第24話 伏兵


 奴隷の頃から染みついていたこともあり、今回も類にもれず朝早くに目を覚ました。

 見渡せる櫓に登り、周りの様子を確認する。

 岩山ということもあり、近くにわずかに茂る低木林以外は遮るものは存在しない。

 身を隠すスキルを持っているものがいればその限りではないが、敵が攻めて来たとしてもすぐに発見できるだろう。


「何もないように見えるけど、血の匂いがする気がする」


 ここに攻めてくるだろうメンツの中で傷を回復できないだろうと目されているのは、魔王軍幹部のレオンだ。

 見た感じ職業は格闘家系統だったと思うが。

 周りを見てもそれらしい姿どころか、影も見当たらない。

 おそらく身を隠せるスキルを持っているものを伴ってこちらに来ているのだろう。

 流石に門の内には入られてはないはずだが、魔王軍幹部であるクリスがとんでもない跳躍をできることを考えると、若干自信が持てない。


 変に安心せずに、村全体に伝えた方がいいだろう。

 だが目の前にある鐘を使うと、退却される可能性もあるので、鳴らさずに知らせる必要がある。

 退却されてしまえば、もしかしたら、タイミングによってはハロルド達と共に攻め込んでくる可能性があるからだ。

 それに鐘を鳴らしてもしクリスが早まって、外に出てしまえば、分が悪いと悟り、壁を壊してハロルド側とこちら側の潰し合いを狙ってくる可能性も高い。


「侵入されていたら、かなり危ういな」


 念の為に姿を隠せる透明マントを被ってから、櫓から降りていく。

 足早に戻ると家まで引き返して、クリスを起こしにかかる。


「起きろ」


「なんだ……もう朝飯か。5分ほど待て。体を起こすから」


「朝飯はまだだよ。もうレオンが来ているからクリスを起こしてるんだよ」


「もう来たのかあいつは、時間を選ばん恥知らずが」


 クリスは事情を知ると、イラついたようにベッドから体を起こす。

 相変わらず、同じ魔王軍幹部とはいえ手厳しい。

 正面対決以外は卑怯と断じるような潔癖さがあるから、レオンのように泥くさいやり方をする人間とは反りが合わないのかもしれない。


「レオンはどこにいる? 私の安眠を邪魔した罰に捻り潰してやろう」


「まだ位置は把握してない。血の匂いがしたから近くにいることは間違いないけど」


「身を隠すスキルを持ったものに頼ったのか。あれは」


 クリスは血の匂いのみと言った私の言葉を素直に受け取ると、レオンを詰った。

 意外に私が思ったよりも、クリスの中での私の言葉への信頼度は高いようだ。


「おそらくそうだね。同じ魔王軍幹部としてレオンがまず最初に狙うだろうところはわかる?」


「あいつならば、ここのリーダーをまず先に狙うだろうな」


「じゃあ、ルイナの家で待ち伏せするのが一番かな」


「ここの情報が少ないからな。あの特徴的な小屋を目星をつけてくるのも無きにしもあらずだろう」


 クリスはレオンが門を越えられることに対してはまるで、越えられることが確定事項であるというように、言及することはない。

 もうレオンは中に入っていると考えた方がいいかもしれない。

 姿を隠している分、一方的に視認されないためにもこちらも姿を隠すのは、当然として、どうやってレオン達の場所を特定しようか。

 クリスは近接系統の攻撃しか目ぼしい攻撃手段がない上、できたとしても周りのルイナを巻き込まないために使用できない。


 唯一特定できるタイミングとしてはルイナの家の扉を開けるタイミングくらいだろう。

 だがそのタイミングに運よく遭遇できる確率はかなり低い。

 できるだけ確実にレオン達を捕捉する手段が欲しい。

 現在あるもので、透明化しているレオン達を捕捉できるものについて頭の中で洗い出して見ると意外にもすぐに該当するものが浮かんだ。

 ドムジが襲撃の際に使っていたあの種ーーエイジャの実ならば、勝手に神からの祝福を大きく受けとているものを拘束する性質があるので、ばら撒いておけば簡単に捕捉することができる。


「しまったな。取りに行っている間にルイナをやられる可能性がでかい」


 クリスを透明マントを出してしまうと、退却に移行されるし、逆にクリスを透明マントに残して私が出ていけば行きがけの駄賃に殺される可能性があるので、バラバラに動くことが極めて難しい。

