第10話 神灯騎士団


 神灯騎士団の元に訪れたハロルドを、神灯騎士団の団長のオフィリアが出迎える。


「ああ、ハロルド王子殿下。ご無事であられたのですね!」


 魔人殺しの異名を持つ女傑のオフィリアがハロルドに対して、快活な声を出して生還を出迎える。

 よその騎士団ということで人となりを知らなかったのでハロルドは面食らう。

 あまりの信心深さに必死と言われる魔人にも一歩も退かない態度を取るために魔人殺しという異名がついたということは実しやかに聞いていたので、厳格で冷酷なイメージを持っていたのだが、目の前で柔和な態度をとるオフィリアの態度が一致しなかった。

 信心深いものほど王族でありながら身分不相応の加護しか与えられなかったハロルドを、心が邪なものだから、神への奉仕が足りないためにと侮蔑する者が多かったので、その中でも抜きん出ているオフィリアなどあからさまな嫌悪を示すだろうとまで予想していた。


「……ああ、なんとか難を逃れてここに来ることができた。エバン団長が先の戦いで心を病み、我々では手が負えぬ状態だ。頼めるか?」


「ええ、女神アスタロトからここまでの寵愛を受けている陛下の頼みとあらば、喜んでお受け致します。陛下に対する不遜な噂の類が嘘であったことをこのオフィリア確信致しました」


 オフィリアの言葉から、ハロルドは勇者として覚醒したために態度が軟化していることに気づき、蛇に首元を這われるような感覚に襲われる。

 態度の裏側を認識したからか、彼女の目はハロルドに合っておらず、他のものを見ていることに気づき、得体の知れなさを感じる。


「オフィリア団長。目の焦点がずれおるがどこを見ておるのだ」


「女神の寵愛を見ております、陛下。祝福を見るに白翼騎士団と相対していた魔族どもを潰して頂いたようですね。イカルデ、隊列を左に寄せて中央の穴を塞ぎ、白龍騎士団にこちらの動きに合わせて左に隊列をずらすように伝令を送りなさい」


「はは!」


 オフィリアが迅速果断に命令を飛ばす様に、有能さを感じると共に不気味さを感じる。

 ハロルドの後ろに控えていたマスキオは、久しぶりに見るオフィリアの狂騒に嫌悪を感じつつ、ハロルドがあまりの不快さに神灯騎士団を飛び出しかねないと危機感を抱き、進言する。


「オフィリア殿。 貴公の慧眼の通り、魔族軍の大隊をお一人で壊滅されお疲れです。手の空いているものに宿舎に案内させていただけますかな」


「私としたことが。ベイル、陛下を私のテントに案内しなさい」


「は!」


 団長側付きのベイルが先導し始めると、マスキオはハロルドに目立たぬように移動するように促しつつ、できるだけオフィリアから距離を取る。

 マスキオにとってハロルドの機嫌以外にも、オフィリアを彼から引き離したい理由がもう一つあった。

 オフィリアがマスキオが軍に左遷される一件に関与しているからだ。

 そういう裏事情を知らないハロルドに知られて、評判を落とすことは避けたかった。

 地理的に近く、魔族からの攻撃が緩くなければこんなところには絶対に足を運ばなかった。

 せめて同じく地理的に近かった聖血騎士団が陛下と息のあった連中であれば良かったのだが、あそこは腐敗しきっているので、陛下と距離感の近いマスキオを始末して、取り入るためにその空いたスペースに入り込もうとする可能性が高かった。

 オフィリア側はマスキオが気をつければ、何とかはなるが聖血騎士団側は権謀術中に長けた有力貴族の庶子ばかりが集まるため、それを防ぐのは不可能に近い。


 ーーー


「オフィリア団長は私にこのテントを開け渡すようだが、彼女のテントはどうするつもりだろうか」

 

