第14話 ダンジョンボス撃破


 周りの温度を吸い取り、赤色の光球が民家の中で大きく膨らんでいくのを輪の向こう側を見ることで確認する。

 外をみると龍の動きが鈍くなっており、空を飛んでこちらを探す時間が減り、コロシアムに戻り、白い息を吐きながら体を丸めることが増えてきた。

 この時点で動きを鈍くすることに関してはあまり期待はしていなかったが、温度の低下に頗る弱かったことは僥倖だ。


「GURRRRRRRR!」


 輪の向こう側の光球はついに民家の壁や屋根を突き破ると、異変に気づいた黒龍の咆哮が周囲に木霊した。

 輪の向こう側で口から炎を激らせる黒龍を確認すると、ガントレットを輪から引き抜き、光球をこちら側に移動させ、おおよそ龍がいる場所に向けて、ガントレットを振り抜く。

 間をおかずに輪に飛び込み、空を見つめると、光球をブレスで迎撃する黒龍が見え、光球とブレスは対消滅した。


「GAAAAAAAAA!!」


 黒龍は弄ぶような動きに怒りを覚えたのか、絶叫すると体が赤く変色し、湯気が体中から出始めた。

 そのまま怒りの感情をぶつけるように、先ほど私が光球を放った地点に空からダイブでしていく。

 向こうで土煙が現れるとともに、目の前にある輪の端を持て徐々に縮めつつ、輪の様子を伺う。

 蒸気を発する大きな赤腕が出てきたので、拘束するために輪を縮めていく。

 ここで拘束できれば、あとはダメおしで完全に動かなくなるまで冷やすだけだ。

 腕に向けて縮めようと思うともう一つ腕が飛び込んできて、縮めた輪を広げて胴体が出てきた。

 赤い大きな背中を間近で見た瞬間に危険を察知し、急いで広がった輪を縮める。


「GAAAAAAAAA!!!」


 背中越しだがこちらに気付いているようで、出てきた瞬間に身を捩ってこちらに向けて腕を被る。

 体をこちらに向け切る前に輪の拘束が完了し、腕の射程にギリギリ逃れたようで、なんとか直撃を免れた。

 だが腕が地面に振り下ろされた余波で、地面を転がされ、手元のガントレットの光球が地面と干渉し、爆発してさらに飛ぶ。


 全身を酷く打ったせいで鈍い痛みが全身に響くが、奇跡的に骨が折れたりはしていない。

 こんなめちゃくちゃな吹き飛ばされ方をしたが、大きな負傷がないのは、クリスのスキルが適用されたおかげだろう。

 普通ならば全身の骨が粉々になってもおかしくない。


 身を起こして、黒龍を確認すると身を捩って必死に向け出そうとしているのが見えた。

 手か腕でなければあの遺物は拡張できないので、あれなら大丈夫そうだ。

 今現在黒龍が温度低下で動けなくなるまで正面側を探すのは無理なので、とりあえずこのまま背中側にある方を探していくことにする。


 壁に向けて駆けていくと背後から衝撃音と光が聞こえた。

 後ろを振り向くと黒龍がめちゃくちゃにブレスを放っていた。


 ブレスは放射状ではなく直線上に飛び、民家を貫通して破壊していく。

 ブレスが遠距離に届くだろうことは予想していたが、壁にも至るほどまで遠距離とは思ってもいなかった。

 正面に回る際にまだ動ける余力が残っていたらあれを喰らうことになるので、念には念を入れた方がいいかもしれない。

 こちらも凍えるもしくは、動けるギリギリくらいまでは冷やすことにしよう。


 壁に向けて駆けていくと先ほどとは別の教会が見えた。

 壁の間近までいくよりも、教会の頂点にある鐘のある場所から壁全体を見た方が効率が良さそうなので、教会の中に入っていく。

 入り口の間近に螺旋階段が用意されていたので、そのまま長い階段を登る。

 息が上がるころになると頂点に至り、息を整えてから相対する壁を確認する。

 龍の背側の壁には上階に向かうだろう階段らしきものは見えない。

 右左の見える範囲を確認しても存在しない。


「そう都合がよくいくわけがないか」


 残りは龍の正面と正面側から見える左右だけだ。

 まだ冷えも私が凍えるほどでもないのでゆっくりと戻り、黒龍が動けなくなることを確認してから行こう。



 ーーー


 残りわずかだった水筒の水を飲み干すと、黒龍の姿が見えてきた。

 赤色の状態から最初見た黒色の状態に戻っており、ぐったりとして口から細い白い息を吐いていた。

