第12話 神々の褒美
ダンジョンに入っていくと、光る橙色の鉱石が洞窟内を仄暗く照らしているのが見えた。
人が安全に活動を行うには少々明るさが心許ない。
「相変わらず暗くて敵わん」
ルイナは杖から昨日見せたような光球を飛ばすと、周りの様子がくっきりと見えるようになった。
黒い岩壁に時折光を反射する鉱石が瞬いており、見たかぎりでは魔物の姿は見えない。
「結構うじゃうじゃいると思ったけど見た感じ、スカスカてところかな」
「このダンジョンは魔物の数は少ないが大物が多いからな」
「ダンジョン内の魔物は大物がいると、雑魚は少なくなるんだ」
魔物が湧いて出るとは聞いていたが、ある程度の法則性があるらしい。
大物がいると、雑魚が少ないし、雑魚が多ければ、大物は少ない。
とりあえずのところはこの層には大物ーー大火蝦蟇ということなので、クリスがどれだけ大火蝦蟇が通用するかどうかだ。
「ダンジョンの魔物どもの体は深層から漏れ出しておるマナで構成されておるからな。大物になるほどマナはその分大きく消費されるから、自ずと他の魔物を作り出せるマナの量は少なくなる」
「ここにいる大火蝦蟇を構成するだけで一層は手一杯ということは2層もそこまで強い魔物や鬱陶しい雑魚はだせんようだな。10層までは軽いな」
ルイナの説明を受けてクリスは余裕綽々のようで、特に警戒や緊張心もなく、進んでいく。
クリスにとって大火蝦蟇を脅威ではなく、簡単に倒せる類のものようだ。。
「脇道には進まずこのまま真っ直ぐ進んでくれ。大きく開けた場所の奥で大火蝦蟇が下層へ続く階段の前に張り付いておるから」
「じゃあ、先行して、行かせてもらおう。お前らもわざわざ待つのも退屈だろうからな」
「一層はあまり広くないからいいが、次の層からはダメじゃぞ」
クリスの要求に対して、ルイナが子供をあやす様に答える。
昨日襲撃された時に動きを止められただけで終わったため、消化不良になっていたのか、クリスは少し張り切っているように見える。
歩いてルイナの言っていた大きな広間にたどり着くと、鋼鉄でできた体表をベコベコに凹ませた大火蝦蟇が、頭をかち割られ、仰向けにひっくり返るのが見えた。
「固いだけで他愛もない」
クリスが脚力による蹴りで大火蝦蟇を瞬殺したようだ。
大火蝦蟇は体表が鉱石で覆われているため、純粋な物理的な攻撃手段しか持たないものには相手をするのは不可能と言われるがクリスの様な規格外のものには適用されないらしい。
軍の記録にあった水魔法が得意な魔法使いと水属性の武装をした騎士たちを集めてきて、長時間の激闘を繰り広げたことを考えるとひどく理不尽なことに思えてたまらない。
やはり神から大きな加護を受けている勇者や魔王軍幹部は常識で考えるのはやめた方がいいだろう。
勇者であるハハーンについては死に、クリスについては隷属させているので除外していいが、行かんせん魔王軍幹部はあと3人ほど残っているために戦場に投入されたと思うと先行きの予測がかなり難しくなりそうだ。
できれば来て欲しくはないが、流石に魔族軍側でクリスが戦地に現れる命令を違えたことはもう確定させていると思うので、おおよそ魔王軍を指揮しているものによって他の魔王軍幹部が呼び寄せられていることは想像に難くない。
王国側以外にも魔族領は3方を他国に囲まれ、それぞれに魔王軍幹部を配置し、牽制しているため、呼び寄せた幹部に長い間こちらに置いておくことはできないことを考えれば、幹部の中でも最も力のあるものを読んで短期決戦に持ち込むことだろう。
昨日クリスが行ったように圧倒的な力で一刻も経たずに騎士団を潰されて、人族による拿捕を恐れた魔族軍が山ゴブリン側に傾れ込んでくることは避けたい。
双方ともに大きく勢いが削がれた状態で山ゴブリンのいる場所まで来るように場を整えることがベストだ。
白竜騎士団は傑物揃いなので、白翼騎士団のように簡単に崩壊はしないとは思うが、騎士団壊滅の混乱が尾を引いている場合、新しくきた魔王軍幹部に遅れをとる場合もある。
このダンジョンの後に、混乱がまだ残っていることが確認できれば、山ゴブリンの武器庫からいくらか有用な武具を拝借して、勢いを削いだ方がいいだろう。
「これならばここから下の攻略も問題はなさそうじゃな」
ルイナは事切れた大火蝦蟇を見てそう断ずると、血がついた足を払うクリスに変わって、再び先行し始めた。
「2層も同じような構成じゃが、大火蝦蟇の居る間のスペースが狭くなっておる。おおよそ、お主ならブレスを食らう前に仕留めるとは思うが、場所に気をつけんと避けることができなくなるから気をつけることじゃ」
