第15話 封じられた神
コロシアムの中に足を進めると、中央に降りるための階段があった。
光はここに吸い込まれるように落ちていることを考えれば、この先にあるのが声の主が言っていた御座だろう。
階段を降りていく。
長いものではないようで、すぐに景色が開けた。
ひな壇の奥に玉座があるシンプルな空間で、もはや上の層のような最低限の生活ができるようなものでもない。
空間には誰もおらず、人の姿を探すと、炎が玉座の中央に集まり始めた。
『人が見えるようにするには次元を一つ落とす必要があったな。しばし待て』
やがて人の形を取ると、赤い長髪の男が目の前に現れた。
『我の名はアミー。知勇を兼ね備えしものよ、貴様こそ我が祝福を与える資格がある」
こちらの意思を聞かずに熱に浮かされたような感じでそう言うと、男はこちらに橙色の光の束を飛ばすと、私の体に当たった瞬間にバラバラに砕けて消えた。
特に何も変化もない上に、それをした当の本人である赤髪の男ーーアミーでさえ、呆気に取られているところを見るにこれは失敗だろう。
『ふ、ふざけるな。これほどの逸材だというのに、加護が与えられほどに相性が悪いというのか。試練に使う獄炎竜とて何度も呼べるものではないないのだぞ。も、もう一度だ!』
再度、こちらに向けて光の束が伸びるがやはり私の体に当たると、バラバラになって砕け散った。
『うああああああああ!!』
アミーは絶望の叫びを上げると、四つん這いになって地面に拳を何度も叩きつける。
この残念がりようからして、加護を与えることはアミーにとって死活問題のようだ。
「加護を与えることがそんなに大切なことなの?」
『当たり前だ。加護を与えて、我が力を信望し、広められるものがいなければ、我は現世に現界できぬ。誰が好き好んでこのような地の底で燻っていたいと思うのだ』
「へえ、そうなんだ。加護が与えられなくて残念だったね」
『もう良い。加護が与えられぬ貴様に用などはない。疾くと失せるがいい』
アミーが手を上げると、赤色の幾何学模様の陣が出現する。
おおよそこれは私が望んでやまなかった外へと繋がるものだろう。
アミーが現れる前ならば素直にこれに使って、外に帰ったが、加護ーー報酬を受け取れると聞いてしまったため、坊主で帰るのはなんだか損した気分になってきたので何か欲しい。
例えば上層に腐るほどある遺物とか。
「自分の力を宣伝してくれるような目立つ人間が欲しいてことだよね」
『そうだが。それがどうした、人間?』
「じゃあ私がそういう知勇に優れた人をここに連れてくればいいんだ」
そこまで言うと、アミーは興味を持ったようで四つん這いの姿勢から床に腰を下ろして、若干居ずまいを正した。
「連れてくるか。連れてくると言ってもお前と同じように我と相性の悪いものだったら何も意味がないが、そこのところはどうだ?」
「知勇に優れた人間を複数人連れてくればいいだけだよ。そうすれば、必ず加護を得られるものが出てくる」
「ほう。確かに理屈は通っておるが。それを実現するための策はあるのか? 言うは易し、行うは難しだぞ」
ここの魅力を人に伝えることなど造作もない。
言うも易し、行うも易しだ。
「あるよ。ここの遺物を実際に使っているところを見せればいい。今まで見た遺物の中でもここにあるものは有用性の高いものばかりだから、知勇に優れた力のあるものならば自ずと引き寄せられるようにここを訪れるよ」
「ここができて1000年余りになるが、ここの遺物が全く外に出ていないはずはあるまい。であれば貴様の言ってることの真逆が起きているのではないか?」
「低層にある遺物には魅力的なものがないからね。職業を持っている人間ならできるようなものばかりで、あれじゃあ、それ以下の力のないものしか釣られない。それに比べて、ここの一つ上にある街にあるものなら十分引きつけるだけの魅力があるから、それなら可能だよ」
「職業持ち? ……そうか。もう現界している奴がいるせいで、低層に遺物を配置しても釣れんわけか。我の望んでいる優れた者を呼ぶには、街にある質の高い遺物しかないか」
アミーは考えるように顎を撫でる。
割とアミーに損のない提案をした気がするが、悩んでいる。