 ここはルイナとの約束に若干抵触しそうだが、ドムジに命令を出して、エイジャの実をばら撒いてもらうしかないだろう。

 弱者の首輪と同じように念じるだけで対象者に命令を与えられるかは謎だったが、念じると手首にピリピリとした感覚が生じる。

 ドムジが近くにいないのでちゃんと命令が届いたかどうか、わからないが、時間的に余裕がないため、私とクリスだけでとりあえず、ルイナの家の前に行かなければならない。


 ーーー


 ルイナの家の前に行くと特に荒らされた形跡もなく、窓からは本人が朝食を作っているのが見えた。

 まだここまでは来ていないようだ。

 まず他の場所を襲撃する可能性もなきにしてもあらずなので、安心はできない。

 現状、ドムジが早くばら撒いてくれることが一番の安全なので、それを祈るしかない。


「魔族の匂いがする!」


 そんなことを考えてたからか、目の前からエイジャの実をばら撒きながら、ドムジが走ってくるのが見えた。

 ばら撒いたエイジャの実でクリスが拘束されても面白くないので、ルイナの家の付近には近づかないように追加で命令をする。

 ドムジはルイナの家に突っ込んでいく勢いだったが、急に足を緩めて、私の目の前で止まるとルイナの家からダッシュでエイジャの実をばら撒きつつ、離れていく。

 本人は確か私と奴隷契約をしていることを知らないはずだが、今命令通りに体が動いている現状をどう認識しているのだろうか。


「うあああ!」


 そんな疑問を抱いていると、聞きなれない悲鳴の声が聞こえ、フードを魔人の男と腹が欠けた状態のレオンが現れた。

 見るとフードの魔人にはエイジャの実のツルが絡まっており、動きが封じられたのが見える。

 レオンが姿を晒し、一瞬虚をつかれたような反応をした後にすぐに踏み込む姿勢になると、いつの間にか透明マントから出ていたクリスが横っ腹を蹴り付けることで吹っ飛ぶ。


「がは!」


 同じ魔王軍幹部であるが、しっかりとダメージが入っているようで、レオンは呻き声をあげて錐揉みして地面を転がる。

 ギョッとした顔で隣のフードの魔人がその様を見ると、フードの魔人のコメカミにクリスの足がめり込み、そのまま頭が飛んでいく。


「卑怯者が。レオン、お前は魔人の恥晒しだ」


 転がった先でエイジャの実のツルに拘束されたレオンにひどく失望したような冷えた声音でクリスが告げる。

 レオンはエイジャの実に拘束されたことで職業による一切の恩恵を受けられなくなっていることを考えれば、詰みだ。


「貴様、裏切ったのか、クリス!」


 レオンがツタを解こうとしながら、驚愕に染まった顔でクリスを仰ぎ見る。

 レオンの様子から見るに魔族側に接触しないように立ち回っていたため、魔族側にはまだクリスが裏切ったとは認識されていなかったようだ。

 私はもうてっきりクリスが命令無視をした時点で裏切っていると判断するかと思っていたが、そういうわけではないらしい。


「裏切るもなにも私はこの世の摂理について口にしていたはずだ。強さこそ全て。私は魔王より強いもの発見したから、そちら側についただけの話だ。むしろ裏切られたのは私の方だ。私が満足する程度の戦果も上げられぬ貴様らが悪い」


「クソアマが!」


 クリスの現金な態度に腑が煮えくり返ったのか、顔を赤くして、ツルに拘束されたまま腕を伸ばす。

 強いやつなので、エゴが強く、魔王のこと強いから従って寝首を掻こうと狙っているかと思ったが、意外に魔王に対する忠誠心があるようだ。

 どういう関係かはわからないが、人のことを思うほど弱くなっていくクリスのスキルとは相性がかなりいい。

 クリスが話を聞かないと言っていたのはこのことも関係がありそうだ。


「意地汚いぞ。敗北を認めろ」


 クリスは文句を言うと、地面で這いずているレオンに向けて、追い打ちをかけるように踵落としを繰り出した。

 骨が砕けると音共に地面が削れる。

 後に残ったのはレオンだった残骸だけだ。

 レオンがこのエイジャの実のツルの存在を知らなかったためにうまく行った。

 同時に来ることで苦戦すると思っていたが、これで残るはハロルドと騎士団長達だけと見ていいだろう。

 目下のところはハロルドを抑えれば、峠は越えられる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る