 ハロルドは一息つこうと思うと、自分のものを明け渡したことで寝床を失ったオフィリアのことが気になり口に出した。


「おそらく副団長たちが詰める幹部たちのところに行くでしょう。何も気負う必要もありませんよ」


「そうか。だが男たちどもが詰める場所に女性を一人でよこすよりは我々が幹部たちの元に行った方が良いのではないか?」


「教会の信徒にとって男女の別など気にかけることではないので宜しいかと。我々は女神の祝福の量によって人を区別するので」


 戦場のことに関しては博識なハロルドに対して、模範的な教会の人間の考え方については無知なのかと少し意外に思いながらもマスキオは答える。

 教会に属するものは女神の元の平等を掲げており、女神の加護以外の物事において区別は判断する。

 教義において、この世には男も女も子供も大人も貧者や富者も女神に加護の恩恵に預かっているものは、皆ともであり友人。

 そして女神がつけた序列には絶対服従である。


「教会のものは独特な世界に生きておるな。私には難解な教会の教えはただ矛盾しているだけの意味のないものに思えてならんよ」


「これでもこの教えは人の世の役に立っているのですぞ、私もくだらんと感じますが」


「教会のものなのにそれでいいのか……」


「ものごとを習熟する段階には守破離という三段階あります。守の段階ではひたすらに教えを守り、破の段階で己に不必要な部分を破り、離の段階では教えはもう必要としなくなり、教えの師から離れます。これは教会にても同じこと。そうすることで、多数の派閥のものや異端のものは生まれました」


「絶対なのではないのだな」


「所詮は人が決めた掟ですからな」


 いつも教会で振るう説法を披露し、教会の内部事情についてマスキオは伝える。

 この神灯騎士団は全てのものが教会関係者で構成されているため、無知のままであれば、教会に紛れる過激派に謀れる可能性があるからだ。

 ハロルドが過激派の連中の手に堕ちれば、王国は崩壊する。

 そうなればここから帰ったところで意味はない。


「それと陛下。教会の人間にいる過激派にはご注意下さい」


「過激派?」


「王国の魔族不可侵の結界を破壊した時に、女神の加護が薄いものが排斥され、女神の加護が強いものが生き残ることで真の信徒を選別しようと考える頭のおかしな連中です」


 ハロルドは過激派の思惑のあまりの悍ましさに顔を歪める。

 魔族から侵略されることを防ぎ、民の安寧を守ってきた結界をわざわざ壊し、女神の加護の多寡で人を選別しようなど、正気の沙汰とは思えない。

 そんなことをしても荒れ果てた亡国と流民となった自分自身が残るだけだというのに。


「教会関係者の中にはそう言った危険人物をおります上、大きな力を得た今でも油断をすることなく教会に所属する騎士たちの動静をよく見るようにお願いします」


「教会も中々に重い病巣を抱えているのだな。聖女と懇意ということもあり、ハハーン兄上が取り仕切っていたので、私は関わらないようにしていたが、これからはできるだけ情報を集めて備えた方が良さそうだ」


 ハロルドがハハーンが教会関連の情報を統制していたことを伝えたことで、マスキオはハハーンと聖女が過激派に陥ていたことを察した。

 一部の過激派からはハハーンこそ真の王であり、勇者の祝福を受けなかった偽の現王と出来損ないのハロルドは王族としておくにはあまりにも浅ましいので始末するべきであるというものが出てきており、おおよそそれに感化されたのだろう。

 だからこそ情報を遮断していつでも手が出せるようにしておいたのだ。

 改めてマスキオはハハーンが死んで、勇者としてハロルドが覚醒して心底良かったと思った。

 出なければ遠くにないうちに、王国の結界が解かれて、王が崩御されるとなっていてもおかしくなかったのだから。

 そうなれば最悪動乱の最中に他国の賊がやってきて、奴隷落ちも十分あり得る。


「目の前の戦いに過激派の脅威とやることは山積みだな」


「まずは目の前の戦いを追わせることが先決ですな。陛下、魔族を一掃した技は明日には打てそうですかな?」


「まだわからない。私自身今まで時間を置かねば支えない技を使ったことがないからな」


「あの技は遠距離からでもできるので、体を十分に回復させた明日の夕ごろに遠くから打ってもいいかもしれませんな」


「そうだな。それまでの時間があれば流石に。でなければ実戦での使用は限られたものになる」


 ハロルドはあの規格外の技について冷静に分析しつつそう呟く。

 ハロルドに早く戦乱を終わらしてもらい、余力で魔王幹部のクリスからノインを救出させたいと思っているマスキオにとってその返事は満足のいくものではなかったが、ハロルドを急かしても対して事態は好転しないことを知っていたため明日に期待することにした。

 マスキオとしてはこの調子で地道に使うことで技の熟練度が上がり、早く打てるようになれば大助かりだ。

 未来に展望を見出すマスキオの一方でハロルドは目立つ冠斬を使用することで、潜伏している可能性があるノインとクリスの捕捉されるかもしれないのではないかと密かに危惧する。


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