ダンジョンを攻略する際に大人数で行った時に問題が起きたというのはこのエリアのことか。
おおよそその狭くなっていたスペース内で一層と同じように大火蝦蟇と戦い、人が密集している上に避けられるスペースが狭くなっていたところに、ブレスを喰らって大惨事になったのだろう。
だが今回のクリスの場合はほぼソロで倒しているため、その心配はなく、ここも一層と同じ様に流れるように通過できるので問題ないだろう。
「蛙のブレスが当たろうが私の体には傷一つつかんわ。次も今のように瞬殺してやろう」
そこからは宣言通り、クリスは軽く大火蝦蟇を捻るとあっという間に山ゴブリンがたどり着いた最後の層である7層に到達した。
「ふははは! 次から次に出てくるがよい雑魚どもが!」
サクサクと攻略できることが爽快だったのか、クリスはハハーンたちを屠ったとき以来の上機嫌になっている。
昨日してやられた山ゴブリンが苦戦した相手を完封することができていることも一役買っているのだろう。
「ほお。美脚のクリス。並ぶもののない強者とは聞いていたが、これほどまでとは。お主、よくこんなものを隷属させることができたの」
「運が良かったからね」
ルイナの当然とも言える疑問を投げかけられるが、クリスのスキルのネタバラシをしてもしょうがないので、誤魔化しておく。
「それにしてもここは日が見えないからどれだけ時間が経過したかわからないのが大変だね」
「案ずるな。儂が懐中時計を持っているから時刻は確認できる。今は7時前。まだ早朝よ」
ルイナは懐から丸い鎖の付いた金時計を取り出すと、時間を読み上げる。
時計は高級品のため、軍の指揮官以上のものにしか、配布されていないのでかなり希少だ。
どういう経緯で手に入れたかはわからないが、日の位置で時間がわからない現状、非常に助かる。
「夕方までには引き上げたいと思っているけど、まだまだ大丈夫だね」
「夕方までか。今のペースなら21層は硬そうじゃの。それだけ行けば遺物もあるかもしれん。期待が持てそうじゃの」
「ふん、21層などではなく50層までいけるわ」
今のペースでも行けない上、これからさらに手強い魔物が出てくるのだから、流石に不可能だろう。
山ゴブリン未到の領域である8層に降りると、早々にリザードマンの姿があり、剣を掲げてこちらに走ってくる。
クリスは踏み込んで飛ぶと、こちらに向かってくるリザードマン首を蹴りで刈り取った。
首がなくなったリザードマンの体から噴水の様に血が吹き上がり、力無く倒れる。
「あやつらも騎士にも引けを取らん技量を持っとるから苦戦したものじゃが、本当にバッタバッタ倒すの」
最初に出会った時は加勢するタイミングを伺って杖を構えていたが、加勢する必要がないと悟ったルイナは、悠長にそんな感想を言っている。
「少し待て、この層からは全ての場所を見る必要があるからな。そこにある脇道も順番に見ていくことになる」
「面倒な」
しばらく歩き進めて、脇にある道を発見するとルイナは先行しているクリスにストップをかけ、脇道に向けて進路をとる。
「うん?」
戻ってきたクリスが先行し、空になった宝箱が見え、戻ろうと思うとクリスが視界から消えた。
「ど、どこに行った!?」
「とりあえず近づいて見てみよう」
あまりの事態にルイナが叫び声をあげ、とりあえず現状を確認してすることが先決のため、現場を確認することを提案する。
クリスが消えた地点を見ると大きな穴が空いていることが見えた。
「罠じゃ」
「罠。今までなかったのに、なんでこんなところに」
「神々が地上にいるものたちの褒美のために作ったものと言われとるからな。有用な遺物を手に入れる前の試練として設置したのかもな。とりあえず穴から運び出すぞ」
ルイナが杖を振ると光で構成された眩い二つの正方形が姿を表し、その上に乗る。
ルイナに倣いそれに乗ると正方形が移動を初めて、穴を降り始める。
「底に槍が設置されてて、串刺しになっておらんければいいが」
「そうなってたら急いで上に戻って治療しないと。神聖術師って村にいる?」
「儂が神聖術が使える。引き抜いたらすぐに回復させてやるわい」
「じゃあ攻略は引き上げることなく続行できそうだね」
奈落の様にひどく長い穴の床が見えるかと思うと、左右を覆っていた黒色の岩壁が開け、赤いものが見えた。
溶岩だ。
溶岩が流れるのが見えると、コアが砕かれて事切れた赤いスライムと振り返るクリスの姿が見えた。
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