 倒すべき相手である自分がいないので体力を温存しているのか、単に死にかけているのかはわからない。


 とりあえずあの白い息が止まるまで、待った方がいいだろう。

 こっちも息が白くなってきたが耐えられないほどでもないし、着ているボロの上から民家からとってきたシーツを纏えば限界を少し超えてもなんとかなるだろう。


 その場で黒い背中越しに見える白い息を見ながら待つ。

 しばらくして、手先が冷えてきたなと感じる頃になると、龍から発せられる白い息が消えた。

 近づいていき、真横から試しにガントレットをつけていない右手を出すが、反応はない。

 本当に死んだのか、仮死状態かはわからないが、今行かなければ凍えすぎて動けなくなるため、すぐに思い切って動くことにする。


「あ」


 黒龍の正面に身を乗り出すと、足元で何かを蹴ってしまった。

 見ると丸い水晶が地面を転がっていくのが見えた。

 水晶には映像が映っており、今先ほど見た壁の様子とよく似ている。


「もしかして」


 水晶を持ち上げて、この層の全体像を見せるように念じると俯瞰した状態でどんどんと壁から離れていき、全体が見えるようになった。

 やはりこちらが見たいと思う場所についてこれは映してくれるようだ。


「一番有用なものがブレスで瓦礫の山にされた民家から飛び出してきたものなんて皮肉だな」


 悴む手で水晶を保持しつつ、黒龍の正面側の壁、左右の壁と思い浮かべていく。


「ここどこにも出口ないんだ」


 そのどれにもただ真っさらな壁が映っていた。

 一番の難関を乗り越えたと思ったが、まさかあるはずの上階への階段がないとは。

 もうあとはここの何百棟あるか、わからない民家の中から転移系統の遺物を見つけるしか方法はない。

 寒さが限度を迎えたら、ガントレットは外して、温度低下も解除する必要も出てきた。

 そうなったら黒龍の凍結が解ける可能性が出てくるので、遺物を探すのは背面側に限られる。


 ひとまずは寒さのタイムリミットまで正面側を探すしかない。


 十棟ほど民家を梯子すると意識が混濁してきた。

 早くもう限度だった。

 流石にガントレットの大きくなり続ける光球を抱えつつ効率よく回るのは難しかったようだ。

 いかんせん、光球と干渉して破壊された民家の瓦礫を退けるのに予想以上に時間を奪われた。

 シーツで体を包んだまま民家から出て、黒龍の背後まで回って十分に距離を取ってから、黒龍に向けて光球を振りかぶった。


 火への耐性が強いことは想像がついているので、対したダメージにならない可能性が高いが、通用して倒せるようならば、行動制限と潜在的な死の危険が消せるので試す価値はあるだろう。

 それに結局この黒龍が生きているのか、死んでいているのか、個人的に気になる。

 もしかしたらこの龍を殺すことがここから出る条件という可能性も、なきにしもあらずなのだから。


 光球は黒龍にぶつかると、爆発を起こし、その場にはバラバラになった黒龍だったものの残骸だけが残った。

 常ならば耐性がある魔物にこんなことをしても意味がないので、不思議でしょうがない。

 あらかじめ、カチカチに凍っていたことが影響したのだろうか。


『獄炎龍ファフニエルを倒し、ダンジョンを攻略し者よ。我が御座に招待する』


 そんなことを考えていると、低く、よく響く男の声が脳内で響いた。

 奇妙な感覚に頭を抑えると来た時に龍が待機していたコロシアムから眩い光が迸っていた。

 そのせいなのかはわからないが、冷え切った空気に温かみが徐々に戻ってきているように感じる。

 こちらに呼びかけたものの正体はわからないが、直接目で認識をしていないだろうこちらをなんらかの力で認識し、さらに声を聞かせることができる時点で何かしら大きな力を持っていることは想像に難くない。

 どれだけのことができるかはわからないが、拒否した瞬間に即死させられることも可能であるかもしれない。

 ここはひとまず大人しく誘いに乗るのが一番いいだろう。


 コロシアムに向けて進路をとる。

 ここからあまり離れていないのですぐには到着するだろう。


 




 

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