第9話 隷属魔法
武器庫の説明が終わり、大体のことがわかったので、武器庫から出ようと思うと、前方に影がさした。
「ドムジ……!」
どうやら拘束された状態から先ほどこちらを襲撃してきたドムジが抜け出して来たらしい。
襲撃の際と同じ剣を持ち、こちらを苦々しい顔で見ている。
「そこをどけ!」
表情に反して大きな声で叫び、剣に先ほどと同じような赤光が満ち始める。
「馬鹿者が!」
ルイナが一喝すると、ドムジの前で光が瞬き、ドムジを後方に飛ばす。
無詠唱で見たことのない術を使う老婆だ。
魔法使いだろうという推測を立てていたが、光系統の術が多いので神聖術師なのかもしれない。
この一合だけでもルイナとドムジの間には大きな差があるのがわかる。
おおよそ天地がひっくり返ったとしてもドムジが勝つことはあり得ない。
ちょうどいいし、制圧を手伝いがてら武器庫にあるものを試しに使ってもいいだろう。
選別する前に制圧し終わる可能性もあるので、選ばずにできるだけ近くのものを手にとる。
エイジャの実と呼ばれる豊穣神の力が込められていると言われる木の実をそのままルイナに転がされた姿勢から剣を無理やり引き抜こうとしているドムジに投げる。
「くッ!」
エイジャの実は地面に当たると割れて、中から大量の果汁が飛び出すかと思うと、果汁がついた草が一瞬にしてドムジに巻き付くように伸びた。
伸びているものはそこら辺の雑草なので耐久力はなく、すぐに拘束は解かれたが、剣を再びドムジが振り抜く前にルイナの術がドムジを打ち据えた。
拘束力はクリスを拘束した種には大きく劣るが、神の加護を受けたものでないと拘束しないという制限がない分、汎用性の上では遥かにエイジャの実の方が上だ。
職業持ちが人族と比べると少ない魔族相手にも噛み合うし、一瞬で拘束が完成するので人族相手にも十分役に立つ。
何よりこの実は他の武具の中でも量が多い、武具庫の5%ほどはこれが占めている。
「まだだ」
結構先ほどから重い連撃を喰らっているはずなのだが、ドムジはまだ立ち上がってくる。
山ゴブリン故の性質なのか、個人的なものなのかはわからないが、今はお試しで武器を使えるので都合がいい。
赤い石ーーエイブ石を取ると、剣を振る時間が攻撃をされる隙を産んでいることを察したのか、ドムジは剣を放り出して、こちらに向けて突進し始めた。
こちらに魔法使いもどきと無職しかいないため、近接戦闘はできないので地味に厄介な手だ。
使用するには血を垂らす必要があるため、尖った部分で指先に小さな傷をつけると、そのまま血が出ている指でエイブ石を握り、投げる。
空中で光輝きながらドムジの方にエイブ石は飛んでいく。
流石に目立つため避けられたが、ドムジのすぐ後ろで石が爆発し、爆風によりドムジがバランスを崩して転ぶ。
「愚息が眠れ」
転んだところにすかさず、光球がドムジの頭に降ろされ、ドムジはついにぴくりとも動かなくなった。
しばらく待っても動かないところを見ると、ようやく制圧できたようだ。
山ゴブリンの打たれ強さを少し甘く見てたようだ。
人族なら3回、魔族なら1回死んでもおかしくない攻撃に気絶程度で済むとは。
上位の魔物として十分通用する耐久力だ。
山ゴブリンの中ではあまり体格的には優れていない方でこれなのだから、体格の良いものならもう少し上振れするかもしれない。
肉体の耐久力が高ければ、いざとなれば死体を盾にできるため、戦場では非常に役にたつ。
強い魔族を打ち倒した時によくハハーンは盾代わりにして、敵陣の奥まで特攻をかけていたので、正面から敵陣をぶち抜いて逃げることもできない話でもない。
「すまんな。再びまたこのようなことを。村の掟を二度も破った。こやつには死して償ってもらうしかないかもしれんな」
「殺すの? ただでさえ人手が欲しいこの状況で」
「人員に余裕がないのはわかるが、致し方あるまい。このままではお主らに危害を加えかねん」
「奴隷にすればいいんじゃないの?」
「奴隷じゃと!?」
これからともに行動する味方をただ二度ほど襲撃しただけで、殺すという選択肢に疑問を持つ。
山ゴブリン側は潤沢な資源や地形的有利があるとはいえ、圧倒的に兵の数は圧倒的に少ない。
ここで多少難があろうと貴重な人手を失うわけにはいかないのだ。
元より問題であるのはドムジが暴走して、こちらに襲いかかってくることのなのでそれさえ抑えられればいいだけの話。
ならば手っ取り早く、隷属具か隷属契約を使って、自由に行動できなくすればいい。
「こんなに資源が豊富なところだし、今まで進軍があって、使い捨ての奴隷兵たちとも戦っているのだから。弱者の首輪とかの隷属具は戦利品として持っているのでしょう?」
