第23話 処遇


「陛下、裏切り者のこの者の処遇どうなされますかな」


 マスキオはテントの元に連れて行くと、持続的な神聖術をかけて放っておいたエバンの処遇について尋ねる。

 オフィリアの首を魔族軍に差し出す策謀の責を取らせたいがために、マスキオは瀕死の状態にあったエバンの状態を維持していた。

 今、この状況において、マスキオには罷り間違ってもハロルドに、ここで裏切るような真似をしたとは思われないためのスケープゴートが必要だった。


「死にかけているようだな。どうしてこのような状況になっているのだ?」


「私めがオフィリア殿を回復している途中に、襲撃をかけ、返り討ちにあったためにこのような状態になっています。陛下、この男は危険です。自分が危険に陥る状態になれば平気で仲間を売るような薄情者。ここで沙汰を下さなければ、次こそ凶刃が陛下の首元を撫でる危険性があります」


「そのようなことがここで起きていたのか。早く沙汰を下さず、目の前のことに執心していたことが此度の原因を作ったようだな」


 マスキオの具申に対して、冷えた声を出す。

 ハロルドとは長く時を過ごしているマスキオでさえ、聞いたことのない声音に、ついに怒りの上限に達したかと思うと、ハロルドは腰に刺してある鉄剣に手を伸ばす。

 マスキオがついに処断するかと思うと、剣を放り投げた。


「頭を冷やす。拘束させたまま回復させてやってくれ」


「陛下。甘いですな、これからの戦いひいては、王都に潜むアスタロト教の過激派のものたちに足元を掬われますぞ」


「エバン団長に厳しくするということは自分を甘やかすことだ。自分に甘くするということに他ならない」


 マスキオは屁理屈をいうハロルドに対して、苛立ちを若干の苛立ちを覚える。

 ここで処分してくれた方がマスキオとしては、オフィリア殺害未遂の協力者であることを闇に葬れるし、個人的に嫌っている人間と行動するのをここで打ち切れるのだ。

 生きるためとはいえ、エバンと協力していた時は、拒絶反応のように体全身に蕁麻疹が出て、もうすでに限界値を超えていた。

 精神衛生上、一刻も早く排除せねば、精神に支障をきたしかねない。


「陛下がそうであろうと言うのならばそれ以上はこちらからは言えますまい。ですがもしこの者がまた我々を害する素振りを見せた折には即刻極刑にすることを」


「わかった。その際はしっかりとケジメをつけさせてもらうとしよう。では私は休む。マスキオよ、貴様もエバン団長を回復させるられた後は、すぐに休め」


「はは!」


 ハロルドは限界だったのか、そそくさとテントから出ていくと、神聖術師が詰めるテントの中にはマスキオとエバンだけが残された。

 ここから虫の息の人でなしを煮るなり焼くなり、自由にする権利がマスキオには与えられたようなものだった。

 これが幼女だったのならば眉唾ものであり、丹精に拷問を行い、愛情を与えることも吝かではないが、目の前にいるのは正反対の大の大人で唾棄すべき存在だと思っている男だ。

 ハロルドが納得するような形で殺す必要がある。

 回復をさせることを約束したので、回復をさせるのは規程路線だが、完全に回復させる気は毛頭ない。

 今維持している持続的な回復と表面上だけ回復させるように調節してヒールを行うことだけだ。

 ただ外見だけを健常者のように見せるだけの処置。


「エバン団長聞こえていますまいと思いますが、ここで死んで頂くので悪しからず思っていただければと」


「ま、マスキオ。き、貴様、陛下の命令を無視するつもりか?」


「意識がよみがえっていたんですね。よくそんな致命傷を受けて激痛に際なわれていると言うのに意識をとどめておけるものですな。私は痛いことは嫌いなので、即刻自害するところですぞ」


