第13話 黒龍


「なんだここは?」


 溶岩の流れる暑苦しいフィールドと眺めながら、クリスがぼやく。

 それはこちらが聞きたいことだ。

 景色が変わりすぎて同じダンジョン内かも怪しい。


「先ほどの穴、かなり深かったからの。中層か低層のどこかだと思うが。ここまで変わるとはな」


「魔物も見たことないから。できれば引き上げたいね」


 先ほどの赤いスライムなど見たことがない。

 スライムは青色一種のみだ。

 おおよそ新種だろう。

 得体の知れないものと戦い続けるのなど正気の沙汰ではない。

 自爆岩の様に倒すと爆発するようなものだった場合はクリスはわからないが、ルイナと私は一瞬でお陀仏になるのだから。

 それにこの暑い環境で長時間活動するのはまず不可能だ。


「ふん。確かに準備を整え直した方がいいな。早くここから脱出するぞ」


 ダンジョンの異様に臆病風に吹かれたのか、クリスも私の意見に追従する。

 相変わらず天邪鬼だ。

 今この状況においては都合がいいが。


「流石にこの層までは攻略はできとるということはなそうじゃからの。遺物は引き上げがてら回収するか」


 この状態でも遺物はまだ回収する気なのか。

 遺物はこの中で唯一手が自由である私が運ぶことになるので、あまりにも嵩張ったり、重かったりしたものだったらここらに放っておいてしまおう。

 今後に備えるためのもののために今現在の命を危機を晒すのは本末転倒だ。


 クリスを先頭に先ほどの進行方向とは逆であろう方角に向けて歩を進めていく。

 先ほどとは違いすぐに魔物と遭遇する。

 口から火を溢れさせている黒色のゴーレムだ。

 魔法使いの使役する土色のものとは違い、操る術者もおらず、目にみえる弱点はない。


「ゴーレムか。面倒なものが出てくるものだ」


 クリスは低く構え、消えたと思うとゴーレムの胴体に足をめり込ませていた。

 ゴーレムはまだしばらくは動くかと思ったが、スイッチが切れた様に動かなくなった。

 よく見ると周囲に割れた赤い鉱石が散らばっている。


「コアは背後か。狙いにくい場所についておるの」


 クリスは足を引き抜くと頽れたゴーレムの背中に見える鉱石をバラバラに踏み砕いていく。

 どうやら後ろにある赤い鉱石ーーコアが一部でも残っていると再び動き出すようだ。

 普通のパーティーではヘイトをとっている間にゴーレムに気取られない様に一人だけ回り込み背中にあるコアを叩くかしかないのことを考えればかなり厄介な相手だ。


「クリスが瞬殺するから強さの違いはよくわからないけど、先までの低層と比べて面倒そうな魔物が増えたのは確かだね」


「弱すぎるからいかんな。ささっとここから出るぞ」


 クリスは頼もしいような、情けないような言葉をいいながら、足早に進んでいく。

 身体能力の差があるので、置いていかれるかと思いつつ走ろうかと思うと一足でクリスの背後まで前進した。

 大人の歩幅五歩分はある。

 クリスが言っていた様にスキルが適用されているのはやはり本当のようだ。


「あれ?」


 そこまでいくと少し疑問が生じてきた。

 クリスの能力は確か対象がいて初めて効果を発揮するもののはずだ。

 だが魔物の姿は目の前には見えない

 一体どこにいるんだと思うと、溶岩の方から生き物の吐息の様な生臭い嫌な匂いがすることに気づいた。

 先ほどまではこんな匂いはしていなかった。


「クリス、待って。溶岩の方に魔物がいる」


「何ちょこざいな!」


 クリスは足で足元の地面を砕くと、巻き上がった黒色の岩の破片を溶岩の方に向けて蹴った。


「GYAAAAA!」


 空中にバラバラになった破片は散弾の様に着弾すると、黒色の大きな魚が体をのたうちながら姿を現した。


「飛燕脚」


 クリスは虚空を蹴ると、衝撃波が飛び、大魚の体が真っ二つになった。

 唸り声はそのまま断末魔の叫びになり、真っ二つになった大魚は溶岩の中に沈んでいく。


「油断も隙もない。ここは狡猾な魔物が多いな」


「お主は普通は足も入れられんような場所にいる魔物を狡猾だけで済ませられるのか。このババア、この年になって驚かせられるとは思っても見んかったわ」


 私は最初からクリスのぶっ飛んでいることを目撃しているので、対して驚きはしないが、ルイナはまだ慣れていないようで渋い顔をして驚いている。

 おそらくあと数層戻れば、ルイナも流石になれるだろう。

 今までクリスが苦戦する様な魔物は出てきていないので、戻るだけならば問題はないだろう。

 欲を言えば、夕暮れまでに帰れればよかったが、ここが中層ーー30〜50層くらいならばまず無理だろう。

 よくて朝近くの深夜、悪くて二日後といったところだろうか。


「やはり方向としてはこちらで大丈夫の様だな」


 しばらく出てくるスライムとゴーレムを潰し、進んでいくと上へ続く階段が見えた。


「やっと階段か。低層よりも広く思えるな」


「山の天辺からダンジョン内を進んでおるからな。下にいくほど面積が増えていくんじゃろう」


 どうやら山の内部にダンジョンが作られているため、進めば進むほどダンジョンが大きくなっていくようだ。

 逆に上に行けば行くほど移動も楽になっていく。

 目に見えて苦労も減っていくので、絶望感が大きくなることはないだろう。


「さてと」


 階段に向けて足を伸ばすと足元の地面に違和感を感じて、そのまま踏み出した足を戻した。

 よく見ると若干色が違う。


「なんだこれ?」


 凝視していると、横からルイナが色の違う地面を踏んだ。