「いや可能か、不可能という話ではない。ここでは奴隷は作らんようにしている」
「なんで?」
「下手に上下関係ができると内部分裂が起きるし、何よりわしが酷い目にあうものを見とうない。お主も奴隷紋を持つ奴隷なら、奴隷の惨さが誰よりもわかるじゃろう」
「惨さはわかるけど便利さは否定できないし、今現在そういう風に酷い人がいないとどうにもならない状況だし。何より死ぬのって奴隷よりもよっぽど酷いて思うけど」
「言いたいことはわかるが認められん」
「それでもO Kしないんだ。じゃあ酷い目に遭わせないって約束するよ。実際の生活は今までと一緒で小間使いなようなことはさせないし、ただ私たちを害さないように命令を取り付けるだけ。それならいいでしょう」
「それが本当なら何も文句はないが。小娘それが本当にお前ができるか? 人は自分よりも下もいるとどんな人格者でも必ず愚を犯すものじゃぞ」
「できるよ。世の中には私より下はいないから。奴隷の中でも私は人権のない方がだったからね。今更誰かが奴隷落ちしたところで何も思わない」
ルイナは私の顔を凝視すると何を見たのか、額に汗を浮かべ口を開いた。
「お主が嘘を言っていないことはわかった。ドムジを奴隷にする件については許そう。だが条件がある。ドムジは奴隷になっていることは口外してはならんし、不当に拘束し、小間使いのような真似をさえることも許さん」
「わかった。それで行こう。早速奴隷にするための隷属具をくれる?」
「隷属具はいらんよ。魔術で代替できるからな」
魔術で隷属具の代わりが可能か。
見聞きしたことのない話だ。
私が戦場の中にいる魔導師しか知らないこともあるが非常に珍しいことのように感じる。
隷属具が主流であることを考えても隷属させることができる魔法使いというのは一般的にも珍しいではないだろうか。
「珍しい魔法が使えるんだね」
「儂等の時代には魔族を隷属させることが盛んじゃったし、隷属具も存在しなかったからな」
隷属具がない時代か。
私が生まれた時にはすでにあったので想像もできないが、ルイナはかなり歳をとっているので、そういう時代もあったのかもしれない。
ルイナは杖を掲げるとドムジの周りに光の輪が生じ、首に巻き付いた。
それからルイナは私の方に杖を掲げると腕の周りに光の輪が生じて、腕に巻き付く。
腕から確かに何かが繋がっている感覚が生じる。
弱者の首輪のように相手の掌握しているような感じではなく、こちらが上位に位置付けられている契約に近いような印象を感じる。
「外からは見えない感じの契約になるんだね」
「人の中身に作用するものだからの。肉体的に見れば何もわからんが、魔法使いや神聖術師が見れば何がどうなっているかわかるぞ」
見えないということで関係がわからない人間に対して騙しうちができるのではないかと思いついたが、魔法や神聖術の素養を持たないものに限られるらしい。
戦場に属するものは大概魔法や神聖術を利用するものが大半なので、使い所が限られそうだ。
制限がなければこれから隷属させるときはルイナを頼ってもいいかもしれないと思ったが、揃えるのにお金はかかるが隷属具の方が服で隠せる分色々な使い方ができるのでそちらの方がいいだろう。
「じゃあ村の人たちには奴隷にすることがバレるから意味はないんじゃないの?」
「ゴブリンたちは種族特性として力や手先が器用なものが多いが、魔法の素養があるものは少ないからな。一部のものは気づくと思うがそのものらは人柄は信用できるものだから問題はない」
魔法が使えるものは少ない。
確かに武器庫の中に魔術的な触媒や杖が存在しないとは思っていたが、そういう事情があったからか。
山ゴブリンの村の面々をパッと見た感じだと純粋な魔法使いはルイナだけだったが、見た感じそのままだと思った方がいいかもしれない。
武器庫にある膨大な投げ道具が尽きた後のことを考えると、かなり厳しい状況になりそうだ。
その状況になった時が逃げ時にしておいた方がいいだろう。
「ドムジの隷属についてお主に守ってもらいたいのは以上じゃ。この愚か者は儂が責任を持って家まで運ぼう。お主も長旅で疲れておるじゃろうて、ゆるりと疲れを癒すがいい」
引き際について決定すると、ルイナが倒れているドムジを浮かせて、別れの切り出す。
私としてもこれ以上この場で引き出せることはないので、その言葉に頷いて帰路についた。
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