先ほど迷いなく加護を与えようとした果断さを踏まえるなら、遺物が持ち出されると何かしらのデメリットがあるようだ。
「街にある遺物を持ってかれると何か困ることでもあるの?」
「力の届きにくい低層ほどではないが、すぐには遺物は補充できんからな。持ってかれた分、あそこにある遺物は減る。あの層は遺物を持ち帰りたいと思う気持ちを原動力にさせて、獄炎龍を倒す際に全身全霊を出させる役割があるかな。遺物が少なくなれば、思いが弱くなって、どれほどの力があるのか、底が見えん上に、下手をすれば、思いが弱まることで獄炎龍にそのまま倒されることにもなりかねんからな」
「あそこは配置しすぎなくらいだから、ある程度持ってかれて数が少なく状態くらいがちょうどいいよ。あそこにあるいくつかしか持って帰れないんだから」
「そういえば、人は空間に干渉ができなかったか。では問題ないか」
空間に干渉できるのが当たり前か。
かなりズレてる、諸々の話から察するにおそらく神だからだろう。
人間にできる領分をしっかり把握できていないために、色々と高めに見積もっている。
全てを指摘したらキリもなければ、私にっては遺物に対するものだけで十分なので、これ以上は言わずに、遺物をどれだけ持っていけるかの交渉に入ることにする。
「私の提案を受け入れてくれるってOKだよね?」
「無論。障害がないならば断る理由がない。手や鞄で持てるほどが限度ならば、1割ほど残れば十分よ。10年に一人換算で来たとしても持ってかれる遺物よりも生成する遺物の方を多くできるからな」
流石に超常の存在だけあって基準として考える時間も人の身として思えば長い。
10年単位など、人の人生の5分の1ほどはある。
こちらとしてはより多く持って行けた方が嬉しいので、渡りに船であるが
「9割ね。持っていけるなら持っていくけど。生憎、そこらの人間と同じで、私もこの両手で持てるものが手一杯だからね」
「二つ程度か? ここにある遺物は使い場所を選ぶものばかりだから、それでは獲物を見つけた時に十全にアピールできんではないか。仕方あるまい」
アミーが手をかざすとドロリと天井が赤く膨れ上がり、年季の入った大きいリュックが落ちてきた。
少し大きく、貧相な見た目であるが、魔道具にあるマジックバックと似ているような気がする。
「国一つは入るほどの容量を収納できる遺物だ。これならば十分に持ち帰れるだろう」
「上にある層は街だからね。十二分以上だよ。今みたいに呼び出せるのなら、仲間と上の遺物の9割を呼び出してくれるなら嬉しいけど」
「お前の仲間についてはどこにいるかもわからんから無理だ。遺物だけはマジックバックの元に呼び寄せてやろう」
そういうと一人でにマジックバッグが開いて、底に向けて天井が下がってくると思うと、さまざまな遺物が吸い込まれていた。
明らかにマジックバックの口よりも大きいものも、口に近づいた瞬間にあり得ない形に歪み、バッグの中に収納されていく。
大きさに関係なく、収納できるらしい。
あの大きなものについては少し心配なので、後から確認した方がいいかもしれない。
「これで全部入ったな。僅かな時も惜しい。早く我が遺物の威容を見せて、天武を持った者をここに呼びさせるがよい」
「そう、急かさなくても私も時間にも追われてるから。言われずともたたっと出てくよ」
それにこれ以上ここにいってもまた暑さがぶり返してきているので、倒れかねない。
ここを脱出したら、一度村の人間に頼んで、水をもらった方がいいだろう。
マジックバッグを背に背負うと、帰るためにアミーが出した陣に移動する。
マジックバッグは街一つ分にも等しい遺物が入っていると言うのに、羽毛よりも軽く、改めて詰める量によって重くなる魔道具であるマジックバックとは別物だとうことを実感する。
「じゃあ。遺物は十全に利用して、ここまで人が来るように宣伝してくるとするよ」
「励むがいい」
簡単に別れの言葉をアミーに送ると、移動が開始され、景色が見覚えのある芭蕉に変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます