第8話 武器庫


「これはドムジではないか。一体どうされなさたのかの?」


 襲撃してきた山ゴブリンと剣を放ると、山ゴブリンの長のルイナは驚いた声を上げる。

 目を見開いた上で、瞳孔までも開いているので、演技ではないだろう。


「この山ゴブリンが食事中に襲いかかってきたんだ。危うく胴体が真っ二つになるところだったよ」


「とんでもないことをしてしまいましたな。この者はこちらで裁くとして、お二方にはどう償いをすれば良いのか」


 どうやらこちらに補填するものを選ばせてくれるようだ。

 金か何かで補填すると申し出てくるかと思っていたので、こちらの欲しいものに誘導する手間が省けて助かる。


「そこの剣やこの村の武器について教えてもらえる?」


 ルイナは一瞬真顔になると、苦々しい顔をする。

 おおよそ協力関係にあるのでいくつかは開示するつもりはあっただろうが、流石に山ゴブリンの軍事機密を全て公開するというのはかなり痛いはずだ。

 ほとんどこちらにタネが割れてしまうので、その状態で人族や魔族に寝返られたら大打撃どころか、数的に劣っている山ゴブリンたちはそのまま壊滅の危機になるのだから。

 それでも一度騙し討ちのような形になったので、それくらいの誠意を見せる必要が山ゴブリン側には生じている。

 ここで断るという選択肢はできない。


「小娘。お主は長生きするじゃろうて。武器庫に案内しようか」


 後ろ手に縛られたドムジという山ゴブリンをそのままにしたまま、ルイナは先導し始める。

 このままにするのもどうかと思ったが、ろくに動ける状態でもないし、放っておいてもいいかと思い、そのままルイナについていく。

 ルイナの家からそれほど離れていない場所に大きな倉が見え、ルイナは迷いなくそこに向けて歩を進めると、ひどく聞き取りにくい合言葉のようなものーーおそらく人族や魔族が使っている言葉ではないものを唱えると倉の門が開いた。

 ここが武器庫だろう。


「無理やりこじ開けたようではないようだの。あのもの他のものが掃除当番の時に忍び込んだな。遺物とエミシュの種を持ち出しおって」


 ルイナがぶつぶつ唱えつつ、足を踏み入れていくと、ルイナの近くで光球が現れ、武器庫の中を照らし始めた。

 先ほどの剣と同じようなものはないが、種は大量にあるのが見える。

 あの種は山ゴブリンの言うところによると神の加護ーー職業による力を無力化する力があるらしいので、騎士団に所属するほとんどの人族には有効だ。

 こちらの唯一の戦力であるクリスに使われるのはたまったものではないが、相手に使われる分には心強い。


「種だけでも結構な戦力だけど、他にもまだ色々あるみたいだね」


「この山は人族と魔族とが毎度攻略しにくらいには資源が豊富だからの。自ずと戦利品として奪った武具の類も豊富になる。それにこの村にある坑道の奥にはダンジョンに続く穴がある。そこからも遺物が多少なりとも発掘されるからな。ドムジが使った剣もそのうちの一つじゃ」


「見たことのない有用な資源に、ダンジョンにある遺物。さらには山頂で地理的にも有利。そりゃ落ちるわけがない」


「平素であればそうであったのだがな。今回は人族も魔族もいる上に、規模も倍以上に大きい。風向きによっては一度停戦して、目の上のたん瘤である我々を制圧おうとなるかもしれんからな」


「それでこっちを受け入れる必要性が出たってわけね」


「ああ、お主らは人族や魔族の内部事情にも詳しそうだからの。さて約束通り、ここにあるものの説明をさせてもらうことにするか」


 ルイナは武器庫にあるものを一つ一つ手に取って説明を始める。

 各種の使い方と、ついでに使える条件や推奨される状況を教えてもらった。

 ものを教えてくれるのは大概、ハロルド王子だったので不思議な感じがした。

 ハハーンが死んだことで、王位第一継承者になっただろうし、おおよそ戦闘が始まる前に他の大貴族の手を借りて、あそこからはすでに脱出して、王国内に戻っていることだろう。

 今まで王族にしては職業が貧相なことから冷遇されてきたが、これからはただ一人の後継者として厚遇されて行くことは想像に難くない。

 もはや私に何かを教えることも会うこともないだろう。

 ハロルド王子はする必要のないことをすることが多く、何を考えているかはわからなかったので、どういう風に動くのかが読めないところがあり、できれば戦場では会いたくなかったのでこちらとしては都合がいい。



 ーーー


 ドムジは目を覚ますと山ゴブリンの長であるルイナの家に倒れていることに気づいた。

 山ゴブリンの体は頑丈なので痛みは残っていないが、頭がスッキリしない。

 立ち上がるために手を動かそうと思うと、両手が後ろ手に拘束されていて動かなかった。


「くそ」


 そこまでいくと働きの鈍い頭でも自分がどのような状態にいるのかを認識できた。

 あの人族の子供に伸されて、長の元に突き出されたのだ。

 自らの非力さにドムジは唇を噛む。

 たかだか八つ当たりでさえ満足にできない自分が情けなくてたまらなかった。


 前回の魔族の進行があった時に両親が殺された時のことがリフレインする。

 気晴らしに来ているピクニックの途中で突然姿を現し、抵抗する両親を多勢に無勢でバラバラにした。

 その場から逃がされて、ルイナが飛んで来てことなきを得たことが、たまらないほど悔しかった。

 何も罪もないのにどうして両親は死ななくてはならなかったのか。

 どうして自分はあちらの方が悪いと言うのに逃げる羽目になっているのか。

 そんなどうしようもない疑問が朝も夜も絶え間なく、頭の中でグルグルしていた。


 そして今現在もその言葉はドムジの頭を苛み続けている。

 それだと言うのに、目の前に見える形でその元凶を提示されれば正気など保っていられるはずもなかった。

 どうしても排除しなければならない。


「うう!」


 無理やりに肩の関節を外すと、手を前に回し、関節を入れ直す。

 捉えられた際に抜け出す時を想定して訓練で叩き込まれたものだった。

 そこまで気合を入れてではなく、戦闘訓練のついで程度に行われたものであったが、苦しみから逃れるために必死になっているドムジは思い出し、正確に実行していた

 噛んで両手に縛り付けている縄の拘束を解くと、遺物の剣を持つ。


「武器庫から補充して確実に殺してやる」


 先の敗北を踏まえて、確実に亡き者にするためにより強力な武器を求めて、武器庫に向けて駆け出す。




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