
「ぇえ?」
彼女でなければいけないのは本当だ。
タンサにはもう後がなかった。
「ボク、魂を異世界転生させる部署に異動になって2年なんです。でも、まだ1人も異世界転生させたことがなくて」
「はあ」
「それで次ダメだったら、上司に『男子トイレの守護天使』に任命させるって言われてて」
「それは嫌ですね」
「でしょう! なので協力してください! お願いします!」
深く頭を下げるタンサ。
彼女にすれば酷く他人事である。別段無理をしてまで彼に応える必要もない。
「はぁ、ひとまず聞くだけですからね」
「あ、ありがとうございます!」
本能が命じるままに大きくお辞儀する。
しかしながら、またもや役所内の衆人の目を集めることとなった。
「あ、えっと、すみません」
今度はちゃんと声に出して謝った。
すると、同僚やクロと同じ魂達の視線が外れた。
「あー、クロさんはどういう世界に転生したいとかありますか?」
「逆に聞きますけど、どんな世界があるんです?」
「ボクのお勧めは、定番ですが西洋ファンタジー世界ですね。剣と魔法、そして天使や悪魔、ドラゴンが
「えぇ……」
対面するクロの額に皺が出来る。
「それってウォシュレットが無い世界ですよね? 生理的に無理です」
「えぇ!? そんな大事ですかウォシュレット?」
「勿論です。お尻の清潔が保てない世界に行くくらいなら死を選びます」
「そんなところで真摯にならなくとも。転生特典にウォシュレットを付けましょう!」
具体的にどうするかは分からないが、ここは勢いが大事だ。
こんなことで再び彼女のやる気がそがれてはつまらない。
「あとは羽毛布団が無い世界も嫌です。眠りの質が落ちてしまうので」
「羽毛布団は無いんじゃないすかねー。恐らく探せば近しいものはあると思うのですが」
「初期の持ち物には?」
「当然ありませんよ」
「残念ながらこの話は無かったことに」
と、クロが席を立とうとする。
「ちょ、ちょ、ちょ待ってください。何とか用意しますからぁ!」
「羽毛枕も?」
「が、頑張ります」
「敷布団も最高級クラスのものを用意して貰えますか?」
「も、もちろんです」
「で、あれば安心しました。アタシにとっては必要不可欠なアイテムなので」
(何処でも寝れるのが長所なのにそんなもの必要なのだろうか)
タンサは役員専用の端末を操作しながらひっそりと思った。
「それではこの世界で決定ということで宜しいでしょうか」
質問を投げかけてみたものの、やけに返答が遅い。
見れば対面の少女は顎に右手を当てており、何かを考えているようである。
「いやー、やっぱりアタシには転生は不要みたいです。それじゃあ」
「ええ!? 何が駄目だったんですかぁ!?」
咄嗟に少女の手を掴んで引き留める。
「だって、新しい世界を訪れるドキドキよりも、生前よりも不便な世界に行くのか、という
「っ!?」
思わず言葉に詰まってしまった。
そんなこと無い、と返せるだけの知識が今のタンサには不足していた。
「では」
彼女の存在が手から溢れていく。
(……ダメだ。こんなんじゃ何時もと同じだ!)
「ま、待って!」
「まだ何か?」
興味を無くした顔をした少女が振り向く。
「1日だけ待ってください! 必ずクロさんのご満足いく条件を揃えてみせますから!」
「え、嫌ですけど」
無情にも彼女はタンサから離れていった。
一人虚空に手を伸ばし続ける無様な天使の姿に、その場に居た誰もが同情の念を送った。
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