 スッと何かが擦れる様な音がし、ルイナをその場から押し退けると、地面が淡く光ったのが見え、景色があべこべになる。


 ーーー


 どうやら先ほどのものは転移する罠だったらしい。

 その証拠に目の前には先ほどよりも明らかに広いフィールドが広がっている。

 大理石でできた神殿と民家が軒をを連ねており、民家の先にある少し離れたコロシアムのような場所に黒い体に赤色の縞模様浮かべた龍が佇んでいる。


 この層にいるめぼしい魔物があの龍だけだとするならばここがこのダンジョンの最奥ーーボスの間ではないだろうか。

 層の規模の大きさ的にもそれが一番妥当そうな気がする。


「欲を出しすぎたな」


 あの時、ルイナが神聖術が使えるということで、怪我をされたりしていざという時、術が使えなくなると困るなどと欲目を見せたことが裏目に出てしまった。

 あのまま見て見ぬ振りをすればよかった。

 過ぎたことはしょうが無いか。

 それよりも龍に見つかれば、ブレスで灰に変えられることは火を見るより明らかなので、早くこの層から脱出しなければならない。

 かなり広いので外側の壁まで行くのも一苦労な上、壁際は開けているので、無闇にそのまま進めば龍に捕捉される可能性が高い。


 ひとまずは壁際に一番近い民家から壁の様子を探りつつ、出口を見つけたら一気にそこまで走っていくしかない。

 なるべく民家の影に身を隠して、何かの役にたつ遺物がもしかしたらある可能性もなきにしにもあらずなので、周囲の様子を確認しつつ、移動をする。


「VOOOOOO!」


 黒龍は唸り声をあげたかと思うと飛び回り始めた。

 気づいてはいないとは思うが、おそらく何かの違和感を感じ取ったのかもしれない。

 影に隠れているとはいえ、今のまま移動をし続ければ確実に発見される。

 ひとまず隠れるために民家の中に入ることにする。

 中には家具一式揃っているだけで生活感は一切なく、都会の民家をモデルにしているのかわかりやすい武器や防具などは皆無だ。


 窓から飛んでいる黒龍の様子を伺うと、ぐるりと空を飛び続けている。

 どうやら発見できるまで飛ぶのは辞めそうになさそうだ。

 体力と食糧があって、ここの茹だるような暑さがなければ、このまま飛び終わるのをじっくりと待つ手もあったが、現実は食糧も足りなければ、体が溶けそうな暑さがこの場所にはある。

 2時間以内に脱出しなければ、体から汗として水を出し尽くして、動けなくなりそうな気がする。


「望み薄だけどクリスもこっちにくるように命令を出しておくか」


 先ほどの罠がもう一度発動すれば、望みはありそうだが、そうそう都合のいいことは起こらないだろう。

 それに来たとしてもクリスが最下層のボスを倒せるか、どうかは疑問だ。

 今飛んでいる黒龍は亜竜でじゃなく確実に純粋な竜種。

 この世に生きている生物の頂点に降臨する存在だということを考えれば、神からの加護を与えられているとは言え、その序列をひっくり返すことができるほどのものとは思えない。

 来ても自分以外の犠牲者が増えるだけだろう。

 ことここに至っているので、少ない可能性の一つの可能性ーーこの層にあるだろう遺物にこの状況を打ち払うだけのものがあることを縋り付くしかない。


 とりあえずこの家の中から始めてみよう。

 見える場所にそれぽいものはないので、棚を開けたり、ベッドの下を探したりする。


 すると早速ヒットした。

 低層でみた宝箱よりも幾分か小さいが、縁取りが金になっており、幾分かグレードが上がっているような気がする。

 ベッドの下から引きずり出してみると、赤いガントレットが入っていた。

 いかにも炎属性の武器といった感じだ。

 一応耐性と防御力もある可能性もあるので、腕に装着してみると、ブカブカだったサイズが調整され、私の手にピッタリとハマった。

 つけた瞬間にわずかに暑さが緩んだかと思うと、ガントレットの先に赤色の光球が生じていた。

 放って置くと暑さがどんどんと緩和されて、どんどんと光の玉が大きくなっていく。

 どうやら周りの熱を吸い取って、エネルギー塊に変換しているようだ。

 あの龍は今までのこのダンジョンで出会った魔物たちの頂点であるので、おおよそ火や熱に対しては強力な耐性か、無効になる可能性が高いので、やはり使えるものではない。

 逆にこれを使えば光球から位置を特定される可能性の方が高い。

 これ以上大きくなられても困るのではずす。

 すると光球が解け、緩和された暑さがまた元通りになった。


 水筒を取り出して水を摂取しつつ、ガントレットをカバンに収める。

 他のところからあるだけ遺物を時間いっぱい集めるしかない。


 窓から龍がここから別の区域に飛んでいくのをみると家から出て、近くの民家に入っていく。

 中には場違いにも子供の体がギリギリ納まるくらいの輪が2つ立てかけられている以外は先ほどと全く同じ家具の配置になっている。

 おおよそこの2つの輪が遺物だろう。

 一つ手に取ってみると、もう一方の輪から私の指が出ているのが見えた。

 この遺物は王国にも似たようなものがあったため、その様子を見てピンときた。


 これは輪と輪が繋がっている遺物だ。

 確認のために輪の中に手を入れると、もう一方の輪から手が出て、輪を両橋を持って広げるとそのまま輪も大きくなる。

 遺物の中ではさして、珍しくもないが、これは使える。

 先ほどのガントレットと合わせれば動きを止めて上層への階段まで到達できるかもしれない。



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