「き、貴様!」


「その苦しい状態から回復したのならば、殊勝に振舞っていただけるようにしていただきたますようお願いしますぞ」


「く、くそ。裏切り者が」


「裏切り者は裏切られるもの。一度裏切ったからには覚悟をしなければなりますまい」


 マスキオはよくある金言を口にするとテントから外に退場していく。

 外に出ていくと魔人殺しの異名をもつオフィリアが死んだという割には、士気が落ちていない。

 むしろ死ぬ前よりも士気が高まっているように見える。


「我らには勇者様がついておられる!」「死の元に女神の救いがもたらされる!」


 過激派特有の神に与えられた祝福を絶対視する価値観が強く現れている。

 オフィリアが死んだという事実よりも、祝福の頂点にある勇者が魔王軍幹部を退けたという事実を重視したのだろう。

 落い詰められた状態で、女神に縋るような姿勢を見せつけられたことで、あまりの不快感にマスキオは顔を歪める。

 あまりにも惰弱がすぎる。

 目の前の不幸から逃げ出すために女神に縋ることは信仰とは言わない。

 単なる依存だ。


「苦しみから逃れたいという瑣末な欲求のために、大義名分を持ち出す哀れさにも気づかないのか。愚かだな」


 行動が異なっているだけで、ここで熱狂している騎士たちの本質は唾棄すべきだと思っているエバン団長となんら変わりはない。

 日の終わりに胸糞の悪いものを見たなと思い、自らに割り振られたテントに戻っていくとハロルドのテントの明かりがついているのが見えた。

 おおよそ今回、オフィリアが死んだことを気に病んでいるのかと思ったマスキオは、仕方なくハロルドのテントへと進路を変更する。

 今休まねば、かなりの疲労がハロルドに蓄積するだろうことは火を見るより明らかなのだ。

 明日再度魔王軍幹部か責めてこようが、一気に進軍することになろうが、全快でなければ命を落とすことも十分にありえる、

 頼みの綱であるハロルドを失うことは避けるためには、一声をかける程度はしなければならない。

 昔から打たれ強いのでそれをせずとも、一人でに立ち上がることも考えられるが。


「陛下、失礼しますぞ。まだ起きられてるようでは明日に響くますぞ」


「マスキオか。すまぬな、どうも寝つきが悪くてな。騎士として前線に立ってからというもの、死ぬ人間なぞ山ほどいたというのに、どうにも今回のものは後に響いているのだ」


「あのように最前線に立ち、ギリギリの状態で戦っていれば多少なりとも情が芽生えるものです。陛下も今までは最前線に投入されることはなかったのでその影響もありましょう」


「そうだな。確かにあのものがいなければ、私は生きていなかった。そう思うと思い出深いものであったのは確かだな」


 ハロルドはマスキオに言われて悟ったような感じで、オフィリアについて言及する。

 マスキオはオフィリアについて思い悩んでいたと思ったので、狙いが外れたので釈然としない気持ちになりつつ、逆にそれ以外に何を思い悩む必要があるのかを考える。

 ハロルドは基本的に相手が強かったりすることには、不遇職についていたこともあり、思い悩むほどの過敏さはない。

 オフィリアもなし、魔王軍幹部の強さを気に病んでいるということもないとなれば、消去法からしてノインからされた奇襲のみしか残らない。

 確かに危うく死にそうなものだったが、敵からの奇襲など戦場ではありふれたものだ。

 その主がノインだったからといって、過敏に警戒する理由がわからない。


「オフィリア殿ではないようですな。ノインの奇襲といったところですかな?」


「相も変わらず鋭いな。心の中をすかして見るスキルを持っているように思えてくるぞ」


「それほどものでもありませんな。現に私には陛下がなぜそこまでノインに対して過剰に反応するのかがわかりませんからな」


「お主は筋金入りの善人だからな。あれがどれほど悍ましいものなのか、理解はできんだろう」


 悍ましい。

 ハロルドには確かに理解できなかった。

 ハロルドにとっては汚い欲望の一切からきり離れされた無垢な天使としか思えないのだから。

 悪様に語る理由が存在しない。


「確かに理解できませんな。幼な子を邪視する理由など」


「邪視などではない。あれは生きるためならば、己以外の全てを切り捨てられる類のものだ。この世を全てを犠牲にしても歯止めが効かないまでに極端な」


 ハロルドは慎重なタイプなので、ここまで、極端なことを言うことはまずない。

 それを言わせるほどの理不尽が少女にある。

 にわかには信じられないが、今の状況を考えればそれが妥当だ。


「殿下にそこまで言わしめるとは。見た限りはひどく賢いというだけで力を持っていなかったと言うのに」


「力を持っていないからこそ。あの者は悍ましいのだ。手段はいつも同じものでなく、どれだけでも増えて行くからな。そのうちに我々が対応できないような手を考えてくる可能性が高い。命がいくつあっても足りなくなる」


「確かに可能でしょうが、そこまで我々に対して罠を仕掛けることにメリットがあるように思えませんな」


「言っただろう。デメリットがわずかにでもある限り、ノインは必ずこちらを排除にかかる」


「ほう」


 マスキオは事細かにノインの生態について語るハロルドに嫉妬心を抱きつつも、真実であれば確かにノインを警戒するに値する存在であるかもしれないと考え直す。

 勇者として覚醒したハロルドといえども魔王軍幹部や山ゴブリンが入り乱れる戦場で、それほど戦場巧者ならば捕えることは難しいだろう。

 いざとなれば別動で自分自身が動いた方がいいかもしれないと、次の戦場になるだろう山ゴブリンの村での立ち回りを目算する。


「陛下はそれで自らがノインの手にかけらる可能性がある故に現在目が冴えて眠られぬと言うことですか?」


「そうではない。今度逃せばノインが王国だけではなく、この大地にいるものに災いを振り撒くように思えてならんのだ。一刻も早く、確実に仕留められるように頭をひねるように本能が胸のうちで叫んでいる」


「戦における審美眼に優れておられる陛下がそこまで言うのならば、確かなことなのでしょうな。ですが今は休む時です。眠れずともせめて、灯を消して床に伏して目を閉じるべきです」


「だがな」


「陛下の体はもうすでに限界以上に酷使されておられる。神聖術は万能ではないのです。体力は回復できず、今もこうしてしゃべっている間にも減っておられる。今の殿下の体力は0以下なのです。そのような状態で頭を酷使しても凡作も出すことを不可能でしょう」


「……わかった。貴様ほどの神聖術師そこまで念を押すということはそれ相応に私は酷い状態なのだろう。忠告に従う」


 ハロルドはテントの灯を消し、マスキオはそれを確認するとテントから立ち去る。

 人族側にとっての長い1日がやっと終わった。

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